002.荒野の迷い道




 二体の人型機が、荒野を流星のように走る。背部のジェットブースターから黄褐色の炎を吹き出しながら、北へと向かっている。

 その二体を操るパイロット――フェンとキーラは、無言で目の前に広がる夜の闇を見つめていた。星も無く、枯れ草と巨岩だけが広がる荒野の中で、果たして本当に街の方へ向かっているのか――二人はそんな事をちょっとだけ考えていた。


『なあ……』

「ん?」

『これ、迷ってないか?』

「俺、お前に付いてきたんだけど」

『今だから言うが、俺の地図、データが飛んでるんだよな』

「奇遇だな、俺もだぜ」


 二体の人型機は、重苦しく地面を削りながら、ブースターを逆噴射させて、グラグラと揺れながら停止した。機体のライトに照らされた地面には、くっきりと四本の抉れた線が残っている。


「ちょっとさ、一旦落ち着こうぜ。エネルギーどれくらい残ってる?」

『あと100kmは行けるな。節約に節約を重ねて130kmってとこか。戦闘は無しだぜ』

「俺はあと120kmってところだ」


 フェンはエネルギー残量と空の様子を見て、出発は明日に伸ばした方がいいと結論付けた。まさか二人とも道が分かっていなかったとは思っていなかったのだ。


「とりあえず、明日太陽を見て位置を確認しよう。星が出てりゃ、こんな苦労しなくても良かったんだがな」

『全くだ。なんで今日に限って雲が出てくるのかね? 昼間はあんなにカラッカラだったくせによ』

「荒野の天気は変わりやすいもんだ。雨よりはマシさ」


 フェンはそう言って、携帯食糧の缶を開けた。ネトリとした藻のような色の栄養食は、フェンの人生の中でもトップスリーに入るくらいには不味い。しかし、恐ろしく長持ちして、しかも栄養バランスも中々良いとなれば、傭兵達はこれを食うしかないのだ。


「炙って食えば美味い……とかいう話を聞いた覚えがあったな」

『携帯食糧の事か? ありゃ酒と一緒に流し込むのが正解だ。炙ると臭いがとんでもない事になるぞ』

「やった事あるのか……」

『とんでもないデマだ。この噂を流したやつはいつかぶち殺す』


 フェンは怒りの言葉を吐き出す通信機の電源を切り、粘性のある栄養食を、覚悟を決めて口に放り込んだ。グチャっとでもいうような感触が舌に広がり、苦味と辛味と渋みが一遍に暴れ回る。フェンは水で口の中の凶器を流し込むと、辛そうな顔でもそもそ食事する作業へと戻った。


「まっず……不味い」


 悪戦苦闘しながら携帯食糧を食べていると、背後で人間の動く気配がした。


「お、起きたか」

「ここ……は」


 リンは寝袋から半身を出して、苦痛に表情を歪めていた。服は治療のために脱がしていたので、彼女の体を守るのは全身に巻かれた薄いガーゼだけだ。形のいい乳房や臍がそのままの形で、薄暗いコックピットの光で照らされている。

 リンの瞳は声をかけたフェンに向き、すぐさま警戒の色が宿った。


「誰……何者!」


 リンは咄嗟に体を守ろうと、瞬発的に動こうとした。しかし、負傷している体には、その戦闘用の動きは過負荷がかかりすぎた。

 彼女は全身の痛みに倒れ込み、ゼエゼエと荒い息を吐き出している。


「無理して動くなよ、怪我が酷い」

「この……動け!」

「おいおい、死ぬ気か? 折角助かった命だ、もっと大事にするべきだと思うがね」


 フェンは、リンの苦痛に歪みながらも敵意を見せる視線を気にせずに、治療用キットから痛み止めを取り出して、彼女の腕に打った。

 続いて、強烈な睡眠薬を無理矢理彼女の口に突っ込む。吐き出そうとするリンの口を手で塞ぎ、強制的に飲み込ませる。


「この外道……」

「しばらくは寝ててもらわないとな」


 リンは苦しげな目付きでフェンを睨んでいたが、すぐに抗えぬ眠気に襲われ、首を垂れて寝息を立て始めた。フェンは静かにリンを寝袋の中に戻すと、まだ半分程度残った携帯食糧をゴミ箱に放り投げ、コックピットの椅子で瞳を閉じた。




 ◆




 これは夢だ。


 フェンは自身が戦場の空を駆けているのを感じていた。


 今はもう思い出す事も無い、かつての愛機――「グレイペルーダ-IX」の感覚。周りにはどれもこれも懐かしい、色とりどりの機体が、フェンと共に空を飛んでいた。


『フェン! 行くぞー!』


 翼を広げた巨大な鳥の様な機体から、そんな元気な声が聞こえてきた。懐かしい声だ。誰の声かは思い出せないが、フェンはその声を知っていた。


『■■■■、そう突っ込んではいけませんよ』

『えー、別にいいじゃん。私達は最強なんだから!』

『フェン、■■■■のサポートに回ってあげてください。全くあの子は……』


 周りの機体は次々と地上へと急降下していく。半ば無意識的にフェンが操作盤を動かすと、グレイペルーダも地上へとグッと加速した。


(そうだ、確かこれは、ダウニンゲルとの戦争の時か)


