田舎と転校生とさがしもの

杜社

第1話

左側にある、格子の入った大きな窓から、空を飛ぶトンビの姿が見えた。

立ち上がれば、遠くに広がる海も見えるけれど、窓際の席からは座っていても見えるはず。

この時間だと、午後の強い陽射しを受けて、青というより銀色に光っているのだろう。

斜め前、窓際の席に座る椎名さんも、僅かに顔を左に向けている。

南向きのその窓からは豊かな陽射しが降り注ぐのに、まるで仄暗いような柔らかさを感じるのは木造校舎だからだろうか。

木の壁、木の窓枠。

さすがに木の香りこそしないけれど、木の温もりは伝わってくる。

椎名さんは都会からの転校生なのに、この空間にとても似合っていた。

喧噪など縁の無い田舎が、実は、虫や鳥やカエル達の声で賑わい、木々や草花の豊かな色でさんざめくように、彼女の存在は、しん、と静まる気配を湛えながら、どこか密やかな華やぎを感じさせた。

椎名さんが振り返る。

いつも通りの、まるで痛みを覚えるほどの強い眼差しは、何か用? と言いたげに僕を見た。

誤魔化すように笑って首を振ると、再び視線は窓の外に向けられる。

普段、どんなことにも関心を示さない彼女にとって、窓の外に広がる景色はどんなふうに映っているのだろう。


コツンと右側からの軽い衝撃。

丸められた紙が頭に当たって机に転がる。

『転校生に見とれてるんじゃないわよバカ!』

広げた紙には、見慣れた雛ちゃんの字が激しく躍ってる。

右隣の席に座る雛ちゃんに、僕は笑みを向ける。

僕は右目が極端に悪いから、ほぼ直角に顔を向けなきゃならない。

どういうわけか、雛ちゃんは僕の笑顔が苦手なようで、少し唇を尖らせて俯く。

この辺りの大地主で、小生意気な雛ちゃんに逆らえない人が多いのも確かだけど、学校で一番背が低くて、その命令口調の言葉も子供の我儘みたいなものだから、仕方ないなぁ、という目で見ている部分もある。

でも、椎名さんと雛ちゃんは──というより、この学校の誰とも椎名さんは仲良くなろうとしない。

一ヶ月前に転校してきたその日から、視線の強さは変わることなく、周りの問い掛けには一言で終わる素っ気無い返事。

いつしか誰も彼女に話しかけなくなったけれど、その容姿に目を奪われているのは僕だけじゃない。

真っ直ぐに伸びた背筋と、素直に伸びた黒髪。

その姿は、どこにも綻びが無くて、僕等を近寄り難くする。

転校生どころか引っ越してくる人さえ稀な、この根古畑集落では、彼女に対して歓迎したい気持ちと身構える気持ちが同居する。

そんな僕等を撥ね退けるような強い眼差しさえ無ければ、僕等はきっと、彼女を受け入れたいはずなのに。


「志藤、よそ見すんなよ」

先生に注意された。

慌てて黒板に顔を向ける。

教室の皆の視線が僕に集まるけれど、椎名さんだけは変わらずに外を見ている。

彼女だけが、この空間から隔絶しているかのようで、その揺ぎ無い姿に圧倒される。

木造校舎の教室に違和感なく溶け込んでいながら、まるで別世界の光景のように見えるのは、そこに湛えられた空気が映画のワンシーンのようだからだろうか。

「志藤!」

また注意された。

僕だけじゃなく、椎名さんも黒板に顔を向けたので、その黒髪が揺れる。

視野の隅でそれを捉えながら、もう少しで訪れる放課後のことを考える。

放課後、椎名さんは教室に残って本を読む日と、一目散に帰る日がある。

今日が椎名さんの読書の日なら、僕も残って、なんとか話しかけるきっかけにならないかなぁと思う。

窓の外には陽光が溢れている。

そこに広がる景色に彼女が関心を抱いているのだとしたら、それだけで僕は嬉しいから、早く確かめてみたいと思う。


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