幕間  追われる者と、追う者。

 その半獣人ビーディアは自分の職業に誇りを持ち、職務を全うしていた。

 自分の職務が海の秩序の維持に貢献していると信じているのだ。


 ロロスロード王国の都市の一つ、ロードイの街中でその半獣人ビーディア獲物・・を、仲間と共に追跡していた。

 人混みに紛れ、あたかもその街の一員であるかの如く、もしくは、その街を初めて訪れた観光客の如く溶け込み、獲物を狩る。それが半獣人ビーティアの本能に刻まれた狩りの仕方だ。


 獲物・・に気を配り、一切油断していなかった。…筈だが、観光客の団体が目の前を横切った一瞬のをつかれ見失ってしまった。


 半獣人ビーディアは自身の嗅覚と聴力活かし、付近の遊楽館カジノ獲物・・が入り込んだことを突き止めた。仲間にそれを伝えると、獲物・・を取り逃がす事がないように、仲間と遊楽館カジノを囲む。

 とある理由により、獲物・・に直接干渉する事は禁じられているが、見張る、聞き込みを行うなど間接的にならば、干渉する事を許可されている。

 

 獲物・・が、楽遊館から出てくる、その瞬間にまた追跡を始めるのだ。

 指名手配中の、ある人物に関する情報を入手する事が、今回半獣人ビーティアに与えられた任務だ。その為に今回、獲物・・を追跡することが認められた。半獣人ビーティア自身の誇りと職務の為にも、何としても情報を得なければならない。


 半獣人ビーティアは神経を研ぎ澄まし、集中を高める。再び同じ失敗をしないように。新聞を片手に、道路沿いの椅子に腰を掛け、ひたすらその時を待つ。


 そしてその時はやってきた。



 ―獲物・・楽遊館カジノから仲間を出てきたのだ。若干名、人数が増えたが関係ない。

 半獣人ビーティアは先程と同じように獲物・・の追跡を始めた。


 さりげなく新聞を畳むと、椅子から立ち上がる。

 そして、人ごみに紛れ獲物・・の背後を歩く。時折近付いては離れ、また近付く。そして物珍しそうに辺りを見渡す。あたかも己がありふれた一人であるかのように。


 半獣人ビーティアの有り余る身体能力を存分に活かし、気配を周囲に同化させ、獲物・・達の把握に全力を傾けていたのだ、が。

 獲物・・達からしたら聞かせるつもりはない―否、敢えて聞かせたのかもしれないが、耳を疑うような会話を、半獣人ビーティアの高性能な聴覚は拾った。


 細心の注意を払っている筈なのにどうやら気付かれたらしい。しまったと思った時には、獲物・・は、翼を広げ逃走の準備を始めていた。


 咄嗟に飛び出すも、既に獲物・・達は逃走した後で完全に後手に回ってしまった。

 半獣人ビーティアは身体能力に物を言わせ、人々の一瞬のを突き、屋根の上に飛び乗ると、そのまま屋根から屋根へ跳びながら全速力で追い掛ける。

 仲間からみるみる離れていくが関係ない。追い付く事のみに専念するも、どんどん獲物・・達から遠ざかってしまう。


 風を切り、音の如き速さで屋根から屋根へと駆け抜けるその姿は弾丸の様だ。陸上人ランディアの感覚器官では認識はおろか知覚すら出来ないであろう刹那の速さは、まさに目に映らぬ速さである。


 とうとう獲物・・達の姿を見失った半獣人ビーディアは、ゆっくりと減速すると、その場に匂いが残ってないか懸命に嗅ぎ回るが、ついぞ嗅ぎつけることはなかった。


「糞ったれ!逃げられた」


 半獣人ビーティアは忌々しげに吐き捨てると、その場を去っていった。







「そうか、見失ったか」

 と豪勢な椅子に腰掛ける詳細不明の人物は言った。

 海精を介した海流万力シーアナ・カルナ秘匿通信を受信する機械を片耳に当てるその人物は、フードを深く被っており顔が見えず、声も中性的であるが故、性別はおろか年齢も、種族すらも判別がつかない。

 

 その謎の人物が腰掛ける部屋は、絵画が申し訳程度に飾られているだけでこれと云って特徴がない。

 謎の人物は深く息を吐き出すと、足を組み直した。

「…残念だがこれ以上の調査は許可出来ない。上の方々も、今回の調査には深い興味を抱いておられる。―海の道標みちしるべを持つ者の権利をこれ以上侵害したら私の首は愚か、海流連合シーア・ラスタのお偉いさんの首がみんな吹っ飛んでしまう」


「ああ。その通りだとも。―くだんの人物にたいする調査はこれを以て凍結する。だが例の人物の調査は引き続き続行するように。…次の派遣場所はおって連絡する。以上だ」


 謎の人物はそう言うと受信機を下ろした。

 謎の人物が腰掛ける椅子の前には机が置いてあり、その上には一枚の封筒が置いてある。

 机の引き出しを開け、判子と朱肉を取り出すと、丁寧に捺印をした。 

 ちょうどその時、扉がノックされた。

「おお、ちょうどいい時機に。入り給え」


「失礼します」

 そう言うと謎の人物の部下が入室してきた。

「お呼びでしょうか?局長」


「ちょうど移動辞令をしたため終えた所だ。これを待機中の18ー3エイティーン・スリーに渡してくれ。私からは以上だ。頼んだよ、副官殿」


「承知しました」

 部下は一礼すると、部屋から退出する。

 部下の手に持つ封筒には、〜ガンデラへの移動辞令〜と書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る