第24話

椎名は変な女だ。

前からそれは感じていたが、先日、良太と図書館に行った日の会話で、より強くそう思うようになった。

オオミズアオ──確かに俺も綺麗だとは思う。

だが、普通の女子高生は、あの巨大な蛾を見たら、見入るよりは悲鳴を上げる。

椎名がどれほど変であるか、それを理解すべく、色々と訊いてみたい。

「椎名」

放課後、誰もいなくなった教室で、椎名はまた本を読んでいる。

「何よ」

少し以前とは違う、ちゃんと向き合うような視線。

「お前がいちばん好きな魚は何だ?」

「……ブラックアロワナかしら?」

予想以上に変だった。

普通、好きな魚って訊かれたら、食べる魚を答えるだろうに、コイツは魚類として惹かれるものを答える。

いや、まあ、「食」は別にして答えたとしても、女の子なら金魚とかグッピーとかエンゼルフィッシュとかだと思うが。

「こっちに来てから、蛇は見たか?」

「ええ。まだ五匹くらいだけど」

「マムシ?」

「マムシはまだ。シマヘビが三匹と、アオダイショウとヤマカガシが一匹ずつね」

すらすらと答える。

もうこの時点で変を通り越して奇異だ。

「お気に入りは?」

「アオダイショウね」

迷いなく答える。

奇異も通り越したか? 奇特? 変人?

でも、俺もアオダイショウかな、と共感していたりする。

「好きな果実は?」

「……総合的に鑑みてザクロかしら」

総合的に鑑みてってなんだ?

いや、意味は判る。

たぶん、味だけなら他の果物とかあるんだろう。

ただ、美的感覚とか、風情とか情緒とか、いったい何があるのか知らんが、とにかく色んな価値観を総合的に判断すれば、ということなのだろうことは判る。

判るけどオカシイ!

しかもさっき、魚のときは総合的に鑑みてないじゃん!

「どうしたの? さっきから、まるで何かに思い悩むサンコウチョウみたい」

「何なんだよその例え。判んねーよ!」

「あら、サンコウチョウ、知らない?」

「いや、サンコウチョウって鳥は知ってるけど、思い悩むサンコウチョウが想像できねーつってんの!」

「……」

そこはかとなく不服そうだ。

「姿は綺麗だけど、目元がユーモラスというか……どこか漫画チックに悩むような感じ?」

ご丁寧に解説してくれた。

しかも何となく、思い悩むサンコウチョウが俺にも理解出来てしまった!

「ところで、さっきから変な質問ばかりするのは何故?」

「お前がどれほど変な女であるかを確認するためだ」

「そう」

事も無げに返事する。

他人にどう思われようと気にしないのか、自分が変わっていることを自覚しているのか。

それはともかく、椎名の探しものが何であれ、傍観していられない状況になってきた。

禰呼幡神社の存在を知ったなら、次はその場所を探すだろう。

実際、良太の記憶の片隅には、その場所が眠っているし、それは、いつ思い出されてもおかしくはない。

ただ、問題なのは禰呼幡神社ではなく、更にその先に椎名が辿り着くことだ。

禁忌を犯すことに対しては、俺は問題視しない。

でもそれは俺の価値観であって、根古畑の人間からすれば許し難いことである。

それに……澄埜のときのような事故は二度とあってはならないから、俺は介入する必要がある。

「何を考えているの?」

「約束しろ」

「な、何を?」

いつになく強い口調の俺に椎名が戸惑う。

だが俺は、更に強い口調で言った。

「決して一人で禁足地には行くな」



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