ぼっちで充実しているのに邪魔してくる

魔桜

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第1話 転校生の井坂幸は何も知らない(1)

 井坂幸いさか こうには友達がいなかった。

 作ろうと思っても作れない理由があった。

 それは、仮に作れたとしてもすぐに別れの時が来るからだ。

 転校する直前に、クラスのみんなからの寄せ書きをもらって連絡先を交換する。そして涙ながらにまた一緒に遊ぼうね、と約束をしても、いつの間にか連絡が途絶え自然消滅してしまう。

 その繰り返しが、井坂幸の十六年間の全てだった。

 だから、新しい学校の校門をくぐっても何の感動もない。

 あるのは焦燥だけだった。

「ここ……どこ……?」

 迷子になっていた。

 慣れない校舎の裏門から入ったせいで、場所が分からなくなった。

 グラウンドが広すぎるのだ。

 咲いている桜が大きすぎるせいで、遠くの景色を観ることもできない。

 勉強と部活に力を入れていると聴いてはいたが、敷地内に入ってすぐの場所に、まさかいきなりこんなどでかいグラウンドが広がっているとは思わなかった。

「あの、すいません……」

「1、2!! 1、2!!」

 人見知りながらも勇気を振り絞って声をかけたが、掛け声によって掻き消される。

 部活動中の陸上部に話しかけたのは失敗だった。

 一度失敗したので心が折れてしまった。

 次はもう失敗したくない。

 例え多少面倒な相手だろうと、次に見かけた人にちゃんと場所を聴こうと決心する。

 ちょうど一人でテクテクと歩いている男子生徒がいたので声をかける。

「あのー」

「…………」

 無視される。

 聴こえなかったようには見えなかった。

 一瞥すると高速で首を回したのだ。

 故意にシカトしているようにも見えたが、流石にそこまで露骨にする人なんていないはずだと、もう一度声をかけてみる。

「すいません、道をお聞きしたいんですけど……」

「俺、ですか?」

 不機嫌な顔をされる。

 近くに人がいないのだから、あなたしかいないんじゃないですか、という言葉は呑み込む。

 井坂はなんとなく無駄だと思った。

 返事の仕方からして頑固そうだったからだ。

 キッチリとアイロンのかかった制服を着ていて、しっかりとホックを閉めている。

 真面目そうな人だけど、どこか神経質な人にも見える。

「ええ、そうですけど。職員室はどこか分かりますか?」

「あっちですけど」

「あっ、ありがとうございます」

 指差された方向へ進もうとすると、引きとめられる。

「案内しますよ。転校生なんですよね?」

「いえ、そんな悪いです。忙しいんですよね?」

「いや、別にそこまで忙しくないんですよ」

 じゃ、じゃあ、なんでさっき無視したんだろう、っていう質問はできなかった。

 井坂が返答する前に踵を返し、男子生徒はさっさと歩きだした。

 明らかに会話の途中だったのに、自分勝手なタイミングで切り上げたのは、まあ、まだいい。井坂的にはそれはもう終わったことだ。

 だけど、現在進行形で困惑することが起こった。

 それは、足の速さだ。

 速い。

 あまりにも速い。

 男子と女子の身体能力の差じゃなくて、競歩の代表選手なのかというぐらいに早歩きをするのだ。

 離れていることを伝えるために声を張り上げる。

「あ、あの! そういえば、なんで転校生って……」

「制服のリボンですよ」

「制服の……リボン?」

 立ち止まってくれたのだが、男子生徒が訳の分からないことを言い出したので困惑する。

「うちの高校はリボンの色で学年が識別できるんです。あなたのリボンの色は二年生の色。それなのに、この学校の敷地内については詳しくないようですね。なのに、あなたは制服を着ているってことは、転校生しかありえないってことですよ」

「す、すごいですね……。私のこと全然見ていないのに」

 他人に興味なさそうなのに、よく見ているなという皮肉を含めたつもりだったのだが、全然通じていないのかドヤ顔をされる。

「別に。このぐらい当然のことですよ。普通です。普通」

 そう言うとまた歩き出す。

 さっきよりかは遅くなっているけど、まだ速い。

「なんで学校にいるんですか? まだ春休みじゃないんですか?」

「………………」

「あ、あの?」

「……まあ、どうせ同じクラスにならない限り、今後一切こいつとは喋らないだろうから、いいか……」

「あの、なんて言いました? すいません、聞き取れなかったんですけど」

「いいえ、こっちの話です」

「は、はあ……」

 不穏な発言が少しばかり耳に届いた気がしたが、どうやら聞き間違いだったようだ。

「勉強しに来たんですよ」

「べ、勉強しに!?」

 進学校だとは聴いていたが、まさか春休みにわざわざ学校に来てまで勉強をするぐらいガリ勉の生徒がいるとは想定していなかった。

「学校の図書館で宿題の残りをやろうと思ってきたんです。だから大した用事があるわけじゃないんですよ」

「へー」

「あっ、今の反応。俺が宿題を春休みギリギリまでやっていないバカだと思った反応だろ?」

「いえ、そんなことは――」

「はいはいはい。それ、勘違いだから。俺はね、計画的に物事を進めるのが好きなだけだから。毎日宿題を1ページするって決めたら1ページするっていう決まりを忠実に守っているだけだから。勉強ってのはね、やり過ぎてもやらなくてもだめなんだ。一日に3ページもやったら、あと二日は休んでもいいって思うだろ? それが怠惰に繋がるんだよ。毎日コツコツ努力を積み重ねる。それが一番難しいことだから! 9割以上もう宿題終わっているからね! 俺は!」

「そ、そうなんですねー」

 この人、いきなり語りだして怖いなー、と思いつつも、親切でここまでやってくれる人なんて珍しいからいい人なんだと井坂は思い込もうとする。

 そんなこんなで職員室まで案内される。

「ありがとうございます、ここまで案内してくれて」

「ああ、別にあなたのためにやったわけじゃないです。俺が図書室に用事があって、そして、たまたま途中に職員室があったからここまで案内しただけです。勘違いしてないでくださいね。――それじゃ」

 最低な返事をして男子生徒は去って行った。

「なんなんだろう。あの人。あんなに面倒くさそうな人初めて会った。……まあいいか」

 もう会うこともないだろうと、井坂は男子生徒のことを頭から切り離す。

 だけど、この時まだ知らなかった。

 たまたま話しかけた相手が有川博士ありかわ ひろしだったということを、幾度となく後悔することを。

 何度も会話することも。

 温かいお昼ごはんのことも。

 嘘臭い花粉症の話も。

 この出会いがこれからの学生生活を大きく変えてしまうことを。

 転校生の井坂幸は何も知らない。

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