第16話 不躾な人

 フラペチーノのカップがぬいぐるみに付着しないように、ぎゅっと抱きしめて子供のように可愛く笑みを浮かべる彼女。


 あざといなー、てんとう虫くらいには可愛いけど。

 口に出せば十中八九叱られる。わたしは虫と同レベルなの!?ってさ。胸襟に留めておくことにする。


 でもこういうタイプの人種は、ぬいぐるみの抱きしめ方やなんかにも気を配ると耳にした事がある。

 大きなぬいぐるみの効力で顔がより小さく見える小顔効果。もちろん、自分の顔にぬいぐるみが被らないよう、位置もしっかりと調節しているようだ。


 言うならば、人形も可愛いけど、それを可愛く持つ自分が可愛いってところか。


「あ、菅田先輩、早くしないと選曲時間終わっちゃいますよー」


 何かを思い出すかのように、美玲はゲーム画面に視界を動かしオレにそう告げた。


「ホントだ、やべ」


 認めたくはないが、美玲の姿に見とれて失念していた。

 実直に申すと、ぶっちゃけ絢香よりも可愛らしい。美玲がオレの彼女だったら、速攻で抱きついていただろう。そんなifは存在しないが。


 バチで太鼓の縁をカタカタと叩き、時間を迎える前に好きなボーカロイド曲を選んだ。


「へ〜、菅田先輩ボカロも好きなんですか?」


「人並み以上にはな」


「奇遇ですね、わたしもですよっ」


「あんまり嬉しくはないな」


「すぐそーいうこと言っちゃうんだから……もうっ……」


 プイッとそっぽを向かれてしまう。

 やれやれと、オレもそれに合わせて太鼓に身体を向ける。


「さっきみたく、業を煮やして物に当たらないでくださいね」


「……見てたのかよ」


「はい、ばっちしと」


 美玲に何か圧をかけられた気がして、居た堪れなくなる。


「忘れろ」


 彼女に一言だけ掛け、オレはプレイに集中した。

 難度が先よりも一回り上がっている曲だ。難所でミスを一度でも出せば、それが連鎖して大きくスコアを落としてしまう。


 ゆっくりと息を呑み、力を最小限に抑えて乱打した――



「……凄いですね、菅田先輩」


「まぁ、こんなもんだろ」


 ゲーム画面にはリザルト画面が映され、そこには大きく「フルコンボ!」と文字が表示されている。

 こんなもんだろなんて大層なことを吐き出したが、まぐれだ。高校に入学して以来やってなかったから、かなりのブランクだしな。


「ゲームが大好きだって気持ちがよく伝わってきますよ」


「そりゃどうも」


 小学校入学と同時に発売された携帯型ゲーム機、ディーエス。

 それを入学祝いとして購入してもらって以来、ゲーマーとしての道を歩みだした。もうゲームと付き合い10年以上も共に過ごしてきたのだ。


 好きなのは至極当然である。


「よかったら美玲もやるか?飽きたし」


「最後の一言がなければ素直に喜んだんですけどね!」


「気にすんなって」


 運動部でもなんでもない帰宅部部長(自称)のオレは、2曲も続けて太鼓を叩き続けて体力を消耗しすぎた。

 プレイ前の意欲の塊はどこへ喪失したのか。


 バチを押し付けるように美玲へと差し出した。


「菅田先輩に比べたらわたしの実力なんて塵芥も同然ですから」


「楽しんでやってくれればそれでいいから」


 口幅ったいよう聞こえるかもしれないが、下手でもなんでも、ゲームなんてのは楽しんだもん勝ちだ。

 その楽しみ方は十人十色で、上達するのが面白いと感じる人もいれば、下手なままでも脳死状態で楽しめれる人だっている。


 だからオレは高いスコアを取れだなんて、コイツに強要させるつもりは皆無だ。


「……わかりましたよ」


 やっとの思いで美玲はバチを受け取り、オレと選手交代した。

 そして十数秒のうちに選曲し、早速プレイへと移った。


 何が塵芥だよ……十分上手じゃないか。


 美玲の選曲した曲はそこそこ難しい曲で、それを彼女ほ見事に叩き捌いている。

 技術以上に、彼女はプレイの魅せ方がとにかく上手だった。音楽にノリ楽器を演奏する人のように、美玲は身体をゆらゆらと揺らし、観るものを惹き付けている。


 やはり顔がいいだけに、心酔してしまいそうになる。


 オレはそうなる前に、この場を立ち去った――




 ――のが不結果を招くことになった。


「アホかアイツ……」


