第19話 浮気調査

「なんでダメなんですか〜っ!」


「だから絢香に携帯チェックされる時にバレて連絡先削除されるだけだからって何度も説明してるだろ!?」


「むーっ!」


「膨れっ面になってもダメなものはダメ!ほら、交換するのかしないのか、早く決めろ!」


「むむむーっ!」


 悪魔の取引は、ラインではなくメールアドレスの交換で幕を閉じた。

 駄々を捏ねる美玲を何とか説得し妥協させたのだ。


 オレはどうしたら足が付かないか反芻し、思案に余っていた。だが、ゲームの定期メールが絶妙な瞬間に送られてきて、オレは究極の答えを導き出したのだ。

 メアドでのメールのやり取りなら、送受信メールを削除さえしてしまえば証拠が残らない。ラインだと友達一覧に美玲の名前が載ってしまうからな。


 はは、完全に浮気だなこりゃ。


「住野先輩はよくてわたしはダメだなんて理不尽です……」


 相も変わらず不貞腐れて、オレの後ろをテコテコと追ってくる美玲。

 ……仕方ねーな。


「許せよ、代わりに夜飯どっか連れてってやるから」


「そーやってすぐ子供扱いするんですからっ!」


「じゃあ行かないのか?」


「もち行きます!」


 行くんかいっ!

 口から零れそうなツッコミを喉元で抑えて、オレは美玲を引き連れ最高級イタリアンレストランへと足を運んだ――


 ――余談だが、会計は二人合わせて1000円にも満たなかった。




 ***




 翌日の昼過ぎ。

 学生の味方、日曜日を優雅に自宅で何をすることもなくダラダラと過ごしていた。


 散歩でもいいから出掛けることも視野に入れてはいたが、寝起きに自室のカーテンを開き、瞬く間にその案は取り下げられた。


 ザーッと全ての物体を大きく打ち付ける豪雨は、オレの思考能力も洗いざらい遥か彼方へ消し飛ばしてしまったのだ。

 傘をさしていても、強風と相まってズボンやスカートは雨で浸透してしまうだろう。


 雨で道路のコンクリートは黒々として、砂利は泥水と化して、人々は家に篭もり、鳥の集は鳴くのをやめているというのに――


 ――何故この女は、オレの家の前に佇んでいるのだろうか。


 さすがに気分が憂鬱になり、鼻摘みしてしまいそうになる。

 億劫だと悟られないように、オレは平常心を保ってインターホンの画面越しに彼女へと語りかけた。


「おい絢香……何してんだよ」


『愛しの彼氏君の家にいらしただけですけど。ほら、お天道様もこの雨だからお家デートしろって助言してくれているし』


「お前は神様の言うことが通訳できるのか。どこの宗教だ、アローン教のオレと対峙するか」


『ちょっと厨二病っぽいの引くからやめて。日本語訳するとボッチ教ってのも哀れみを覚えるわ』


「うるせ」


 さすがはテスト順位学年一位様。

 ググール先生に頼ったオレと比べる以前の問題のようだ。勉学では敵わない。


『とにかく、中に入れてもらえないかしら?』


「唐突に押し掛けてそれか……エッチなことでもしに来たのか」


 曲解して、扇情的に絢香を煽ってやった。


 まぁ幸い、両親は仕事に出て家には在席していないから家に入れることは吝かではないけどな。

 兄弟がいる訳でもなく、一人っ子なので誰かに気を憚る必要性もない。


『――バカじゃないのっ!?アホ!!』


「うわっ……」


 機械越しだというのに、耳がキーンとするくらい大声で怒鳴られた。

 やっぱり憂鬱だ……オレの休みが……。


『ド変態っ!悠真くんのケダモノ!』


「冗談だよジョークだよ頼むから外で変なホラ吹きするのはやめてくれ!」


 なんでそんなに憂鬱なのかって?昨日、浮気紛いなことしたからに決まっている。

 こんな土砂降りな日に、彼女がわざわざ自分の家に押し掛けてきているんだぞ?そりゃバレたんじゃないかって不安が襲ってくるさ。


「はぁ、大丈夫だ……落ち着け……オレは無辜だ……」


 小声で自分に言い聞かせるように呟いた。

 外は雨音のせいで、オレの声は轟いていないだろう。


「……今から玄関向かうから待っとけ」


 スマホのメール履歴をゴミ箱へ一掃する。

 そしてオレはリビングを無人の部屋とし、絢香を迎え出た――。

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