第十九話 リッサの新生活・中編(ラビエス、マールの冒険記)

   

 翌日。

 土曜日なので、本来ならば俺――ラビエス・ラ・ブド――は、『治療師』としてフィロ先生の手伝いをすることになっている。

 しかし俺は、昨日の夕方にイスト村に戻ったばかり。昨晩フィロ先生と打ち合わせて「治療院の手伝いは来週から」ということになった。その代わり、冒険旅行で不在だった分も合わせて、

「しばらくは週二回ではなく、週三回ということで、どうじゃ?」

 と言われてしまったが。

 だから今朝は、普通に『冒険者』としてダンジョンへ向かう。

 その前に、

「おはようございます」

「うむ。おはよう」

 挨拶を交わして、朝食をとって。

 治療院を出ようとしたところで、フィロ先生から、こう言われた。

「新しいお嬢ちゃんによろしくな。わしやお前が知らない魔法も扱えるという、優秀な白魔法士なのじゃろう? 今度ここにも顔を出すように、言っておいてくれ」

「はい、伝えておきます」

 まさかリッサがラゴスバットの姫様とは知らずに、マールやパラと同じく『お嬢ちゃん』扱いなわけだが……。

 いや、フィロ先生だったら、たとえ正体を知ったとしても、やっぱり『お嬢ちゃん』と言うかもしれない。


 いつもの場所へ行くと、既に三人が噴水の縁石に座って、俺を待っていた。

「おお、ラビエス! ようやく来たか!」

「『ようやく』なんて言うほど、そんなに待ってないでしょ」

 興奮気味のリッサに、軽く水を差すマール。

 まあ、仕方ないだろう。リッサは、いよいよ正式な冒険者となって、このイスト村で初めてのダンジョン探索におもむくのだ。彼女が期待に胸を膨らませるのも理解できる。

「聞いてくれ、ラビエス。私たちは三人隣同士になったぞ! 私とパラで、マールを挟む形だ!」

 ……ん?

 一瞬、意味がわからなかった。確かに今、三人は並んで座っているが……と考えたところで、思い当たった。

 おそらく、女子寮での部屋が三人並んだ状態になった、と言いたいのだろう。

 しかし。

「なあ、マール」

「何かしら?」

「確か、パラの部屋がマールの左隣で……。右隣は、長期冒険旅行中だったよな?」

 以前に聞いた話と合致しない気がして、マールに確かめてみると、

「それがね。私たちがネクス村まで出かけている間に、右隣だった彼女は旅先で……」

「……亡くなったそうだ」

 マールの言葉を引き継ぐリッサ。

 なんと! 名前も顔も知らない女性冒険者だったが、旅先で命を落としたとは。

 やはり俺たちが経験しないような、遠方までの冒険旅行には、危険も付きまとうのだなあ……。

 そんなことを俺が思ったのも一瞬だった。すぐにマールが、

「違うから! リッサ、昨日も説明したでしょう? 彼女は『亡くなった』わけではなく、旅先の支部に所属を変えたの! だから空き部屋になったところへ、あなたが入居できたの」

「そうか、そういう話だったのか。すまん、すまん。いや、最初に『亡くなった』と思ってしまったから……」

「仕方ないですよ、マールさん。ラゴスバットのお城でも、リッサは『思い込みの激しいのが玉に瑕』って言われてましたから」

 おいおい、それはフォローになってないぞ、パラ。

 それにしても。

 まさに、女三人寄ればなんとやら、だろう。

 当然だが『文殊の知恵』の方ではない。


 賑やかに喋りながら俺たちが向かった先は、『東の倉庫』と呼ばれるダンジョンだった。

「なんというか……。雰囲気のある蔵だな」

「そうですね。私も、ここに来るのは初めてです」

 もう『倉庫』としては誰も使っていない、廃棄された建物。朽ちかけた白壁には、どこから生えているものなのか、少しツタも絡みついている。入り口には扉があったはずだが、もはや外れてなくなり、出入り自由となっていた。

「今日は三列陣形で行ってみましょうか」

「お、それは面白そうだな」

 マールの提案に、俺は賛成する。

 今まで二人きりでやってきた俺たちには、前衛・後衛という概念しかなかった。パラが加わった時点で三人になったが、それでも戦士一人と魔法士二人というパーティー編成だ。三列に分けようという発想はなかった。

 だが、今度はリッサも加わったことで、四人になった。戦士と武闘家と魔法士二人の編成だ。直接的で物理的な攻撃力のある者が、マールとリッサの二人いることになる。これならば、三列に分けることも十分可能となるわけだ。

「ふむ。私は初めてだからな。ラビエスとマールに従うぞ」

「もちろん私もです」

 リッサとパラにも異論はないようだ。

 本来ならば、これらは『炎の精霊』に会いに洞窟ダンジョンへ入った際にも、考慮すべき問題だったかもしれない。しかしあの時は、リッサの加入は一時的だと思っていたし、何より、そこまで考える心の余裕が誰にもなかったのだろう。