 フェンは十年以上前の戦乱の事を、殆ど他人事のように思い出した。何年も続いていたその泥沼の戦乱は、とある傭兵集団が首を突っ込んで来て、三日と経たずして終わった。


 傭兵集団ウロボロス――あらゆる障害を薙ぎ払い、大国ダウニンゲルの首都を更地にした、最強の傭兵達。


 眼下に迫る、街の姿。ビル、建物、道路、それらが網の目やブロックのように積み上げられた、巨大な都市。


『対空ミサイルだー! 撃ち落とすよー!』

『こっちに向かっている特殊部隊は、私と■で対応します』

『俺か? 面倒だな……』

『うひょー! 全弾撃墜! さっすが私!』

『■■■■うるさい……』


 賑やかに彼らは戦争を始めた。爆弾、ビーム、ミサイル、銃弾、ありとあらゆる殺戮が、無辜の民の暮らす街に降り注ぐ。

 鳥型の機体から放たれた何十ものミサイルが、一際高い時計塔を半ばからへし折り、地上に瓦礫の山を落とす。人々の惑う姿、恐怖に打ち震える姿が、グレイペルーダの高性能カメラからは良く見えた。


『気持ちいー! 今の私、すっごくイケてる!』


 鳥型の機体とグレイペルーダは、都の環状線を破壊し、中央庁舎を粉々に砕いた。避難警告を流す街頭の巨大スクリーンをついでに破壊しながら、二つの機体は地面に降り立った。

 崩れた瓦礫の向こうから、戦車や量産の人型機、空にはミサイルを装備したヘリや飛行艇が現れる。


『むー! 軍隊! 今更軍隊ですよ!』


 その言葉に、フェンは何と答えたんだったか。だが、何を言ったとしても、結局その軍はロストしたという結果があるだけだ。


 血と怨嗟にまみれた、懐かしい、かつての記憶。




 ◆




 翌朝、いの一番に目覚めたフェンは、硬い椅子で寝たせいでバキバキに固くなった体を伸ばしながら、外へ出た。荒野の地平線から黄金色の太陽が昇り始めている時間帯だった。荒野に二体立ちすくむ、黒色の機体がその光を浴びせられ、照り輝いている。

 フェンは岩を椅子にして座り込むと、ポケットから最後の一本となった煙草を取り出した。咥えたそれに火をつけて、煙を胸いっぱいに吸い込むと、脳がスッキリと冴え渡る。

 のんびりとした一服が終わると、フェンは通信機の電源を付け、キーラへと繋げた。


「おい、起きろ。お天道様のお出ましだぜ」

『うるせえ、頭に響く。クソ、もうそんな時間……朝っぱらじゃねえか!』

「おいおい、人間は朝に目覚めるという不文律を知らないのか?」

『永遠に目覚めない場所に案内してやろうか?』


 不機嫌そうな顔付きで、キーラがピットから這い出てきた。顔色は悪く、死人のように動きに覇気がない。


「なんだよ、酒でも飲んでたのか?」

「ああクソ、そうだよ、酒とも言えねえ最低のアルコールだよ。今は最悪の気分だ」

「ヒュウ、安物も常備してたのか。ウィスキーと置き場所間違ったんじゃねえの?」

「ポリタンクに入るくらいウィスキーがあれば、あんな透明な下水を用意しておく必要はなかったんだがな」


 キーラはカラカラの口から痰を吐き捨てると、自身の人型機の足元に座り込んだ。そして、ポケットから四角い水筒を取り出すと、その中身を一心不乱に飲み干した。


「そいつも酒か?」

「こいつはそこまで不味くない。度数も低いし、水と変わらん」

「これだからアル中は……」


 フェンは少し昇った太陽に向けて、腕時計の短針を向けた。当然、時間はこの地域の時間に調整してある。文字盤の十二と短針の間の角度、その中間が南だ。


「東は十二時か。これ全然違う方向に進んでるな」

「あっはっは……ヤベーな」

「待て、諦めるのはまだ早い。ギリギリ……本当にギリギリだが、都に辿り着ける……かもしれん」

「盗賊に襲われなけりゃな」


 紛争による難民が盗賊に転身する例は枚挙に暇がない。実際こういった荒野には出没が多く、時には数十人もの徒党を組んでいる時もある。闇市に流されている旧型の人型機を所有している盗賊団辺りは、正規軍が出て殲滅すべき事案だ。


「ま、太陽に祈るしかないね」


 フェンはピットに乗り込むと、都市の方角へと機体を動かした。キーラもそれに追随し、二つの機体は朝の清涼な空気を震わせながら、遥かな地平へと向かっていった。



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