世界はセイケンを求めてる!

ツム太郎

世界はコオリを求めてる!

第1話 前触れもなく異世界へ


 自室の扉を開けると、そこは木漏れ日の射しこむ森の中だった。


「えぇ……」


 心臓がブルっと震える。

 木、木、そして木。

 冷や汗をかく暇もなく、目の前に広がる圧倒的な自然に、少年は今にも倒れそうだ。


 彼の名前は桜山礼路さくらやま れいじ、日々のほとんどをゲームに費やす高校三年生である。

 いや、正確には「高校生だった」という言い方が正しい。彼は半年前、自身が通っていた高校を退学させられている。


 事の始まりは、ある日の放課後。

 礼路は鞄に入れ忘れたノートを取りに教室へ向かい、そこで変態教師にセクハラされそうになっていた幼馴染を目撃した。

 その時礼路は、自分に気付いた変態教師の言葉に一切耳を貸さず、少々強引に幼馴染を連れて帰る事に成功した。

 しかし数日後、逆恨みした変態教師に「暴力を振るった」と冤罪をかけられてしまう。


 幼馴染が彼の無実を証言してくれれば問題なかったのだろうが、そんな彼女はなぜか行方不明になってしまっていた。警察が動き、彼女を捜索する日々が続いていたが良い報告は聞けず、返ってくるのは「残念ですが……」の一言ばかり。

 結果、彼は抵抗も出来ずにあれよあれよと退学へ追い込まれてしまったのである。


 まとめるとたった数行でおさまる話であるが、なかなかに不幸な目に合ってる。


「やぁーあの時に見たクソ教師の勝ち誇った顔、本当に腹立ったなぁ……」


 礼路は疲れたような笑みを浮かべて現実逃避しながら、数か月前の出来事を少しだけ思い出す。輝かしいとまではいかなくても、彼はそれなりに楽しい高校生活を送っていた。

 そのため、そんな生活を理不尽に奪われたことを少々悔しく思ったりしている。

 とはいっても、彼が学校以外の場所でやっていたのは、せいぜいがアプリゲームくらいだったため、退学後もさしてライフスタイルは変わってなかった。

 彼は勉強を極力遠ざけるタイプだったのだ。


 もっと言えば、最近の彼は学校に行かないでずっと家の中にいれる現状に、言い様のない心地よさを感じ始めていた。

 クソニートまっしぐらである。


 そういうワケで引き籠りに半分足突っ込んだような生活を続けていた礼路であったが、ある日飲み物が欲しくなって外に出ようと自室の扉を開けた。


「はぁ、やっぱり意味分からん……」


 そして今に至る。扉の先は見慣れた廊下ではなく、どれだけ広いのかも分からない森。


「帰るか……扉ねぇし」


 彼は部屋に戻ろうと振り返るが、なぜか扉は消えている。後ろも前方と同じ、見事な森が広がるばかりだ。


 逃げ道は完全に無い現状。しかし礼路は妙に冷静であった。焦ってギャアギャア騒いだりする様子もない。

 実際のところ、ただ理解が追い付けていないだけなのだが、逆にそれが彼を冷静にさせていた。


 礼路は辺りを見ながら、フワッとしている頭を使い考える。

 ここは何処なのか?百歩譲って知ってる山とかならまだしも、見たことも無い森では対処の仕様が無い。

 歩いて行けば外に出るのか?いや、それすらも怪しい。

 そう思いながら、彼はふと自分が身に付けている服を見た。


「え、なんだこの格好。俺のゲームキャラが着てたヤツじゃないか?」


 礼路は自分の恰好を見てそう呟いた。そう、変わったのは辺りだけではなく、自身にも不可解な変化があったのだ。


 水色を基調とし、柔道着を改造したような装備には、様々なところに金色の装飾が施されている。二の腕の三分の一くらいまでで破れているこの服は、まさしく自分のゲームキャラである聖拳せいけん使いのレイジの装備であった。

