【第51話:踏み出した一歩】

 休憩を終え、ひたすら走り続ける事さらに一日。

 途中の二つの街も素通りし、オレ達はとうとうセギオンの街まであと少しの所までやってきていた。


 今は街を目前にして小休止を取っている。

 ダルド様は何も言ってこないが、おそらく使い魔を使って情報をやりとりしているのだろう。

 先ほどから街が近づくにつれて、蝙蝠が行き来しているのを目にしている。


 ただ、この休憩は正直ありがたかった。


「さすがに疲れたな~お尻も痛いし……でも、本当にあの後には襲撃無かったわね」


「そうだな。だけど、そもそも本番はこれからなんだから、気を抜くなよ? あと……これ飲んどけ」


 オレは魔法鞄から回復薬ポーションを2本取り出すと、そのうちの一本をリシルに放り投げる。


「え? これ何? 何の回復薬ポーション?」


 危なげなく空中でキャッチした回復薬ポーションを、少し珍しそうに日にかざして確認している。

 昔、高名な錬金術師に貰ったもので、あまり出回っていない種類の回復薬ポーションだから見た事がないのだろう。


「スタミナ回復効果のある回復薬ポーションだ。それに少しだが眠気覚ましにもなるし、今のオレ達にピッタリだろ? 無理にでも飲んでおいてくれ」


 正直、この回復薬ポーションはあまり美味しくない。

 不味いと言うよりもとても不思議な味がするのだが、今のオレ達の状態にはうってつけなので、無理にでも飲んでおいた方が良いと勧める。


「う……ほんとね……。不味いとは言わないけど、何か変な味……」


 少し嫌そうに表情を歪め、それでも回復薬ポーションを素直に飲み干すリシル。

 不思議な味に文句を言いながらも、何だか楽しそうに笑みを浮かべている横顔をそっと眺める。


 オレは、その屈託のない笑顔につい考え込んでしまった。


 このオレの選択は間違っていないだろうか?

 ここで関われば、『世界の揺らぎ』や魔人たちにオレの存在が知れ渡るのは時間の問題だろう。

 そうなれば、行動を共にするリシルの身も危険に晒す事になる。

 まだ14歳の少女を大きな戦いの渦に巻き込んでしまう事になるかもしれない。


 リシルに何かあれば……今度こそオレは絶望するかもしれない。

 まだ共に行動をするようになって日も浅いが、オレの中でリシルの存在は、昔の導きの五聖人仲間と同じかそれ以上に大きくなっている。


「…ッド。テッド! ボーっとして、どうしたの?」


 ……いつの間にか思考の渦に囚われていた。

 視線を前に向ければ、こちらを不思議そうに覗き込むオッドアイと目が合う。


「……いや、何でもない……リシル! ここから何があっても切り抜けるぞ!」


 リシルは大切な存在だが……冒険の相棒であり仲間だ。

 元勇者ともあろう者が、仲間を信じないでどうする!


「え? う、うん。そうだね。疲れたとか言ってる場合じゃないよね。絶対成功させよう!」


 小休止を終え、間もなく、オレ達はセギオンの街が大きく見える場所に辿り着いた。


 ~


 セギオンの街は高い城壁に囲まれた城塞都市だ。

 イクリット王国で唯一魔人国ゼクストリアと接するこの地は、全ての街が高い壁で覆われている。

 その壁が飾りではない証拠に、過去に行われた戦闘の爪痕が城壁の至る所に見受けられ、一部修繕がなされたのだろう真新しい石が、戦いはまだ終わっていないと主張するように見えた。


 しかし、その魔物を討つための戦いは、今別の戦いとなって始まろうとしている。


 街に着いた時には門は閉じられており、次にその門が開いた時には、この街の騎士団『銀の牙』が完全武装して現れたのだ。


 そのうちの一騎が単独でこちらに近づき、宣誓するように声をあげる。


「ダルド様! この街は一時的に我が騎士団『銀の牙』が預からせて頂きました! ダンテ様の件で貴方にもある嫌疑がかけられております! 我々は無用な戦いを望みません! 大人しく取り調べに応じて下さい!」


 普通は親族の許可なく貴族の遺体を調べる事などあり得ないのだが、恐らくゾイと同じく『世界の揺らぎ』に与する者が、何らかの理由をつけて検死し、ダンテ様が魔人だと声をあげたのだろう。


 その声にこたえるように馬車の扉が開き、オリビアさんとギレイドさんが姿を見せる。


「シグルム団長! これはいったいどういう事ですか!」


 しかし、その要請に異を唱えたのは騎士のオットーだった。


「誰だ!? お前はオットーだったか? これはこの街の存続がかかるかもしれない由々しき事態なのだ! 一騎士の出る幕ではない!」


 さすが騎士団長といったところか、その迫力は中々のもので、オットーはそのまま引くかと思われた。

 しかし、一度俯いたその視線をもう一度前に向けると、さらに一歩前に踏み出し、叫ぶように嘆願する。


「大事になっているのは承知しております! だからこそ! だからこそ、今は人同士が争っている場合ではないのです! この街に帰る道中でも何度も魔人どもが操る魔物の群れに襲われました! 今狙われているのはこの街であり、その領主であらせられるダルド様なのです!」


「襲撃されただと!? 本当なのか!?」


 魔人だと疑っているダルド様が、その魔人に襲われたという話に一騎士のたわごとと無視する事が出来なくなる。


「本当です! そして……その手引きをしていたのは騎士ゾイです!」


 更に告げられた言葉に、その衝撃の事実に、騎士団に動揺が走るのがわかった。

 どうやら世界の揺らぎの息がかかっている連中は、思ったより少ないのかもしれない。


「ゾイだと……確かに奴は不正に関する内定調査中だったが……いや! しかし、ダンテ様には魔人に成り代わられていた疑いがかかっているのだ」


 今度は声をはらず、ぎりぎりオレ達に届く程度に声を抑えて状況を打ち明ける。


「な!? そ、そんな馬鹿な事が……」


 何も知らないオットーは、予想だにしていなかった話に今度は自分がどうすれば良いかわからなくなり、立ちつくしてしまう。

 さすがにここまでのようだが、よく頑張ったものだ。


 ここからはオレが引き継ごう。


「部外者がすみません。その話が本当だと言うなら証拠をお持ちくださいませんか?」


 突然話に割って入ってきたオレに不審そうな、そして面倒くさそうな目を向けるシグルム団長。


「部外者なら黙っておれ! 冒険者風情が口を出せる問題ではない!」


 しかし、オレはその言葉を無視して数歩前に出ると、首にかかったチェーンを束ね、


「冒険者ギルドと国との間に結ばれた盟約に基づき、Sとしての権利を主張させて頂きます!」


 その先に輝くのギルドタグを高く掲げるのだった。

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