「では、このダンジョンをよく知るマールが先頭。魔法士二人、つまり俺とパラが真ん中で、武闘家であるリッサに殿しんがりを任せる。これでいいな?」

 頷く一同。

 なんだか、俺が仕切ってしまった。

「では行きましょう」

 そう言いながら、マールが倉庫へ入っていく。その顔は、妙に嬉しそうだった。

 何度も来ているダンジョンのはずなのに……。パラやリッサという、同じ女性である冒険者仲間と一緒だから、新鮮な気分なのだろうか。


――――――――――――


「では行きましょう」

 私――マール・ブルグ――は、ふと思ってしまう。

 ラビエスと二人だけの冒険も良かったが、人が増えるのも悪くない。

 パラが入って三人になった時も感じたが……。

 やはり、ラビエスは少し変わってきた。ただ私に従うだけのラビエスではなくなってきた。

 今、私がフォーメーションの提案をした時も、そうだ。最初に言い出した者こそ私だったが、最後に話をまとめ上げたのは、ラビエスだったじゃないか。

 すっかりリーダー気分のラビエス。でも、まだまだ頼り甲斐のある大人の男というより、少し背伸びした少年みたいな感じ。そこがまた可愛い。

 こういうラビエスを見るのも、私は好きだ。

 そんな気持ちのまま、倉庫に入った私は……。

「あらあら!」

 思わず、叫んでしまった。


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――の耳に届いたマールの声は、嬉しい驚きを示すものではなく、むしろ少し悲しい響きに聞こえた。

 続いて入った俺とパラ、さらに最後に来たリッサは、マールが何を見たのか理解する。

「穴が空いていますね」

「あそこに入っていくのか?」

 パラとリッサが言っているのは、倉庫の左奥の話だろう。そこだけ床の石畳がなくなっており、地下へ続く階段が姿を見せていた。

「ああ、あれな……」

 軽く頭を掻きながら、俺は説明する。

「本当は、あの石畳は、スライドする仕組みになっていて……」

 倉庫に入ってすぐの、右側に床に、スイッチとなっている部分がある。それを踏むと、石畳がスライドして、地下への階段が姿を見せる……。

 そんな仕組みになっているダンジョンなのだ。それがずっと開いたままでは、興が削がれるというものだ。

「誰だか知らないけど……。前回の冒険者が、出ていく時に、ちゃんと閉じていかなかったのね」

 軽く文句を言いながら、石段を下りていくマール。

 確かに、彼女の言う通りだ。みんなが使う公共のダンジョンなのだから、次に使う者のためにも、なるべく元の状態に戻しておくのが、最低限のマナーだろう。

「さすがに、ここのスイッチだけは消してるわね」

 言いながら、マールが魔法灯のスイッチに触れた。降りてすぐの壁の、ちょうど人間の目線くらいの高さにあるスイッチだ。

「おお、明るくなったな。まるで『光る洞窟』みたいだ」

 些細なことでも物珍しいとみえて、リッサの声には、感激したような響きも混じっている。

 リッサの言う通り、真っ暗だった地下通路が少し明るくなった。ヒカリゴケの生えた洞窟ダンジョンと、同じくらいの明るさだ。

「みんな、もう石段は下りたわね? では行きましょう」

 いったん後ろを振り返り、俺たち三人を確認してから、マールが歩き始める。

 このダンジョンは、本当に初心者向けのダンジョンであり、分岐道は全くない。簡単ではあるが、面白みもないということで、あまり人気にんきもないダンジョンだ。

 打ち合わせたフォーメーションを守りつつ、直線状の通路を少し進むと、前方から何かが近づいてきた。

 外見は、人間の顔くらいの大きさの金貨である。それが二つ、ふわふわと浮いている。

「モンスターか?」

「そうだ。猛毒硬貨ポイズン・コインと呼ばれる、このダンジョン独特のモンスターだ」

 リッサの言葉を肯定する俺に続いて、マールが補足する。

「ゆっくりと体当たりしてくるだけだから、避けるのも簡単。ただし、もし攻撃を食らってしまうと、毒のダメージがあるわ。だから、さっさと倒すのが得策ね」

「なるほど。『光る洞窟』のブラッドバットと同じ要領だな!」

 リッサが、自分のよく知るモンスターを引き合いに出した。

 まあ、毒と吸血という違いはあるが、その理解で構わない。だが、それをわざわざ口にしたということは……。

 マールも、俺と同じことを考えたようで、リッサの気持ちを汲んで、提案する。

「リッサ。二人で一緒に、やりましょうか?」

「おお! いいのか?」

「ええ、もちろん。私が右の一匹をやるから、左はリッサにお願いするわ」

「わかった! 任せろ!」

 一番後ろにいたリッサが、俺とパラの間を割って、前へ出た。

 彼女が並ぶのを待って、マールが斬りかかる。

「えいっ!」

 いつもの軽片手剣ライトソードだ。

 実は、今日からマールは、左右の腰に一本ずつ、合わせて二本の剣を下げていた。一本は当然、愛用の軽片手剣ライトソードだが……。

 もう一本は、炎魔剣フレイム・デモン・ソード

 俺が『炎の精霊』フランマ・スピリトゥとの戦いの中で拾った、あのレアアイテムだ。

 一応は剣なので、最も有効活用できるのは戦士であるマールだろうと考えて、マールの装備となっている。今ここで使わないのは、別に使うのがもったいないわけではなく――ならばそもそも装備せずに保管するはず――、猛毒硬貨ポイズン・コイン相手に使うまでもない、と判断したのだろう。

