第29話 新たな関係

 食事を終えると、エスカレーターに乗って階下へと進み、人垣を押しのけて無事水族館を退館した。

 それから高校生らしく近くのゲームセンターでプリクラを撮って、スターカフェでフラペチーノを飲んで、適当に付近を散策して、再び噴水広場へと踵を返してきた。


 想像に容易いと思うが、プリクラ撮る時の並びやフラペチーノの間接キスやらで絢香と美玲が衝突し合った。一波乱どころではすまなかったが、紆余曲折を経てなんとか6時半の今に至る。


「美玲ちゃん、まだ帰らないの〜?」


 確かに、もうやることは全部やり尽くしたよな。

 気だるげにみちるがそう口にすると、美玲はふふんと胸を張って答えた。


「実は!なんと今日はここで花火大会が行われるんですよっ!」


「マジ!?」とみちるがいち早く俊敏に反応した。

 美玲が無理に皆を連れ回していたのにも、ようやく合点がいった。


「へぇ〜、花火なんて去年ぶりだな〜。よかったね、みっち」


「うん、楽しみ!ねーね、何時から始まるのー!?」


「7時かららしいですよ〜。それでですね、ジャーン――!」


 リュックをガサゴソと漁ると、2枚の紙切れを取り出し、


「花火が上がる時間限定の観覧車チケットです!ゆうま先輩と二人きりで乗ってきます!」


 そう宣言した。

 怖いもの知らずかコイツ……不肖、菅田悠真そろそろ人生に幕を下ろしそうな予感。

 目くじらを立てて絢香はすかさず間挟みした。


「悠真くんを瞞着して奪い取ろうだなんて、そうはいかないわよ」


 美玲を視線の先に止め、ほのかに感じ取られる殺気にオレは冷や汗を流した。


「いいえ、誤魔化しなんてしません。正々堂々、真正面からゆうま先輩を貰います」


 理路整然とした物言いで美玲は再度宣伝した。


「ゆうま先輩、住野先輩に電話掛けてください」


 オレは言われるがままに絢香と通話を始めた。

 でも、これで一体どうするっていうんだ?

 疑問を浮かべていると、美玲がヒョイっとオレのスマホをかっさらっていき、絢香の顔前にそれを伸ばす。


「通話を繋げたまま、観覧車の中にいます。わたしとゆうま先輩の会話はそれで住野先輩にもわかるはずです」


 なるほど、通話越しにオレを監視することはできる。その理屈はわかる……が、それで絢香が了承するとも思えないな。


「住野先輩、最後のお願いです。どうか、わたしに少しの間だけゆうま先輩を貸してください」


「…………わかったわ」


 少し間を空けて、彼女はイエスと返答したことに、オレは少し驚いた。


「本当にいいのか?」


「ええ、だって私の脚色したシナリオが狂うことはないから」


 彼女は綻んだ口元をすぐに直した。




 ***




 キィーッと重い鉄の扉が閉鎖されると、小さな二人だけの空間になった。

 先よりは柔和した表情をする美玲は真正面に座り、徐々に遠のく地上を眺めている。


「伸るか反るか賭けてみたんですけど、成功しちゃいましたね」


 美玲はほくそ笑んで、重々しい空気を払拭した。


「全くだ。本当に無茶というかなんというか……」


「あれ、心配してくれてるんですか〜?」


「これでも一応先輩だからな。後輩がチビって泣かないようには心配しているさ」


「むーっ、なんですかれそれ……」


 ワンピースのスカート裾を握りしめて、不貞腐れたように頬を膨らませる美玲を見て、オレは破顔した。

 それから4分の1ほど観覧車の周りが経過すると、 茫洋たる水平線からヒラヒラと花火が空に舞い――咲いた。


「上空からでも花火の形って変わらないんだな」


「当たり前じゃないですか、バカなんですか〜?」


「いちいちムカつくな……」


 次々と乱舞する花火を眺める美玲は口角を上げ、微笑んでいた。

 楽しいというよりは、どことなく嬉しそうな笑みだ。


 オレは、それを一蹴するように本題という名の言葉で切り落とした。


「そろそろ、頃合いだと思うぞ」


「……わたしにだって、心の準備ってものがあるんですよ……せっかちなんだからっ」


 もうっ、と美玲はつま先でオレのスネを小突く。そして一度深呼吸して、据わった目をした。


「昼食の時にゆうま先輩を好きな理由、わからないって言いましたけど、本当はちゃんとありますよ」


「そりゃそうだろうな」


 好きな理由がなきゃ、彼女持ちのオレを狙う道理もない。


「正直、初対面の時は最低最悪の人だと思ってましたよっ?」


 ふふふと表情を緩ます彼女に「おい」と突っ込んだ。


「でも、ゲーセンで助けてくれた時に惚れちゃいました。まさか少女漫画の主人公みたいな体験するとは思いもしませんでしたよ」


 少し苦笑いすると、美玲は話を続けた。


「普段は意地悪なのに、時々優しくしてくれるところとか、すごくズルいと思いますよ?あ、ツンデレってやつですかっ!?」


「違うわッ!」


「えへへっ。それから腕を組んでも無理やり拒まないところとか、ちゃっかりおっぱいの感触楽しんでるところとか、ゆうま先輩もちゃんと健全な男子なんだなって感じますし」


「楽しんでないからなッ!?」


 会話の主導権を上手く握る美玲。コミュ力の権化と評しても過言ではない彼女との会話に居心地の良さを感じた。


「わたしの次くらいには服のセンスもいいですし、ゲームオタクですし」


「……――ん?」


 ゲームオタク……だと?

 確かに太鼓の名人をプレイしているところをコイツは見ていたが、それだけでオタク呼ばわりするだろうか。

 言葉の語弊感と、何か噛み合わない歯車にむず痒くなった。


「……やっぱり……やっぱり、気づいてないんですね」


「……なんのことだ?」


 目を細めて美玲を見つめると、彼女はスマホを少し弄ってオレの名前を呼んだ――


「――ゆうまくんっ!」


 それと同時にオレのスマホが二度震えた。


『ゆうまくん』

『ゆうま先輩』


 二通のメッセージで、脳内の歯車はカチリと噛み合い、始動した。ようやく辻褄があった。

 そういうことか……お前は……。


「美玲は、みれい……なのか……?」


「はい!美玲でみれいですっ!はじめまして、って挨拶した方がいいですかねっ!」


「ははっ、今更だろ」


 ただのネット友達、ゲーム友達、二年以上の画面越しの付き合い。

 名は、みれい。美玲がそのみれいだった。


 遥か遠くの存在だと思っていたみれいが、こんなに近くにいたことに、驚いた。

 それ以上に幸甚の至りであった。いつか会いたいと願っていた彼女と会えたのだ。会っていた、と表現する方が正しいけどな。


 オレの緩んだ表情は、止まることを知らなかった。

 恒常的な関係であったはずの彼女は、もう消えた。それと同時に、したり顔をしている彼女と新たな関係が始まる――




「ねぇ、ゆうま先輩――わたしと付き合ってください」




「――悪い、ごめんな」




 そう、リアルの友達としての関係が。

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