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「なんだ、まだ起きてたのか」


 鳥の巣天パがお湯で崩れ、いつもと違う印象になっている日向が脱衣所と階段の合間にあるダイニングキッチンの明かりが灯っているので覗いてみるとそこには脱衣所で遭遇した未希がいた。

 流石に寮の中では白衣ではなくスウェットとルームウェア姿。そして注目してみるとやはり未希は上下ともに手首足首まで隠れるほどの丈の服を着ている。


「ああ、日向か。少し座って待っててくれるかい? 簡単だけどお粥作ってるから」


 そう言えば日向は帰ってから、すぐに寝てしまっていたため一度も食事を口にしていなかった。


「気にしなくていいのに……」


 とは言ったものの、意識すると急に空いた胃が飯を求め出すのが人のさが

 結局日向はキッチンとカウンターで隣接している食卓の定位置に腰を下ろす。


「体力が落ちてる時こそしっかり栄養を摂らないとだよ。流石にこんな時間だから手の混んだものは作れないから。僕が差し入れた栄養ドリンクも飲んでね」


 未希はミトンを嵌めてコンロに掛けていた土鍋を鍋敷きに置いて、未希の手の長さ的に日向の定位置に届かないので日向に迎えに来てもらい手渡す。

 蓋を開けると中身は白地に日の丸印のシンプルな梅粥だった。

 熱による発汗がすごいはずだからと、失われた塩分と水分を同時に補給しつつ、バテ気味で食欲が減退していても食べやすいようにという未希の気配りだ。

 しかしながら、日向は直前まで三角と手合わせをしていたのでメーターは完全にエンプティーを指し示している。なので、あっという間に平らげてしまっても満足感に欠けてしまう。

 どこか物足りげな日向のために、カウンターの向こう側で未希はまた何かを作り始めた。


「悪かった。自分の体調もまともに看ることのできないくせに勝手なことをして」


 視線が自分から外れたタイミングを見計らって日向は、まだ言えてなかった言葉を口にする。

 それに、さっきの傷跡を見てしまったら、これ以上、未希のためにも心配をかけるわけにはいかない、と否応なく思わされる。


「怒ってない、と言えば嘘になる。なにせ、僕に黙って無茶をしていたんだから。けど、反省すべきは僕の方だよ。キミの身体を預かる立場だというのに、キミの状態を正しく認識できていなかった」


 まただ、都合の悪いことは全部自分のせいにする。未希の悪癖だ。


「昔、人に言われたことがある『アナタには人の心がわからない』ってね。たしかに、考えてもキミが身体を壊してまで頑張ろうとする理由が僕にはよくわからないし、これまでの一連のキミの行動を分析しようとしても感情の部分での理解が及ばない」


 理屈屋の未希には、特に面倒くさく複雑な思春期の感情を紐解くのは困難だろう。


「そんなことは……なくもないか、ドクター空気読めないし。けど、理解しようと努力してくれているのはわかる。てか、俺の方こそもっと上手く感情を表現できればいいんだけどな……」


 自分が面倒くさいことを重々承知している日向は自分の行動を少し反省する。

 思えばここ最近、ずっと未希を避けていた。日向からすれば自分の不調を気取られたくないからこその逃避だったのだが、未希からすれば自分に対する非難の現われと見られても仕方ないだろう。

 もっとはっきりと形を伴った思いを伝えられたら、未希は読み解いてくれるのだろうか。

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