第10話 パンツの後輩少女

 それから間もなく、オレらは香澄さんの運転に連れられて無事に学校へ辿り着いた。


「今日も頑張ってね〜」


 バイバイと手を振り、お見送りをしてくれた。

 波乱な登校になると予想していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 コツンコツンと、一歩ずつ少しずつ進んでいく絢香の隣を歩き、彼女が倒れた場合などの補助に入れるよう寄り添う。

 彼女を隣に学校内で歩けるなんて、この世の春を謳歌しているように感じただろう……。少なくとも、周りからの視線がなければ。


「気にするだけ無駄よ」


「ああ、わかってるんだがな……」


 校門に入ってから、もう校舎内の廊下を歩いているが、そこまでヒソヒソ話が止まなかったことはない。

 男子からも女子からも羨望の的にされ、鋭い視線が刺さる。

 一番耳に入った言葉は「アイツら付き合ってんのか?」だった。

 そうだよ、付き合ってるよ。文句あるのか、あるなら直接言えよウザったい。


 次に耳に入る言葉は「羨ましい」だろう。

 学校内一の美少年と美少女が結びあったのだから、無理もない。

 籠の中の鳥が空に憧れているようなものだ。所詮、冴えない奴らの妬みだとこれはスルーする。


 そして一番癇に障った言葉は暴言の類だ。

 クソ、キモい、調子乗ってる? ふざけんな、クソ喰らえ。

 アニメやなんかで「モテすぎるのも罪」なんて言うが、生まれて此方、普通に生活してきただけなのに罪だと押し付けられるこっちの気持ちも考慮して欲しいものだ。

 クソっ、イライラする。


「ちっ……ムカつく」


「案外短気なのね、早死するわよ」


「そこまで長生きしたくないから丁度いいかもな」


「私を残して先に死ぬつもり?」


「じ、冗談だよ……」


 危ない……コイツの頭の中では生涯の計画が立てられているんだった。

 下手な発言をすれば命取りだ。


「先に死んだら殺すから」


「お前、死体になにするつもりだよ……」


「ナイフで滅多刺しとか?」


「ははは……」


 笑えねえ……。もし浮気なんかしたら、確実に刺されそうだ。

 絢香とたわいのない会話を続け、なんとか気を紛らわしながら彼女の教室に辿り着いた。

 絢香の教室は三階にあるので、なかなか困難な道のりだった。

 送り届け、すかさずオレは二階の自分の教室へと足を運んだ――


「うわっ」

「きゃっ」

 

 ――途端、道中の曲がり角で人とぶつかってしまう。

 互いに後ろへ尻込み、そしてオレはまたしても視界に入れてしまった。

 そう、パンツを。

 ぶつかった彼女はオレの目線に気づいたのか、スカートを手で抑えて立ち上がった。

 今度はサクラ色か……。

 昨日のパンツ事件にいい思い出はないため、自然とため息が零れた。


「なっ、ひ、人の下着を覗いておいてため息つくなんて最低ですねっ!」


「いや、故意じゃないし……はぁ……」


 誰だコイツ……。


 敬語を使うあたり、新一年生という事だけは予想がつく。


「ま、またっ――‼」


 下着と同じピンクのような色で頬を染めて恥ずかしがっていた彼女はどこへ消えてしまったのだろう。

 憤怒を纏って、顔から湯気を出しそうな勢いだ。

 なんでこうも短気な女が周りに多いかな……絢香といい、みちるといい、この女といい……あ、オレもか。

 どれも共通して美形で可愛いのが癪だ。


「ほんとに怒りますよっ!」


「もう怒ってるじゃん……」


 プクッと河豚のように頬を膨らませる彼女。

 彼女を一言で表現するなら、「あざと可愛い」が適切だろう。

 ショートカット――俗に言う姫カットの髪型に、地毛か染めているのかはわからないが、ブラウンの髪色が絶妙にマッチしていた。

 メイクも薄く、しているかの判断がつかないようなナチュナルなもので、男性受けは良さそうだ。

 絢香よりも一回り低い身長で、顔のパーツ各々も小さく、それでいて綺麗に整っている。


「可愛い顔が台無しだよ。じゃ、オレ行くから」


 各々が教室に入って友達同士で談笑し合っているのか、ここの通りには人が殆ど居ない。誰か現れる前に退くべきだろう。

 不幸中の幸いだったな、パンツ見て不幸だなんて口に出したら余計怒りそうだけど。


「可愛くないです! ――って、待ってくださいよ!」


 これ以上迷惑な噂が吹聴されてはたまらない。

 そそくさと少女を無視して教室へと向かった。


「……もう、なんなのあの人っ! イケメンって噂なのに中身はクソじゃん!」


 怒りを霧散する彼女が一人、ポツリと廊下に立っていた――。

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