第2話 プロローグ②~アヌビスゲート~

 シグレがプレイしているゲームはVRMMOと呼ばれる種類のものだ。頭部に専用の機械(通称ギアやゴーグルと呼ばれているもの)を装着する事で、バーチャルの世界を楽しむ事が出来る。

 ゲームソフトの内容によるが、例えば十八禁のアダルトソフトなら、このゴーグルを装着すれば目の前にキレイなチャンネーが舞い降り、キャッキャウフフで薔薇色のバーチャル世界を体験する事が出来る。

 ロールプレイングゲームの場合、このVRをもってすれば、アバターと呼ばれるプレイヤーの分身を操作する事で、肉体ごと異世界へと旅立つ事が出来る。


 ――というのはあくまで錯覚であり、実際に体ごと飛ばされるワケではない。仮想空間と呼ばれる電子の世界で、まるで現実に自分が動いているかのように感覚のほぼ全てがシンクロする仕組みとなっている。剣を振り回し、魔法を唱え、魔王を倒し、そんな体験をする事が出来るのだ。


 VRが開発され暫くの年月が経ったある日。ゲーム業界を震撼させるタイトルがリリースされた。

 開発元は<Anubisアヌビス社>。そして、その運営するVRMMO<アヌビスゲート>である。

 全くの新参のゲーム会社であり、リリースされる瞬間まで、誰もその存在を知らなかった。


 アヌビスゲートの特色として挙げられるものに、その“異能”がある。プレイヤーはキャラクタークリエイト時に、ランダムで一つだけ特異の能力をゲットするシステムとなっている。その異能の種類は豊富――否、無限とまで評価されている――であり、ディープなユーザーやマニア、攻略サイトですらその全容を把握し切れずに居る程だ。

 把握はされていないが、これら異能はファンの間で大別されており<強化系>と<特殊能力系>に分けられる。

 例として、レベルアップ時に通常よりも攻撃力が二倍上がる“戦闘狂”、

 防御魔法を使った時に効果が五倍の“ガーディアン”、

 槍を装備した時に威力倍増の“ランサー”、

 氷雪系の攻撃を無効にする“コキュートス”などは強化系に分類される。

 特殊能力系だと、動物と会話できる“ビーストマスター”、

 ゲームプレイ時に所持金が毎分ごとに増えていく“キング”、

 ……その他通常プレイでは手に入らない唯一無二の魔法を使える異能などがある。


 分類が曖昧な異能も多く、制限無く全ての魔法を使用できる“デウス”や、攻撃などに毒効果が付与される代わりに自身も毒状態となる“毒手”といった変り種も多い。チートのような能力もあれば、プレイに制限がかかるようなマイナスの能力もあった。


 ただし、基本的には普通のVRMMORPGと言える。キャラクタークリエイトは人間の他にもエルフ、ドワーフと言った亜人を選択してキャラを作成する事も出来るが、先述の通り、魔法を放ったり武器を振り回したり、プレイヤー同士の交流を楽しんだり、そういった没個性のゲームシステムではある。

 種族やレベルによって覚えられない魔法があったり、装備できない武器があったりといった縛りもありつつ、壮大なシナリオも広大なマップも、“ゲーム戦国時代”と称される程の現代では、決して珍しいものでも無かったが、種類が無限とも思えるようなアイテムや武器、防具、それからダークな世界観、また、初心者から玄人まで楽しめる奥深さに魅入られ、徐々にプレイヤーの人口が増えていった。

 また、ファンの間ではプレイ中、時たま見かける“バグ”も話のネタの一つとなっていた。見つけたプレイヤーが運営に報告するのだが、アップデート後も放置されたまま……そんな側面が一部では揶揄やゆと共に愛されていた。

 日本だけでなく、全世界同時にリリースされた事も起因するのだろう。結果、数年のうちに大勢のプレイヤーを有する大人気タイトルとなった。全くの無名の開発会社が台頭してきた事で、一躍有名となる。


 シグレも、アヌビスゲートの魅力に憑り依かれた一人だった。祖母に買ってもらったVRで初めてこのゲームをプレイしてから、もう何年も経つ。

 ゲーム内ではレアアイテムの取得数や敵の撃破数、クエストの達成数、ログイン時間……ありとあらゆる要素でランキングが設けられている。その他、他のプレイヤーと協力して強敵を倒したり、プレイヤー同士で時にはバトルしたりして順位が決定される。このランキングは毎週更新されるのだが、シグレは毎度トップ五位以内、気付けば世界ランカーと呼ばれる存在になっていた。

 シナリオも既に四周しており、エンディングも四度見た。海外では「SHIGURE」や「シグ」などと呼ばれ、畏怖される程である。プレイヤーバトルではほぼ無敗を誇っていたからだ。

 ちなみにこのゲームだが、プレイヤーが死亡した際のペナルティ(=通称デスペナルティ)は無い。HPがゼロになった場合、蘇生の呪文を掛けて貰えばその場で復活し、一定時間放置されれば、神殿と呼ばれる蘇生ポイントや最後に立ち寄った町に送還される。ダンジョン内なら、ダンジョンの入り口で蘇生する事になっている。

 経験値が減ったり、所持していたアイテムや金(ゴールドという通貨)が無くなったりする事も無い。


 アヌビスゲートの楽しみ方についてだが、幾つかに分かれるだろう。

 例えばアイテムや武器、防具を収集して楽しむ者、他のプレイヤーとの交流を楽しむ者、それからクエストを踏破して楽しむ者だろう。

 クエストはメインのストーリーに沿って無数に発生し、難易度も“EASYイージー”から“GODゴッド”まで設定できるのだが、主にゲーム内で起きた一連の事件や軌跡――勇者、つまりプレイヤーが召集されてから魔神アヌビスというラスボスを倒すまで――を辿りながら進む仕様となっている。

