第38話~恋バナと「好き」

 修学旅行一日目の自由時間が終わると、綾乃の「さぁ、定番のアレと行きますか」という号令によって、同じ部屋の女子たちは布団を並べると真ん中に集まって各々に寝っ転がった。

 ほとんどの生徒たちは二人部屋で宿泊しているが、修学旅行前の部屋割りの時に「大部屋が一つ余っているから誰か名前を記入してくれ」との先生からの要求に、丁度仲の良い女子のグループで固まっていた香織たちは、ありがたくその枠に入れて貰う事になっていた。

 勿論、香織の仲の良い女子たちと言うのは、水城と関係を拗らせた時に食堂で昼ご飯を共にしていたメンツが多くを占めていて、その中に綾乃が加わったという構成だ。

 綾乃は部屋の電気を消し、ベッドサイドにあるランタンを各々が円を描いて寝っ転がっている中央に灯すと、「さあ、話そっか」と笑みを溢して言った。


 「そういえば綾乃最近笹森君とどうなのさー?」 

 「えーっ、別に何もないけど……」

 「チューした?」

 「い、いや、手は繋いだ……」


 言い出しっぺが悉く追い詰められていく。綾乃の様子を見ると満更でもなさそうな感じで、頬を赤らめて照れていた。

 だが、楽しげに恋バナを展開している綾乃たちには申し訳ないが、学生生活最高のイベントである修学旅行なのにイマイチ気分が上がらない。

 きっとそれは学校祭で意中の相手と会話を交えて以来挨拶を交わせるようになったくらいしか進展がなく、それ以上の事を望んでもどうにも上手くいかない日々が続いているのが原因だろう。


 (はぁ……きついなぁ)


 思わずネガティブな発言が心の中に放たれる。最後に水城と会話を交えた直後、後輩の女子に揶揄されて意気込んだのは良いが、やはり一度失った信用を取り戻すのは至難の業で、その事を考えるたびに芯が折れそうになってしまう。

 せっかくの楽しい一大行事を前にして、一旦この事は記憶の片隅に置いておこうと思考を凝らしていても、エントランスで無意識に彼を見てしまうなど、絡まって解けない糸のように頭の中が水城の事から抜け出せないでいる。

 口に出さないように香織はため息をつくと、目下の話題は「この学年の中で誰が一番格好良いか」という定番の話題へと移り変わっていた。


 「……香織、聞いてた?」

 「え、あぁ……ごめん」

 

 全く別の事を考えていたので、少し申し訳なさそうに謝罪すると、綾乃は香織の態度を咎める素振りもなく、楽しそうに話題についての話を再開した。


 「クラスの中で誰が一番格好いいんだろうねぇ……」


 綾乃の問いかけに、香織はまたも心の中で「そりゃあ水城一択なんだけどなぁ……」と呟くと、自分の隣に寝っ転がっていた遥香が呟いた。

 遥香はこのメンバーの中では結構口が悪い方だが、根は真っ直ぐで正直に物事を言うので普段は仲良くしている。


 「うーんそうだなぁ、まず水城はないでしょー……」

 「え、なんで?」

 

 「水城はない」という言葉に反応した綾乃がすかさず口を挟む。

 まさか自分の意見に口を出してくる人がいないと思っていたのか、遥香は分かりやすいように目を丸くして驚くと、綾乃の方に顔を向けた。


 「綾乃、水城のこと聞いてないの?」

 「あーそういえばあの時食堂に綾乃居なかったからねぇ」


 水城のこと……と言うのは食堂で水城が伊達に冷水をかけられたことと、自分と仲がいいからって調子に乗ってるとかいう、誰かが故意的に回した全くのデマの事だろう。

 勿論そのことは綾乃に全て話している。それに今こそ噂は聞かなくなってきたが、叶うならば「自分と仲がいい」というデマが本当になって欲しいと思う。

 思えば思うほどに、はっきりと物事を言えなかった自分に後悔の念が押し寄せてくる。だが遥香の質問に対して、綾乃は間を繋ぐように破顔した表情で口に出した。


 「あー香織がどうやらの事でしょ? あれデマに決まってんじゃん! 誰だろうねそんな噂流したの」

 「え……あれデマなの……?」


 先程よりも驚きに溢れた顔で、遥香は更に両目を丸くした。

 

 「球技大会の時ね……」


 と言って、綾乃は部屋内のメンバーに球技大会の放課後の出来事を話し始めた。最初は想像した通り納得がいかない様子で、遥香も眉を細めて聞いていたが、最終的には「なんだ、ただの良い奴だったのか」と落着したように安堵の息を吐いた。

 綾乃が説明をしている間、香織は黙って話の全てを聞いていたが、敵と言える立場の違う人間が多いのに、自分の意見を正直に包み隠さず伝える事が出来て凄いなと思った。

 その能力は館山や綾乃にあって香織にないものであり、その気持ちがあれば水城との関係を拗らせる事もなかったのにと思うのと同時に自分が情けなく、真実を真っ直ぐに話す事が出来る綾乃を心底羨ましいと思った。


 「結論的に言うと、水城君は良い旦那さんになると思うんだよね」


 綾乃は「うん、うん」と頷いて話を纏めようとする。だが、そこで思いもよらぬ発言が部屋の中に響いた。


 「じゃあ私が嫁いじゃおうかなぁ……」

 「え……」


 突然の遥香の言葉に肝を抜かれ、思わず声を出してしまった香織は咄嗟に口元を両手で覆った。


 「あー冗談だって。てか香織がそんな反応するなんて、やっぱり水城と仲いいんでしょ?」


 してやられたような気がしてカッと熱くなる。だが自分の中にいるもう一つの存在が冗談で良かったと、ほっと胸を撫でおろした。遥香はドライ系で物事をはっきりと言う内面を持つ反面、ルックスが他の女子高校生よりずば抜けて良いので、彼女が本気になれば八割以上の男子は落ちるだろう。

 それより今の自分の発言で水城との仲をまた疑われてしまった。だがあの日、後悔をしないように自分自身に嘘はつかないと誓ったので、ここは正直に言うしかない。


 「今は仲良いか微妙なんだ……」

 「好きなの?」

 「……好き」

 「おおー!」


 この一つの発言を口に出した途端に、嘘をついていた自分にやっと正直になれたような気がして、少しだが自然と心が軽くなったような気がした。

 

 「香織なら大丈夫っしょ! うち応援してるよ」

 「でも、どうやったら振り向かせられるのかな……」

 「うーん、振り向かすと言ったらやっぱあれっしょ。修学旅行終わったら、うちが手伝ってあげるよ」

 「あれか、遥香……ありがとう」


 その後も遅い時間になるまで恋話こいばなが続き、一人が寝付いたのをきっかけに全員が布団に入ってしまった。

 香織は遥香と遅くまで話し合った後、ようやく布団について瞼を閉じた。

 全員が眠る大部屋の中には、京の街並みに佇む灯の明かりが差し込んで、暗い部屋を薄く緩やかに照らしていた。

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