一段

 気が満ちた。書くとする。

 生を受けた途端、誰も彼もが、自分とはこうあるべきだと願うもんだ。

 まさか天皇になりてえなんて言う奴はさすがにいないだろうが、たとえば竹林の竹はどこまでいっても竹であるみたいに、天皇は子孫の代まで天皇だしな。まあ、人が望んでも成り得ぬものっていうのは、権威だよな。

 すると政治のトップの奴の見た目もなるほど良いもののように思えてくるし、そこら辺の政治家の護衛なんていう連中ですらそれなりに有難く見えたりするもんだ。

 そういう人の子孫が、上手いこといかなくて憂き目を見たとしても、それはそれで赴きがあるように思えるな。 

 ただ、分をわきまえず、運で世に出たような連中がしたり顔で、俺も偉くなったもんだぜ、などと口走る姿は、人が見ればただのクソだろう。


 権威、といえば、「何々の権威」と人に呼ばれる人ほど、ひそかに「あんな風にはなりたかねえ」と思われてる連中も珍しいな。

「人は、そういう人を枝切れみたいに頼りないと言ってるわ」って清少納言が枕草紙でも言ってる。俺も同感。偉い奴がそれを嵩にイキがってるのは見るに耐えないし、「名誉と見栄えのことばかり気にして、本質が分かってない」って言う奴もいたな。

 それに比べりゃ世捨て人みたいな奴の方が、どういうわけか充実してたりするもんさ。

 結局、顔かたちとスタイルなんだろ。それがありゃ、とりとめもないことを言っても愛嬌があるように見えるもんさ。ただ、ストイックでありさえすれば、な。


 人に勝手な虚像を重ねるのはいいが、そいつの本性を見れば傷つくだろう。家柄だとか顔立ちだとかは選んで生まれて来れるわけじゃないからどうしようもないとして、そうじゃない奴だって、自らの心のことだけは、高めようとすればどうにでもなるような気がするんだけどな。逆に、見た目がよくって性格も完璧だったとしても、それに慢心すりゃ、卑しくて素行の悪い連中の仲間入りさ。ざまあねえな。


 あるべきは、学問、詩、歌、音楽、そして最低限のマナー。それについて人が自分を手本にしてくれるようになりゃ最高だ。容姿はさておき、努力して字が綺麗で歌も上手くグルーヴが分かってて、酒を勧められれば迷惑そうにはするが、実際けっこう呑む。そんなのが、いいんだろうな。

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