気まずい航路を乗り切り方舟に帰投した日向は何を思い立ったか、私服のまま常連となりつつある演習場にやってきていた。


「なんだよ、せっかくの日曜日に呼び出しやがって」

「なんだかんだ言っても頼めば来てくれるんだな、三角先生」


 三角は普段と変わらないよれたジャージ姿でかつて一度だけ、日向に抜いて見せた長刀を携えている。


「金曜の蔦原との手合わせで、アンタの言う『殺す気』ってやつが少し分かった気がするんだ」

「へぇ……」


 あの瞬間の爆発的な怒り、それこそが、殺意。


「にしてもえらく急だな、てか、それとこの刀を持って来いってのとどう繋がるんだ?」

「アンタのその刀も魔導具ってやつなんだろ。俺のコイツ、蛍火っていうらしいんだが、これも魔導具の一つだそうなんだ、で、これを上手く使うには能力を解放しないといけないらしい、それの鍵がどうやらアンタの言うとこの殺す気ってやつらしい」

「『らしい』って人伝ばっかりかよ。蛍火ねぇ、名前だけは俺も知ってるよ。どういうモンなのかはさっぱりだが、でそれが何に関係する?」

「魔導具について俺より詳しいんだろ、いつもの手合わせついでに、コイツの扱い方を教えてくれ」


 頭を下げてはいるがえらく図々しい物言いの日向に三角は半ば呆れつつも、ストイックな部分に感心もしていた。


「たしかに、俺は魔導具使いとしてはお前より先輩になるが、魔導具ってのは一つ一つその仕組みが異なる。俺のやり方がお前の魔導具に合うかどうかはわかんねぇぞ」


 それと、以前、三角が言った殺す気で来いというのは、日向の無念無想に関しての助言だ。あの時点で三角は日向に蛍火が継承されていることすら知らなかったわけなけなので、ケイカの言う通りに三角のアドバイスが適用されるかは定かではない。


「まあ、その刀は葵家相伝のモンなら無念無想となんか関係あるだろ。とりあえず話は俺の出した条件をクリアしてからだ。お前が掴んだっつうものを俺に試してみろ」


 オンオフが自在に出来るかどうかはわからないが、あのときの感覚を思い出す。


「ヒートアップ……」


 蔦原の顔を思い出してみるが、微かなイライラ程度しか生まれず、竜爪に集ま

る熱量が上がらない。


「やっぱり少し勘違いしているようだが、もう一歩ってとこだな」


 足りない怒りをどう補うか、つい先ほど起きたことを思い返す。

 大衆の理不尽な物言い、確かにむかっ腹は立つ、しかし、殺意が沸くほどの怒りではない。


「少し、後押ししてやるか……」


 感覚をいまいち掴みきれてない日向に三角は重い腰をあげた。


「葵ぃ、お前自分じゃあ他の連中より腕が立つとかって驕ってる節があるんじゃねぇか?」


 とりあえず三角は自分の思いつく限りの腹の立つ三下を演じてみせる。

 なんというか、えらく堂に入ってる。


「はぁ? んなことねぇ、てかそんなことは蔦原と戦って嫌って程思い知らされたよ」


 日向は少しムスッとするが憤慨するほどではない、三角の経験上、日向くらいの年頃の子供は図星を付かれたり、まったく的外れなことを知ったような口ぶりで言われることを嫌うという三角なりの分析を元にした発言だったが、日向はそんなことくらいで一々腹を立てることはない。


「よく考えると、俺お前のこと良く知らねぇな。俺にとってお前は知り合いの息子、生徒程度の関係だし」

「……」


 一瞬、『知り合いの息子』という部分に、日向が反応したのを三角は見逃さなかった。

 そう言えば、例の知り合いから息子との折り合いが悪いと聞いていたことを思い出した。

 これは使える、と三角は内心ほくそ笑む。


「いやまったくだ、か細い病弱な七光の御曹司様ごときがそんな自惚れてたとあっちゃあ、名門の葵家なんてたかが知れる。いや、先代もあっさりやられたんだから端っから大したことねぇのか? 確かにブルードラゴンだっけ? ご大層な二つ名をもらってるのに情けねぇ………………そろそろ、キレてもいいぞ?」


 思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ、そのことに夢中になっていた三角はいつまで経っても突っ掛かってこない日向に目を向けてみると。


「……はぁ……はぁ」


 胸を抑え、荒い息を漏らしており頬も紅潮している。


「後で……はぁ……絶対に、殺す……」

「おい、葵!」


 三角を睨み呪詛を残して、日向はその場に倒れ込んでしまった。


「やべぇ、絶っ対、アートに嫌味言われる! けど、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」


 いつも飄々とした態度の三角が珍しく慌てふためき、手を震わせながら未希に緊急発信エマージェンシーコールするのだった。

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