第5話






キュルルの悲痛な叫びに愕然とし、沈黙するフレンズ達。

助手は小さく咳払いすると、先ほどの言葉の続きを、ゆっくりと語り出した。


「――…お前達は思い違いをしているのです。ヒトはそんな特殊な力を持った獣ではないし、かといって物凄く強い獣でもないのです。キュルルも…かばんも」

「え…?で、でも…」

「迷うことなくビーストに向かっていったかばんが、何か凄い力を持っていると思ったのですか?海岸へと運ぶように頼まれ、私はあの子を抱えて飛びましたが…」


助手は一度口を閉ざし、自分の両手を見つめた後、それをぎゅっと握って静かに告げた。




「――その間あの子の身体は…ずっと震えていましたよ」




フレンズ達は、完全に言葉を失った。

息巻いていたじゃんぐる組も、口に手を当てて青ざめている。


「ヒトは変わった生き物なのです。同じヒトでもできることが全く違ったり、我々が思いつかないようなことを次々と思いついたり。しかし、基本的にヒトは臆病で、弱い獣なのです」

「そのくせ、自分の能力に見合っていない問題や相手に立ち向かおうと無茶をしたり、失敗しても何度も挑戦したり――しかしその結果、とんでもない力を発揮して、無理だったはずの問題や相手に打ち勝ってしまうこともあったり…滅茶苦茶な獣なのです」


助手に続いて、博士も語る。


「なので、彼女達がその大きな問題に対して、十分に力が発揮できるように…我々が支えてやる必要があるのですよ」

「なのです。ヒトの力に頼り切っていては駄目なのです。我々はヒトに頼り、ヒトも我々を頼る。もちろん、我々同士もお互いを頼る」


言葉を切って、助手は博士を見る。

博士はしっかりと頷いて、皆を見渡して口を開いた。



「――けものとヒトが、けものとけものが、力を合わせることが大事なのですよ」

「力を…合わせる…」



フレンズ達はお互いの顔を見合わせて、博士や助手の言葉を反芻するように呟いた。


「かばんやラッキービースト、本などから、我々はたくさん教えてもらったのです。かねてからこのパークは、度々大きな問題が起きたり窮地に立ったりすることがあったそうなのです」

「パークの危機、なのです」


助手の言葉にオオセンザンコウがぴくりと肩を揺する。


「しかしそんなパークの危機が訪れる度、けものはけもの同士、そしてヒトとも力を合わせて、それを乗り越えて来たそうなのです」

「そして今回も。これまでと異なり、けもの同士力を合わせねばならないのに、そのけもの同士の縄張り争いが問題となってしまっているのですが…」


ふぅ、と小さく息を吐いて、助手は続けた。


「こんな時こそ、我々は隣にいる者達と、そしてヒトと、力を合わせねばならないのです」


博士と助手は目を合わせ、そして声を揃えて、皆に語りかけた。




「「――我々は、【フレンズ】なので」」




フレンズ達の間に、とても静かな空気が流れていく。

しかしそれは、これまで何度かこの空間を包んだような、険悪で冷たいものではなく、確かな意志と温かさを秘めていて。







「――……たしかに、アンタらの言う通りや……。さっきのキュルルはん見て、アカン…やってもうたって、思ったわ…」







肩を落としたヒョウが、最初にぽつりと口を開いた。


「ウチら、ビーストに追い詰められて焦ってもて…どうかしてたわ。キュルルはんやかばんはんのことなんも考えへんと、縄張り争いやとか言うたり…ビーストをどうにかしてくれって無茶押しつけたり…」

