第26話 VSグリフォン⑤

 ……。

 戦闘開始からどれくらい経っただろうか。二時間? いや、もしかしたら五時間くらい経過しているのかもしれない。俺もルーシアも、疲労の色が濃く見え始めていた。

 常時降りしきる雨により、体力や体温までも奪われている。

 長期戦になると、何より思考能力が低下する。体力も相応に減少するのだが、VRの世界内では肉体が強化されている。それ故、プレイヤーは強靭な肉体へと作り変えられ、現実世界とは比べ物にならないバイタリティを得る事が出来ている。

 しかし、脳への負担は少なくない。長時間ゲームをプレイすれば、それだけ脳に負荷が掛かるだろう。俺のような廃人プレイヤーは丸一日ゲーム内にログインしていられるが、恐らくルーシアはそうでは無い筈だ。そんな彼女にとって、この戦闘はかなり酷なものだと言える。


 そんな訳で、ルーシアには無理に攻撃をしないよう告げていた。損な役回りを押し付けてしまったし、悪いと思っているからね。

 という訳で目下、ダメージを与える役、俗に言う“アタッカー”は俺となっていた。持久戦は覚悟していたが、実際にやってみると想像とは違うものだ。この動きにくい体では尚更……。


 そんな折、グリフォンが両翼を広げた。惰性で攻撃していた俺はハッとすると、ルーシアへとチャットを飛ばした。


 <あれは……! ルーシア、今すぐ前方に思い切り飛んでくれ!>


 <え、前に!? どういう――>


 釈然としないルーシアを言いくるめると、俺は攻撃を続行する。

 ルーシアはグリフォンの攻撃の間合いに敢えて入る程、前方へと思い切り飛んでみせた。直後、ルーシアが立っていた地点から後方までを紫電が貫き、一帯が焦土と化した。


 <うわー……、一発喰らったら即死っぽいわね>


 翼を広げるのは広範囲攻撃が来る前触れだ。初見では不可避の攻撃と言ってもいい。

 難易度GODをプレイしている人の間で、「グリフォンはランダムでこの雷を落とす」とか、「雷攻撃は前方に回避すれば避けられる」とされている……が、少し違う。

 恐らく俺だけが知っている事なのだが、グリフォンの雷攻撃はプレイヤーが過去数秒間、どこをどう移動したかを記録し、その軌跡と現在地点を雷で焼く、というプログラムだと認識している。――プレイヤーを撃退する為にそういうアルゴリズムが走っているのだ。

 事実、このゲームにも乱数要素のプログラムは多いし、俺もそう考えていた。だが、前方にジャンプすると回避できる確率が高いというデマが広がり、実際にそういう傾向が見られた為不思議に思っていたのだ。これは単に、プレイヤーがあまり前に出ずに戦闘していた結果、「過去、プレイヤーが居た地点に雷を落とす」というプログラムに基づいた攻撃を回避できたに過ぎない。

 恐らくここまで研究熱心に調べた奴は居ないだろう。そう、廃人プレイヤーを舐めて貰っては困るのだ。

 だから、この攻撃に備えて、勿論ルーシアが移動していた場所も把握済みであった。ちょっとボーっとしていたけど。


「シグレさん、グリフォンが飛んだわよ!」


 チャットの通話など忘れて、ルーシアが大声で叫んだ。俺はそれに頷くのでもなく、ただグリフォンを見ていた。

 グリフォンは一旦上空へ飛び上がり、――そしてまた急降下を仕掛けてきた。グリフォンは“HPが三分の一になると、再度衝撃波を出す”。これだ。


「大丈夫だ、合図をまた出す! それに、俺には身代わりの盾がある!」


 俺は少しグリフォンから距離を取ると、片膝を付いた状態で頭上へと盾を構えた。その目線の先、上空からはグリフォンが降って来る。巨大な塊が地盤を抉るような勢いで落下してきていた。

 グリフォンの二度目の衝撃波攻撃である。装備していた盾は淡い緑色の光を放つと、瞬く間に俺の全身を包み込んだ。同時に、俺を除いて辺り一帯に衝撃が伝わり、地面が割れていく。

 震源地に居た事で、凄まじい爆音と衝撃が俺を飲み込んだが、ダメージはゼロであった。勿論、死亡などしていない。役目を果たした盾は透明になると、消滅していくのだった。


 <今だ、ルーシア!!>


 <了解!!>


 俺の眼下からは波状に衝撃波が広がっていく。大地が裂け、土砂や岩盤が爆散していく。その先には拳銃を構えたルーシア。俺が合図を出すと、彼女は本日二度目の流麗な跳躍をしてのけた。走り高跳びの要領で一回転すると、鮮やかに着地してみせたのだった。

 こちらもノーダメージ。フッとルーシアは小さな笑みを浮かべたのだった。


「こっからだ! 畳み掛けるぞ!」


 俺は両手で剣を構え直すと、また背後からグリフォンの懐へと潜り込む。

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