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 マールの横では、リッサが担当分の猛毒硬貨ポイズン・コインに対して、鉤爪の連打を浴びせている。

 そうした光景を見ながら、俺たちは後ろで、

「ラビエスさん。私たちは何をすれば……」

「危なくなったら魔法でフォローする。それだけで十分さ」

「わかりました。気持ちの準備だけは、しておきます。」

 とはいえ、このレベルのモンスター相手に『危なく』なるはずもなかろう。

 実際。

 俺たちが言葉を交わす間に、早くも戦闘は終わっていた。


 しかし。

 後衛であるリッサが前に出て、前衛のマールと肩を並べて戦うのであれば、せっかくの三列フォーメーションの意味がないではないか。

 もちろん、本日のダンジョン探索は、イスト村におけるリッサの初冒険だ。だから俺たちとしても、リッサに楽しんでもらうのが一番だと思う。

 別に、昨日『赤レンガ館』で窓口のお姉さんから「姫様を優遇してください」と言われたせいではない。パラがパーティーに加入した時だって、最初はパラのことを考慮して『西の大森林』を選んだくらいだ。それが、初心者をパーティーに加えた場合の、冒険者の常識だと俺は思う。

 ならば。

「なあ、三人とも聞いてくれ。このダンジョンだったら、後方を警戒する必要もないだろうから……」

 結局。

 俺の提案が採用されて。

 前衛がマールとリッサ、後衛が俺とパラという形で、フォーメーションを編成し直した。


 しばらく進むと。

 通路が直角に、右へ曲がっていた。

 そして。

 同じように何度か右折したところで……。

 また猛毒硬貨ポイズン・コインが出現した。今度は三匹だ。

「リッサ、両端は私たちでやりましょう。また私が右で、リッサは左。いいわね?」

「もちろんだ!」

 リッサの返事を確認してから、マールは振り返って、

「真ん中の一匹は、魔法でお願い」

「では、俺が最初に、三匹全部に風魔法をかけよう。それから攻撃してくれ」

 マールが頷くのを見て、俺は呪文を唱える。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」

 どうせ、たくさんモンスターが出てくるダンジョンではないし、危険なモンスターが出てくるダンジョンでもない。出し惜しみせず、第三レベルの風魔法――超風魔法ヴェントガ――を使った。

 空中で浮いている猛毒硬貨ポイズン・コインには、風魔法が特に効果的だ。ダメージを与えるだけでなく、動きも制限するからだ。

 そこへ……。

「えいっ!」

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 マールとリッサの攻撃。左右の二匹は、あっという間に消滅した。

 中央の一匹に対するとどめは、パラの魔法だ。

「フルグル・フェリット・フォルティテル!」

 雷魔法の第二レベル、強雷魔法トニトゥダ。黒魔法でありながら、光の神様の力を借りる魔法だ。光系統を苦手とする黒魔法士は多く、以前にパラも「雷は第二レベルまでしか使えません」と言っていたが……。この威力の雷が放てるならば、十分だろう。

 それにしても。

 パラが、得意の炎ではなく、雷を選ぶとは珍しい。

 彼女自身それは感じているようで、俺が聞くまでもなく、

「たまには雷も使いませんと……。それに、硬貨のモンスター相手なら、雷の方が効果的な気がしましたから」

 どうだろう?

 パラが言いたいのは、おそらく「金属に雷が落ちやすい」みたいな話なのだろうが……。

 はたして本当に、雷が猛毒硬貨ポイズン・コインの弱点なのかどうか。

 いつかリッサに、解析魔法アナリシで調べてもらうのも、いいかもしれない。

 まあ、そこまで手間をかけるほどのモンスターでもないわけだが。


 通路は、ひたすら直進と右折を繰り返す。

 何度かそれをするうちに、パラが気づいたらしい。

「ラビエスさん。曲がるたびに、次の角まで進む距離が、短くなっているような気がしますが……。気のせいですかね?」

「いや、気のせいじゃないさ。ここは、そういう構造のダンジョンなんだ」

 それ以上は説明しなかったが……。

 パラに対して伝えるならば「蚊取り線香をイメージしろ」と言った方が早いかもしれない。

 俺たちは後列で二人で会話しているわけだが、前列のマールやリッサに聞こえる心配もあるので、敢えて言わずにおいたのだ。

 蚊取り線香。

 元の世界にある道具だ。渦巻き状の、緑色の、あれだ。

 火をつけた蚊取り線香と同じで、俺たちは今、内側へ向かって進んでいる。曲線と直線の違いはあるが、まあ似たようなものだ。だから通路の一辺は、だんだん短くなる理屈なのだ。

 やがて。

 俺たちは、渦巻きの中心、つまり中央の部屋に辿り着いた。

   

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