 彼は自分の服をまじまじと見つめながら、ゲームでは見れなかった服の内部を見ることに集中することで、周りを視界に入れないようにした。


「……へぇー、この服って中はこうなってるのか……ふーん……はぁ」


 数秒の抵抗を諦め、ため息とともに視界を前方に戻す。

 まったく変わらない景色にいい加減慣れてきたところで、礼路はあることを思いついた。


「ははっ、もしかして技とかも使えたりしてなぁ……」


 そう呟いて、チラチラと辺りを見渡す。そして誰もいないことを確認した礼路は、自分の操るキャラクターであったレイジの戦闘ポーズをとろうとした。


「えっと……上は若干前かがみにして……右腕は後ろに……左足は前で右足は後ろ……こんな感じだっけか」


 思い出しながら、とりあえずそれらしいポーズをとる。そして再び辺りを確認、人っ子一人いない。


「今の所何も感じたりはしないけど……よしッ!」


 礼路はカッと目を見開くと、技の口上とその技名を叫んだ。


「聖なる嵐の咆哮、豪拳ごうけんッ!!」


 叫びながら、半信半疑で後ろに控えさせていた右手を前に突き出した。見事に真っ直ぐ前へ突き出された拳は限界まで伸び、そのまま沈黙する。


「……」


 数秒待ち続けて自分の右腕に何も起きないことを確認すると、先程辺りに誰もいないことを確認した自分に、脳内で多大な賞賛を与えた。


「ハハッ流石にないか、ちょっと欲張りすぎたかな……誰もいなくて本当に良かった」


 心の底から安堵した礼路であったが、次の瞬間状況は大きく変わる。

 沈黙を続けていた右手がいきなり熱くなったかと思うと、いくつもの光の粒が発生し、腕を中心に見覚えがある青色の魔法陣が発生した。


「……は?」


 そしてそのまま光が拳に集約していくと、魔法陣が勢いよく拳の先に放たれ、そこから見覚えのある巨大な衝撃波が放たれた。


「ヘェァッ!!?」


 またブルッとなった心臓を伝い、喉から自分でも聞いたことが無いような怪音が溢れ出る。しかし衝撃波はそんな礼路を置き去りにして、前方のそびえ立つ木々をバキバキと何本もなぎ倒していった。


「……マジかよ」


 冷や汗を垂らし、礼路の中から唯一出た言葉はそれだけだった。


「扉開けて……森の中で……ゲームキャラになってますって……俺これからどうしたらいいんだ……?」


 その後数分は同じ姿勢のままでいたが、頬を叩く風で我に返り現状を再分析する。

 何故か分からないがゲームキャラの力が使えるようになった。もしかしたら、体そのものも変わっているかもしれない。礼路は自分の肩や足を振って異常がないか確認するが、違和感はなかった。


「その上で、今すべきことはなんだ?」


 色々な選択肢が出てきた中で、礼路は頭を片手で抱えながら浮かんでくる言葉を呟く。


「森の探索、立ち止まって再考、他の技を試す、土地の所有者への謝罪、あとは……おぉんおぉん……」


 逆に選択肢が多すぎて途方に暮れてしまった。変なうめき声を上げながら頭を振りだし、視線をキョロキョロと動かす。その姿は、春先にフワッと出てくる変なおじさんのようであった。


「おぉんおぉん……進もう」


 数秒うめいた後、礼路はピタリと動きを止めてそれだけポツリとつぶやいた。

 とりあえず止まるより、前に進む方が何かしら変化が起きるだろう。他の技もあとで試せばいいし、謝罪も会ったらすればいい。

 そんなことを考え、決して面倒くさいわけではないと自分に言い聞かせながら、礼路は先程衝撃波を飛ばした方向へと進んで行った。





 歩き出して数十分、辺りの景色は依然変わらない。

 礼路は服に引っかかる枝を鬱陶しそうに払いながら、恐らくここは異世界なのだろう、と判断した。


「でもどんな異世界なのかが分からない。ゲームの世界なのかもしれないが必ずしもそうだとは限らないだろう。もしかしたら、剛拳をものともしない魔物がウジャウジャいる世界なのかも……」


 そう考えると、礼路は震えが止まらなくなっていた。

 人一人どころか数十人を軽く吹っ飛ばせるような技である豪拳。ゲームでは汎用性が高く、礼路はこの技をかなり重用していた。そんな技で少しもダメージを与えられない化け物に遭遇したら、今の礼路には全力逃走以外の選択肢はない。

 途端に怖くなった礼路は進んでいた足を止めてしまいそうになるが、寸での所で無理やり前に出す。


 「ヤバい敵に会うのは怖いが……このままずっとここにいるのはもっと怖いだろ……」


 そう自分に言い聞かせ、それでも止まろうとする右足を叩きながら彼は前へ進んだ。






 そうこうして、礼路はようやく状況を変えることに成功した。


「湖……水……」


 歩き続けて体感1時間、湖がある開けた場所に出た。辺りは変わらず森のままだが、少しでも風景が変わったことがとても嬉しかった。

 大きく深呼吸し、駆け足で湖まで近寄る。


「み、水だ……間違いなく水だ……!」


 水面に浮かぶ自分の顔を見つめながら、にやけるのを止められなかった。手ですくうと口元まで運び、ごくごくと飲み干していく。


「んぐ……んぐ……ぷはぁ!し、沁みやがる……!」


 毒が入っているか、何かの罠ではないか、そもそも本当にただの水なのか。

 飲んだ後に様々な疑問が礼路の中で浮かんでいたが、水泡のように一瞬で消えていく。火照っていた体に水が流れ、緊張し続けていた体を冷やしてほぐす。

 その快感だけが、今の礼路を支配していた。


「異世界にも綺麗な水はあるんだ……本当に良かった……!」


 様々な不安を抱いていた中で、少しでも喜びを感じることがたまらなく嬉しかった。普段では決して出さない程の大声で笑いながら水をすくい、頭にかけてはまたすくう。当たり前の事実を知ることが出来た喜びを前に、礼路は自分を抑えきれなかった。


「あぁ、本当にうれし……え?」


 そして勢いのまま湖へ飛び込もうとした瞬間、礼路はスタートの構えのままピタリと動けなくなった。別に水に毒があったわけではない。動かそうと思えばそのまま走ることもできた。

 しかし、動けない。


「……」


 瞳を閉じ力を込めた後に、今一度括目。


「見間違えじゃ…ないよな?」


 そして再び同じモノを見たため、礼路は目の前のソレが現実であると自覚した。

 彼の目の前にあったもの。


「……」


 それは木々の天辺まで届きそうなほどに高くそびえ立つ氷、そしてその中で酷く悲しげな表情を浮かべる少女であった。


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