「うん…自分らで突っ走ることか、ヒトに頼ることしか考えてへんくて…お互い力を合わせることなんて、考えてもなかった…」

「かばんはんが目の前で傷付いて、いっちゃんしんどい思いしとんのはキュルルはんやのに、変なプレッシャー与えて、うぅ、サイテーやでウチらー!うわあああん!!」

「泣かんといてや姉ちゃーん!うええええん!!」


声を上げて泣き出したヒョウ姉妹を見て、イリエワニも頭を掻いた。


「ほんとその通りだよ。ビーストとの仲をどうにかしなきゃなんないって話なのに、アタイらはまず、自分ら同士の仲もまともに考えられてなかったわけだね」

「あの子が戻ってきたら、すぐに謝らないと…!」


各々の過ちを反省するじゃんぐる組。

対してロードランナーは腕を組み、虚勢を張った。


「へ、へん!お前ら気付くのが遅すぎだぜぇ?このロードランナー様は、それぐらいわかってたけどな!」

「あぁん!?」

「えぇと…あなたも結構なこと言ってた気がしますけど…」


ぎろりとロードランナーを睨むイリエワニと、苦笑いを交えて呟くブタ。


「ケンカは駄目って話だったよねー…?」


そして、ロードランナーとイリエワニに近付いて、背筋が凍るような微笑みを浮かべるジャイアントパンダ。


「ひいい!じょーだんですうう!湿っぽい空気を変えようと思っただけですうう!」


震え上がって本音を漏らすロードランナーを見て、何人かのフレンズが笑みを溢した。

その様子を見て微笑んでいたリョコウバトとアリツカゲラは、ふいに裾が引かれたのを感じて振り返る。

フードを深く被って、少し俯きがちに立つハブが、そこにいた。


「あー…の、えぇっと…、その、さぁ……――さっきは、ごめんよ……」


もごもごと口ごもっていたハブは、それでも最後はちゃんと顔を上げて、二人に謝罪を述べる。

二人は少し目を丸くした後、にっこりと笑顔を見せた。


「大丈夫です。気にしてませんよ」

「でも仰るとおり、私たちは空を飛べるのが強みですから…。もし今後、先ほどのように誰かが危ない目に遭っている時は、恐れず手助けができるように頑張りますわ」

「いっ、いやいや無理しなくていいよぉ!その、怪我されちゃ困るし…!」

「うふふ…ハブさんって優しい方なんですね」


気合いを入れて意気込むように拳を握るリョコウバトに、わたわたと手を振るハブの様子がおかしくて、アリツカゲラが穏やかに笑った。


明らかに先ほどまでと違う雰囲気が、ホテル内を満たしている。

ゴリラはその様子に、心底安心したように長い息を吐いた。


「どうなることかと思ったけど……こいつらの問題はどうにかなりそうだ。ありがとう、博士、助手。――あぁもう……お腹痛かった……」

「本当にくせ者揃いなのですよ、全く」


お腹を押さえて座り込むゴリラに、博士は溜息交じりに答えた。







「……カラカル、落ち着いた?」


皆を包む空気が変わったのを感じ、それまで何も言わず、ただカラカルの背中をさすってやっていたサーバルは、改めて彼女に声をかけた。


「――…ごめん、サーバル。もう大丈夫」

「いいよ。でも…わたし、ビックリしちゃった」


何が、とは言わないものの、自分の感情を正直に述べるサーバル。


「あたしも自分にビックリしてるわよ。やっちゃ駄目、絶対駄目って思ってたのに、勝手に手が動いちゃってた」

「うん…」

「ホントは、キュルルが追い詰められてるって気付けなかった自分を叩くべきだったわ」

「それだったらわたしもカラカルに叩かれなきゃ」


自分を責めるカラカルに、サーバルは微笑んでそう返す。

カラカルは溜息をついて頭を抱えた。


「追い詰められて出た言葉で、本当はそんなこと思ってないってわかってる。けど、我慢できなかった」

「あなたはそんな子じゃないって、わたしたちの関係はそんなのじゃないって、伝えたかったんだよね?それだけカラカルはキュルルちゃんのこと想ってるってことだよ」

「……アンタよくそんな恥ずかしいことさらっと言えるわね…」

「えー?カラカルが素直じゃないだけじゃない」


カラカルは頬を赤らめてサーバルの頬を両側からつねった。


「いはい、いはいよ、ハラハル」

「――…でも、アンタの言うとおり。博士達の話聞いてて、あたしももうちょっと変わんなきゃって、思った」


サーバルの頬から手を離してやりながら、カラカルはようやく笑みを見せる。



「あたし、キュルルの力になりたい。謝りたい」

「うん」



微笑み合うカラカルとサーバルの様子を傍から見守っていた助手は、安心したように息をつく。

そして、キュルルが消えていった階段を見つめた。



(――…後は、お前次第なのですよ、キュルル…)


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