 美玲がプレイに夢中になっている間に、オレは別のUFOキャッチャーをやりに向かっていた。


 ジャンヌのぬいぐるみの隣に並べられていた、セルエルという男キャラ。

 同じゲーム作中に登場するキャラクターだ。


 それ欲しさにコインを投入し、難なくゲット出来て喜び美玲の元へ戻ったところで、彼女は軽薄でチャラそうな有象無象の男子共に囲まれていた。


 有象無象共は「オレらと遊ばない?」とどいつもこいつも異口同音としている。

 不結果というものの、彼女は重々しい雰囲気を醸し出していたからだ。


 所謂、ナンパなのだろう。

 それで美玲が喜んでついて行くのならオレは横入れするつもりは無い。だが、そうではないから参っている。


 外見からして相手は同じ高校生だろうが、少なくともうちの学校の者ではないだろう。そうならば、わざわざここで付き纏う必要は無いからな。


 クレーンゲーム機に隠れ様子をもう少し伺ってみるべきだと、時期尚早と理解していてもオレはスマホを操作し行動に出た――


「なぁ、お前らオレのに何してんの?」


 オレはため息混じりに吐き出す。

 演技とはいえ、絢香に対して罪悪感が浮かび上がる。


「あ?」


 ぬいぐるみを脇にはさみ、その先に買い物袋とトートーバッグを持ち、もう片手ではスマホを弄りながら悠々とオレはその場に現れた。

 ちなみに、フラペチーノは飲み終えたのでゴミ箱に捨ててきた。美味しかったです。


「なんだお前?」


 そのグループのリーダー格と思われる人物が一人、出しゃばってくる。


「だから言ってんだろ、ソイツのだって」


 上から下まで舐めるよう、奴らはオレのことを観察する。

 嘘八百だが、オレは美玲のルックスに劣らず、ポテンシャルの高さからも恋人同士ということは彼らだって直ぐに判断できるだろう。


 だが、こんな所でナンパする奴らが簡単に引くとも思えない。


「だからなんだよ、怪我したくなきゃとっとと失せろ」


 ほらきた……想定通りだ。

 美玲の顔色がみるみる曇っていっている。きっと、わたしのせいでオレを巻き込んでなんて勘違いしているんだ。身体の血が引いていくような、そんな感覚に陥っているだろう。


 早目にカタをつけるべきだと判断し、オレは切り札を召喚する。

 大きく見せびらかすよう、スマホの画面を奴らに向けオレは動画を流した――


「悪いけど、お前らの言動は全て撮らせて貰ったから。ツイッターとインスタに載せて、お前らの所属している学校を炙り出す。そして警察と学校に通報するが……今退くなら目を瞑ってやる。どうする?」


 美玲を囲むナンパ集団。一部始終だが、これだけの材料があれば脅すことは容易だ。


 疎らと散っているナンパ集団の間を縫うように、庇護するよう美玲の目前までオレは近寄った。

 下手に暴力を奮われては、もはや高校生の喧嘩の範囲で収まらなくなってしまうからな。


「…………行くぞ」


 リーダー格の男は状況判断力は一端のようで、逡巡することなく直ぐに連中を連れてゲームセンターから足を遠のいていった。


 無手勝流とはこのようなことを言うのだろう。さすがオレ。


「美玲、大丈夫だったか?」


 笑顔を無理に作り、怯えた表情の美玲に優しく問いかけた。


「……大丈夫じゃなかったです」


「今は?」


「大丈夫ですけど……」


「そうか」


「なんで……なんで居なくなっちゃったんですか……なんて不躾な人なんですか……」


「悪い、つい」


 そこまで話すと、彼女は堪えていた涙を静かに解放した。

 一筋の雫が頬を伝うと、呼応するように瞳から涙が溢れんばかりに流れ出す――


「ついじゃないですよ……っ、わたし、ほんとに怖かったのに……っ」


「ああ……」


「許しません……絶対に許しません……ちゃんと責任とってもらいますからね……」


「……考えとく」


 オレの胸を勝手に借りられ、赤色のパーカーは彼女の涙で滲んだ。

 はぁ……絢香には秘密だな、確実に殺される……。


「そうじゃなきゃ許さないですから……」


 お前は借金取りか何かか……。


 そして彼女は間を空けて、最後に一言だけ告げてくる。



「それと……助けて頂いてありがとうございました、ゆうま先輩っ」

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