薫風は南より(六)

「やはり、あなたにはお見通しでしたか」


 悪びれずに朱圭しゅけいは言った。


「ですが、なぜおわかりに? 常陽じょうよう攻めに裏があると」

「ひとを虚仮こけにするのも大概にしておけ。誰にだってわかるだろうが。たかだか五千でどうしようってんだ」


 陳王こと嚇玄かくげん率いる兵は、その数およそ五万という。こういう数は大げさに伝わるものだが、それでも二、三万は堅いところだ。


 敵よりすくない兵で勝利したことは幾度かあれど、自軍に数倍する敵に、それも急ごしらえの混成部隊でぶつかって勝てると思うほど伯英はくえいは夢想家ではなかった。


「使者どの」


 文昌ぶんしょうが険しい顔で口をひらく。


「趙都督はわれらに死ねとおっしゃるのですか」

「まあ、ありていに言えばそういうことですね」

「文昌」


 怒気もあらわに腰を浮かせた文昌を、伯英はため息まじりに制した。この義弟、最近とみに気が立っている。原因の半分ほどは自分にあると自覚はしているが。


「はなから勝てない戦をしかけて、あんたらに何の得がある。趙都督も、おれ一人ならともかく五千の兵を無駄に失いたくはあるまい」

「さて、なぜだと思います?」


 ああ面倒くせえ、と伯英は内心で舌打ちをした。いちいち人を試すような話しぶりは、伯英の好むところではなかった。それでも乗ってやったのは、早いところ話を進めないと文昌がまた激昂しそうだったからである。


おとりか、捨て石。そんなところだろ」


 ご名答、と朱圭は手を打った。


「今回は両方です」


 それから朱圭が語ったことは、ほぼ伯英が予想していた通りの内容だった。嚇玄討伐の主力は、王家軍ではなく趙都督率いる三万の兵。それが伯英とは別の進路から常陽を攻めるという。


「ただし、趙都督の出征は秘中の秘。おもてむきは、王家軍のみが出るとふれまわります。名高い王虎将軍の首を獲る好機と、嚇玄は常陽を出てあなたを迎え撃つことでしょう」

「その隙に、趙都督が常陽をかっさらうってか」


 伯英は朱圭の言葉を先取りした。


「盗人の発想だな、そいつは」

「盗人おおいに結構」


 朱圭は平然とうなずいた。


「姑息だろうが卑怯だろうが、勝ちさえすればいいのです。あとのことはどうとでも繕える。しかし、負ければ語ることすら許されません」

えさになったおれたちも、か」

「あなたがお怒りになるのももっともかと。ですが、これはあなたにとっても好機なのですよ」


 居住まいを正し、朱圭はひたと伯英を見据えた。


「王虎将軍、あなたは英雄におなりください」

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