13/持ちうる情報の整理

 手元にメモ用紙がなかったため、僕は代わりにスマートフォンのメール機能を使って箇条書きした。


【過コニ咲ク優しい悪夢が産まれし日】

【血塗られたマスク】

【コトワリの怨念】

【届ける】


 それぞれの言葉を入力し、連想させるものを思い浮かべてみる。


「……そもそもコトワリって、なんだよ」


 ──カタカナを漢字に直すと〝断り〟か。


 断りの怨念、拒絶したことを誰かが恨んでるってことなのか。

 中学生の時は意図して人とのコミュニケーションを絶っていたから、それの恨みなのだろうか。


「──ッ! …… いや、違う!」


 スマートフォンに映る〝コトワリ〟の予測変換を見て、僕は背筋が凍った。


 ──〝断り〟じゃない! 〝ことわり〟だ!


 あえてカタカナにしたのはカモフラージュで、犯人が記した本当のメッセージは【おさむの怨念】なのかもしれない。


 ──ということは、犯人は伊達の両親?


 しかし、在校生でない生徒の保護者が侵入することは不可能だ。それに僕の机を特定するのも難しいはず。


 ──いや、協力者がいれば可能かもしれない。


 水見さん、徹、美丘先生。いずれも伊達のご両親と面識はある。つまり、誰かが協力したと考えれば辻褄が合う。

 しかし、僕が伊達を恨む理由があっても、ご両親が僕を恨む理由があるようには思えない。

 目も当てられない息子の姿に気が狂ってしまった、とか────?


 ──いや、それは僕の身勝手な妄想だ。


「……くそ」


 手紙を閉じてスクールバッグにしまおうとすると、 また血液を模したインクがヒビ割れてこぼれ落ちた。


「あーもう! なんなのこのペンキみたいなインク!」


 手紙のことで苛立っていたのもあり、僕は声を荒げた。


「手紙書くなら、水性とか油性でしょ普通! これ書いた人、絶対に頭が悪──」


 そこで言葉を止める。いや、脳が無意識に全身に強力な電気を走らせ、強制停止されたのかもしれない。

 重要なのは最後に言おうとした『頭が悪い人』ではない。

 それより、前の──。


「────」


 無意識に放った言葉を疑う。

 それは、飛沫血痕を模した赤の塗料の正体を見破った。

 ヒビ割れてこぼれ落ちた塗料は──。


「──ペン……キ?」


 そして、それと関連付く人物は一人しかいない。


 ──水見……さん?


 彼女は一週間前、ホームセンターでたしかにそれを購入した。この目でそれを確認しているから間違いない。


「水見さんが……僕を恨んでいる──?」


 自宅に到着し、玄関を開けた。重く、扉の接続部が軋む音が身体に伝わる。

 信じたくなかったが、水見さんが犯人であることはあの塗料がなによりの証拠だった。購入前に何に使うか説明できなかったし、あの時から何か怪しいとは思っていたのだ。


 ──彼女なら僕に恨みを持つ理由はある。


 僕を庇ったせいで伊達の恨みを買い、手と指を骨折する大怪我を負った。もしかしたら〝理の怨念〟というのは、伊達と同じ大怪我をさせるという意味なのかもしれない。


 ──あの事件も、水見さんがやったのか。


 答える者は誰もいない。

 扉が閉まる音だけが──僕の聴覚に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る