第8話 出力10%

「は!?」


 日が暮れかけた夕方。俺は気付いたら神殿で蘇生していた。

 ――俺は確かスライムに剣を振り下ろし、見事直撃した。が、どうなったんだ、俺は。

 え、死んだ……え、あれ? まさかスライムに殺されたのか!?

 あり得ない! 物語で最初に出会う、超エントリークラス向けの雑魚モンスターだぞ!? 逆に殺される方が難しいわ!

 いや……システムが変わったんだろう。レベルは一のようだったが、あのスライム、恐らく強めに設定されていたんだ。


 神殿のベッドから足を投げ出し、座ったまま思案する俺。そこで、認めたくない事実を確認しようと、表示されている自分のHPバーを見やる。


 シグレ Lv.1 Human

 ■HP 5/50


 なんでHPが全快しないんだよ! 蘇生したらいつもマックスまで回復してたじゃん! そりゃあスライムにも勝てませんわ……って、まさか。

 思い当たる節があった。俺の異能<1/10テンパーセント>だ。もしかして、これのせいじゃないだろうか。


 そこからの行動は早かった。俺は酒場のオヤジに貰った回復薬を飲んでみる。しかし体力は回復しない!

 ゲームのバグかと思ってもう一度スライムに挑み、死亡して神殿で蘇生してみる。しかし体力は回復しない!

 喉からヒューヒューと変な音を漏らしながら街中をダッシュし、片っ端からプレイヤーに声を掛けて、やっと会えた回復魔法が使えるプレイヤーに土下座して魔法をかけてもらう。しかし体力は回復しない!

 クッソ! これ、なんだ! バグってんじゃないのか!? クソが!!


「お、おい……兄ちゃん、大丈夫か?」


 うずくまっていた俺がふと顔を上げてみると、そこには昼に酒場で出会ったナイスなオヤジが居た。俺を気遣ってくれているようだ。


「おっちゃん……俺はもう駄目だ。スライム一匹倒せねえ」


「兄ちゃん、街で有名になってるぞ……“HPが5しか無い瀕死の新人が、駆けずり回ってる”ってな……」


 最悪だ。たぶんこの異能のせいだ。これのせいで、HPが十分の一に固定されるんだと思う。魔法を使ってないから分からないけど、MPも十分の一のままだ。蘇生しても回復しない<呪い>みたいなものなんだろう。もしくは天罰かな。今まで散々、好き勝手にしてきたから。

 二回目の戦闘で分かったが、攻撃力や素早さも妙に低い気がする。ステータス画面の数値は、駆け出しのプレイヤーなら妥当な数値だと思う。十以下でも弱くはない。だが、表示されている数値より、実際の数値が低い気がするのだ。つまり、まだ確証は無いが、恐らく……攻撃力や防御力、素早さも十分の一になっているのではないかと思う。戦闘時、それが顕著に感じられる。


「それじゃあレベルアップも出来ねえだろう。ちょっくら手伝おうか?」


「いや、見ず知らずのアンタにこれ以上迷惑を掛ける訳には行かない。その気持ちだけで十分だ。ありがとう」


 手を貸す、と言ってくれたオヤジの誘いを俺は断わった。世話になりっ放しが嫌だったのと、俺は引き篭もりのソロプレイヤーだから集団プレイをうまくやれる自信が無かったからだ。下手したら発狂するかもしれない。

 それに、今ここで最弱の敵すら倒せなくて、どうする? ずっと誰かにおんぶに抱っこか? そうは行かないだろう。だからオヤジの手を借りる訳には行かないんだ。

 俺は格好付けてその場を後にした。噂はすぐに広まっていたらしく、スライムすら倒せない俺をクスクスと笑う声が聞こえてきた。奇異の目で見る奴等から逃げるように、若干早足で歩くのだが、恐らく客観的に見て、かえって滑稽だったと思う。


 気付けば、もう日没だった。ふと、腹が減っていた事に気付く。どうやらこのゲームは腹が減るようだ。

 ……いやいや、そんな訳はない。アヌビスゲートは最新のVRゲームで触覚や視覚、聴覚、痛覚といった体感がリンクされているが、空腹感まではリンクされていないからな。

 って事は、やはり異世界に転移してきたのだろうか。それとも巧妙にリンクした感覚機能……?

 異世界に飛ばされてから初めての夜。……仕方がない。今日はフィールドに出るのをやめて、情報収集や夕食にしようと思う。


 宿屋に到着した俺は、一晩泊まる事にした。


「いらっしゃいませ。一晩、百ゴールドです」


「えっ」


 看板娘だろうか。宿屋に入ると、赤髪に白い頭巾をした、お仕着せ姿のお嬢さんに声を掛けられた。

 さて……どうしようか。ぶっちゃけ今思い出したんだが、宿屋も金が掛かるんだよな。正直、モンスターすら倒せない現状では、アイテムやゴールドと言ったものはモンスターから入手しづらく、貴重だ。オヤジに貰った餞別が無くなれば、俺はまた無一文になる。


「金かかるの?」


「当たり前じゃないですか!」


 冷やかしだと思われたのか、看板娘はご立腹だった。会話を聞きつけたのか、奥の扉から白いシャツのガタイの良い男が出てきて、俺の襟首をつまみ上げた。そのまま、俺は外に投げ出されてしまった。

「百ゴールドも払えねえのか」と一言吐き捨てると、宿屋に戻っていく大男――この娘の父親だろうか。

 悪かったな、貧乏で。


 俺はその夜、酒場の裏にあったゴミ箱をこっそり漁って空腹を満たした。自分でもどうかと思ったし、期待していなかったけど、蓋を開けてみれば客に提供した料理の残飯っぽいのが、まだ食えそうな状態で捨てられていた。

 こりゃあ勿体ねえ、勿体ねえ……。バチが当たりますよ……。ありがたや。ええ、完食しますとも……

 衛生面? 矜持きょうじ? 常識? バカヤロウ。失うモノが何も無い人間ってのはコワいと思ったね。だって、何でも出来ちゃうんだもの。


 その後はと言うと、ギルドへと向かった。

 実は俺、現実世界ではシティボーイなんだよね。路地裏のゴミを漁っちゃうくらいワイルドでアグレッシヴだけど、デリケートでセンシティヴなの。乙女なの。野宿とかしたくないの。

 そこで考えたのがギルドだった。プレイヤーだし、あそこなら一泊くらい出来るのでは、と。

 ――この際ベッドとは言わない。ソファかイスでいい。それさえ見つけられれば、「おっと、寝てしまっていたようだ。朝か……」みたいな体で、不自然な事も無く眠りに着けそうであった。

 そう考えた俺は一路を辿る。

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