 魔神の出現に際し、各地でモンスターが暴れ回る。それらを撃破し、最後アヌビスを倒す事がゲームで標榜されている目的なのだ。


 その冒険の道中で、プレイヤーは“ダイアログ”と呼ばれるメッセージボックスを拾う事があるのだが、これには冒険や攻略のヒントが書かれている。ダイアログは古文書、歴史書とも呼ばれ、ファンの間では「これは先駆けの勇者(NPC)が遺したもの、という設定だろう」と囁かれている。

 但しこういった問い合わせに対し、開発元が沈黙を貫いているため、真偽は定かではない。


 余談だが、黒い噂もある。サービス開始から一年が経過した頃だった。アヌビスゲートをプレイしていたであろう人間が、忽然こつぜんと姿をくらましたらしい。VR内ではない。現実世界で、行方不明となったのだ。

「らしい」というのは、証拠が不十分であり、推測の域を出なかったからだ。これに関してはニュースでも取り上げられ、注意が呼びかけられたが、大きな措置が取られる事は無かった。このゲームに没頭しているシグレは、この噂を一切信じていなかった。


 ◆


 ストーリーもアイテム収集も、プレイヤー同士の交流も俺は全てやりまくった。

 リアルでは失敗したが、この世界では成功したのだと、そう思っている。


「どうせ引き篭もりの廃人プレイヤーだろう」なんて言われているけど、そういう事を言う奴は嫉妬だと思っている。

 だって、見てくれよ、例えばこのレアアイテム<魔神の魂アヌビスソウル>は難易度“GOD”の魔神アヌビスを倒した時、0.0004%の確率でしかドロップしないアイテムだし、今使っている装備だって全て最上級のレアだ。他にもたくさん持っているが……。

 えっ? 確率? 攻略サイトの連中はそう言ってたよ。実際、何千回と倒してようやくゲットしたから、まぁ俺は運が良い方だったと思う。


 それからもう一個、俺の栄光の証明として、絶対的なものがある。

 それは俺の“異能”だ。アヌビスゲートはキャラクタークリエイトの時、無限とも呼べる選択肢の中からランダムで一つ、キャラに異能力を授ける。そこで俺が手に入れた能力は“時間停止ステイシス”というチート能力だった。


 使用している間はMP(マジックポイント)を消費し続けるので長くても数秒しか持続できないのだが、時間を止めている間に相手をフルボッコにしたり、逆に安全地帯に逃げ込んだりも出来る。そんなんだから大体の敵は、何をされたかも分からず死んでいく有様だった。


 とは言え、これは現実ではない訳で、実際に時間が止まっているとは思えない。ゲームの都合上どうやって演出しているのかは分からないが、VRを通じて脳の思考速度を加速させたり、ネット回線のラグを利用して、止めているように見せているのだと思う。こんな異能があるとは思っていなかったから俺もビックリしたのだが、キャラクタークリエイトを何百回も繰り返した甲斐があったというものだ。


 ともあれ、そんな訳でこのアヌビスゲートの中で、俺はすんごいのだ。

 話が逸れたが、つまりそれらを手に入れる為には尋常ではない努力が必要だった。たかがゲーム、されどゲームだ。それを理解できない時点で嫉妬を抱いてるのさ。生活に余裕がたっぷりあって、何か打ち込める趣味があって、ゲーム内とは言え人気の俺に対して、ね。世間はクリスマスで賑わっているけど、ゲーム内でもクリスマス限定イベントで忙しいからな。


 リア充? 俺もこんなに充実したゲームライフを送ってるんだからリア充さ。

 よ~し、この後もプレイヤーバトルでクソ共をギッタンギッタンに――


「シグレ……お前も、もういいだろ? そろそろアルバイトの一つでも始めたらどうだ?」


「親父ッ!? ノックぐらいしろよ! フザけんなよッ、今忙しいんだよ! 後にしてく――」


 声が聞こえてゴーグルを外すと、俺の部屋のドアが開いていて廊下から光が差し込んでいた。そこにはクリーム色のニットに、茶色のスラックスを穿いた細めのシルエットが立っていた。

 親父だ。前髪をかき上げて後ろに揃えた、黒縁の眼鏡の似合う親父だ。

 別に毛嫌いしている訳ではないが、バーチャルを楽しんでいたのに唐突に現実へと引き戻された事で俺は腹を立てていた。


「ノックはしたじゃないか! そうやってVRだか何だか知らないけど……やっているから気付かないんじゃないか! 母さんも俺も心配なんだよッ……もう、いいだろ? 今年ももうすぐ終わる。このままずっとゲームしている訳にも行かないだろう」


 俺が言い終わるのを待たず、怒声で捲くし立てる親父。しかし本気で息子を心配している様子が見て取れた。

 ……いつもなら、せめて今日じゃなければ、もうちょっとマトモに話し合いが出来たかもしれない。

 しかし今日はクリスマスだ。世間は楽しみや明るさに包まれ、ある者は家族団らんで、ある者は愛する人と、幸せなひと時を過ごす日だ。

 だが俺はどうだ? 薄暗い部屋で、独りで、下卑た笑みを浮かべながら現実ではない何処かに居るんだ。

 やはりどう言い繕っても俺は引き篭もりで、ニートで、非リア充だと思ってしまった。


「ああッ、もう! 親父うるせぇ! 出てけよ!!」


 八つ当たりだと思った。だけど、俺は感情を抑えられなかった。

 立ち上がって、手で親父の体をドン、と突き飛ばす。部屋から強引に追い出すと、乱暴にドアを閉めたのだった。

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