『未希が裏をかかれて司馬くんと会敵してしまったわ。桜が向かってるけど遠いわね。もってくれるかしら』

「なんとかなるだろ」


 かっこつけた矢先すぐに見つかりやがった未希の不甲斐なさに、日向は自分のことのように恥ずかしくなる。


「無駄口を叩いている暇があるのか!」


 問い、ではない、おそらく菊月は解答など求めていないから。

 未希からの援護を受けられなくなり、また、どちらも攻めきれない膠着した打ち合いの状況へと戻っていた。

 戦況は蔦原が撃破され三対ニで日向たち第六小隊の優勢。

 それだからだろうか、菊月には焦りの表情が見受けられ、槍を持ちながらもかなり積極的な攻めを繰り返している。

 相対する日向は未希が心配で応援に向かいたい気持ちもあるが、桜が向かっているならこの場で勝負を決めず菊月を食い止めていれば、司馬率いる第三小隊との戦闘での勝ちが磐石であるという、安定をとりたい思いがあった。

 二者の心の余裕の差は、そのまま動きにも表出される。

 菊月は一撃一撃が大味になり、日向はそれらをしっかり見て受けることができる。


「やっぱり、お前もなのか……」


 力強い踏み込みと同時に日向の身体に空気の通り孔を穿たんと突かれた槍を手背で受け止め、競り合っている最中、ポツリと菊月が呟いた。

 言葉だけを見れば失望とも取れる、ただその語調と菊月の表情からは読みとれるのは『激昂』だった。


「なぜ、本気で戦わない!? 負けたときの言い訳にでもするつもりか!?」

「はぁ!?」


 蔦原の意味のない煽りとは違う、明らかな不快感と不満を持った叫びだ。

 だが、日向には菊月がそこまでの苛立ちを覚える理由がわからない。


「どいつもコイツも、私に負ければ同じ言い訳だ! 『女だから油断をしていた。手を抜いていた』! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 日向ははっとさせられた、先ほどから攻撃を弾いたときに切り込める隙が何度もあったのをリスクを避けてスルーしていたのを、菊月はそれに気がついていたのだ。

 それを嘲りや侮りと捉えられても、日向は言い訳できない。

 蔦原もそうだった。

 真剣に、本気で相手がぶつかっきているのに、なあなあで生半可な反応しかなかった。それは、熱くなること、本気を馬鹿にしているのと変わらない。

 日向はそれに相当することを二人にやっていたのだと気づかされた。


「そうか、悪いことをしたな……そうだよな、本気の思いには、本気で応えなきゃ、なんも面白くないよなぁ!」


 菊月は一瞬キョトンとしたが、すぐにいい表情になる。

 かつての日向もそうだった。

 病弱だった、それでも自分を変えたいという真剣な思いを、心無い連中に流されて、相手にされなくて……。

 だからこそ、真正面からそれを受け止めてくれた連中がいたことが、なによりも嬉しくて、救われたことを。


「勝負をつけないなんて、馬鹿みたいだ。勝負をしてるんだったら、『勝つ』以外に最高の結果なんてないのにな!」


 方向性を変更。

 勝負を引き伸ばすのではなく、勝って決着をつける。


「ヒートアップだ。こっから全力でいく、さっきまでみたいに安々と隙を見せるなよ? 秒で首を落すからな」


 拳の熱量が一層増す。

 打ち合わせると火花が上がり、準備が万全であることを告げるように返事代わりの高い音が鳴る。


「抜かせ。こっちも様子見は終わりだ。この一撃で終わらせる」


 お遊びじゃない、互いに本気だからこその高揚と歓喜。

 だから、こんなにも菊月は――


「楽しそうだ」


 三角の言葉の意味がようやくわかった。

 『殺す気』とは物騒な物言いだが、端から『相手を誘い込む』には手抜きじゃなく、誘いすらも『本気』でぶつかることこそが重要なのだということだろう。

 本気は伝播する。

 真剣だからこそ、相手も全力を持って打ち込んでくる。

 今の日向は本気の相手に本気にさせられているだけだけだが、いや、本気に触れたからこそ、その意味を理解できたのだ。


「零ノ型――空木!」


 いつだったか三角に軽くいなされた右の掌底。だが、あの時と今では『殺す気』が違う。

 まともに受ければ必死、回避も難しい。だからこそ、駆り立てる。より先に必殺を決めねばと。

 そして、決定的なのは菊月の得物は槍、リーチの差は圧倒的。

 ならば、引く手は無い。


「迎え撃て。Sign、金牛宮Taurus!」


 助走はなく、突きの踏み出し、そのたった一歩に込める全身全霊。

 その一突きが日向の胴を穿つ。


撤回キャンセル!」


 右の竜爪に宿る熱が解かれると、引き絞った拳は蛍火に掛かる。

 零を主体に徒手で戦う日向だが、零はあくまでも他の型への繋ぎ、決定打を持ち合わせていない。だが、他の型と違いどのような体勢からでも動きをキャンセルし、別の型へと移ることができるという最大の特徴がある。

 それこそが、反撃カウンター特化型対人剣術である薊一刀流の真価。


「壱ノ型――」


 初太刀にて縦一閃、鼻先の槍を天空高く打ち払う。

 抜刀術、とは言うが、本質は鞘から刀を『抜く』というより『弾く』と表したほうが正しい。

 鞘で一旦塞き止められた力を、一瞬に込めて放たれる初の太刀は未希が扱う銃から放たれる弾丸よりも速く、軌跡すらも残さない。

 渾身の一突きを放ち前のめりの状態で武器を奪われ、続く第二撃に移らんとする日向に菊月は対応できない。

 少し前の日向ならここであえて懐に飛び込んで止めを刺さずとも負けることはない、とか、女に剣を振るうのはああだこうだ、とか青臭い格好つけた言い訳をしていただろう。

 菊月の本気に触れ、戦う者として戦場に出ている彼女にそんな不躾なことができようか?


「これで終わりだ!」


 強く鳴らされた心の鼓動が、不安で震えていた日向の心と共振する。


(そうか、俺も、楽しんでるのか)


 本気でぶつかり合えたのは最後の一合のみ。されど、その一瞬が残響のように居座り続ける。

 まだまだ、終わりたくないと。

 そんな思いとは裏腹に、現実は楽しい子供でいられる時間に終わりを告げる。

 だがそれは決着などという綺麗な幕引きではなかった。


『緊急事態発生、緊急事態発生、演習参加生徒は直ちに最寄りのハッチに避難して下さい。オペレーターと風紀委員の学生は避難誘導に協力して下さい。繰り返します、緊急事態発生――』


 演習開始から三十分、続く二撃目を妨げるように方舟中に鳴り渡る、日常を引き裂くサイレン。

 それは確実に時計の長針が短針を動かしていることの証明だった。

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