第6話

通学路でリツと出逢う。

出逢うというか、俺がその背中を見つけただけだが、俺に気付いたリツは、その場で待たずに駆け寄ってくる。

なんか犬みたいだ。

「おはよ!」

「はよ」

にっこにこしていたリツは、俺の返事一つで、俺が俺であることに気付き、仏頂面になる。

「なんだ、志藤か」

「随分な言われようだな、オイ」

「ちぇー」

「ちぇって言うな」

「まあ、寧ろ志藤のほうが都合がいいか」

一学年下の人懐っこいガキが、好き勝手なことを言っている。

リツは都会育ちだが、母親が根古畑出身で、両親の離婚を機に母親の実家で暮らすようになった。

コイツも転校生なのに、椎名とは対照的で、一年前に根古畑に越してきてから、あっという間に人気者になった。

もっとも、去年のコイツは中学生だったわけで、どんな風に周りと打ち解けていったかを、事細かに知っているわけじゃない。

ただ、リツとは特殊な出逢い方をしたし、田舎はすぐに噂が伝わるといった事情もあって、おおよそのことは判る。

何より、コイツはくっそ可愛らしいし愛嬌がある。

例えば、両手の人差し指を頬に当てて「にぃー」って笑ったとしても、ウザくならない。

そんなものは二次元キャラにしか許されない行動だと思っていたのに、リツの場合、それが許せてしまう。

まあ、俺に対しての態度は悪いし、ごく一部の女子からは反感を買っているようだが。

「で、俺だと何が都合がいいんだ?」

「いやまあ、あの転校生の話でも訊こうかと思ってさ」

「なんでお前が?」

「だってほら、あたしも転校生だったし? ちょっと気になるみたいな?」

「へー、心配してやってるのか。偉いな」

「いや、違くて。希少な転校生という有利なポジションを、そう簡単に奪われてたまるかっていう警戒心的な?」

コイツの美点は、馬鹿正直なところだと思う。

「転校生であること以外、お前とキャラが被るところは一切無いから安心しろ」

「……安心は、出来ないかな」

伏し目がちに、自嘲気味の笑み。

時々、不意にこんな表情をする。

「お前は既に自分のポジションを確立しているだろうが?」

べつに慰めとかじゃない。

友達はいるし、成績は悪くないようだし、ルックスにも恵まれている

「あの人、ちょっと変わってるよね」

慰めではないが、気遣いではあったのに、どうでもいいかのように話を進められてしまう。

ただ、椎名が変わっているという点に関しては、同意せざるを得ないので黙って頷いておく。

「こないださぁ、校外であの人を見かけたんだけど、袖のところに、テントウムシを付けてたの」

何だか足元の小石を蹴とばす子供のような表情。

「付けてたんじゃなくて、付いてたんだろ?」

「うん、付いてたんだけど、それが段々と手の方に進んでいくわけ」

「椎名は気付いてなかったのか?」

「テントウムシが手の甲に乗ったところで気付いたよ」

「それで?」

「普通さ、テントウムシとは言え、虫が手に乗ったら振り払うじゃん? まして都会育ちの女の子なんだし」

「椎名はどうしたんだ?」

「んー、なんかね、こうやって手を掲げたの」

リツは空を指さすようにしてみせる。

「テントウムシは、その指先まで這っていって、あの人は、さあ、行きなさい、みたいな目をしてた」

何故だか、その光景が目に浮かぶように思える。

アイツならやりそうな気がするし、そしてそれは、ひどく似合うのだ。

「テントウムシは羽ばたいて、って、テントウムシは羽ばたかないか。えっと、ぱっと翅を広げて飛び立っていったんだけど、あの人はそれを目で追うようでいて、どこかずっと遠くを見るような目で空を見上げてたんだ」

「なんか、アイツらしいな」

「ムカつくわ!」

「ええっ!?」

「虫を手に這わせてる女が絵になるって、どんだけ魔性やねん!」

「あ、そういう見方?」

「だったらゴキブリ這わせて絵になってみろっちゅーねん! そしたら認めてやるわ!」

ムチャクチャだ。

ただ、そうであっても、リツの言わんとすることが判らなくもない。

椎名の立ち位置、椎名の纏う雰囲気、そういったものが間違いなく人の気を引くのに、気を引かせた張本人は意にも介していない。

「んー、確かにムカつく気もするなぁ」

「でしょっ!」

我が意を得たり、といった様子でリツは前のめりになる。

「大体、あんな綺麗なくせに虫が平気なんて反則だし、都会人っぽいのに田舎の風景が似合ってるのもクッソ腹立たしいし、何より昨日……」

「なんだ?」

「放課後、良太と二人っきりでいたのが許せない!」

見てたのかよ……。

「アンタはどっちの味方?」

「俺は良太の味方だよ」

「あたしとあの人だったら、どっちの味方するの!」

「だから良太が味方する方を味方する」

「良太が判断を間違えそうだったら? アンタは無条件で良太を肯定するつもり?」

「正直、まだ椎名のことは信用していない」

「あたしのことは?」

ちょっと心細げに、唇をぎゅっと結んで俺の顔を覗く。

「お前のことは、信用どころか信頼してるなぁ」

わりと簡単に、ポロっと本音が出る。

それもやっぱり信頼しているからだ。

「えへ」

満面の笑み。

コイツは感情豊かで、犬みたいに判りやすくて単純だ。

ただ、その豊かさは、振幅が大きすぎる傾向にあるから、心配ではあるのだけれど……。


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