【第49話:憧れと現実】

 残った騎士の男は、仲間だった男の亡骸の横で立ちつくしていた。


「えっと……大丈夫か?」


 今更言葉遣いも気にしないだろうと、若い騎士の男に声をかける。


「ひっ!? な、お、お前か。なんだ? 動揺している俺を笑いに来たのか?」


 魔人と手を組むという仲間の裏切りを受け、目の前で呆気なくその最期を迎えた仲間の死に動揺し、怯えているように見えた。


「そんな事はしないさ。オレも今まで仲間を何人も目の前で亡くしている。初めてなんだろ? 仲間が死ぬのを見るのは?」


「……そうだ。俺はまだ従士から騎士になったばかりだし、騎士になった後もゾイさん……あ、この人の事だ。ゾイさんが上手い事やってくれて、危ない戦場などには一度も行った事がないんだ……」


 俯き加減で自嘲気味に語る騎士。


「そうか……初めてなら吐かないだけでも優秀な方さ。暫く待つことになるだろうし、今はリシル相棒も警戒してくれている。良かったら身の上でも話してみないか? 少しは楽になるぞ」


 亡くなった騎士のような濁った眼はしていない。


 まだ可能性のある若い騎士に、昔共に戦った騎士団の仲間を重ねてしまったのかもしれないが、何となく放っておけなかった。

 あまり時間は無いだろうが、オレはその騎士の独白を聞いてやることにしたのだった。


 若い騎士の男の名はオットー。

 領地を持たない男爵家の三男らしく、親の口利きで何とか騎士団にも入ったそうだ。


 そして従士として仕えた相手がさっき亡くなったゾイという男だった。

 最初は騎士に憧れ、意気込んでいたオットーだったが、陰で甘い汁を吸うゾイを見ているうちに、その意気込みもいつしか消え去ってしまう。

 それから数年。訓練こそ厳しかったが、従士になったと言うのに一度も実践を経験しないまま、気付けば騎士になっていた。


 思っていたのと違うな。


 そう感じつつも、わざわざ自ら望んで戦場に志願する事など出来そうにない。

 そうして何となく生きている時にゾイから声をかけられ、あろうことか魔人信仰の者たちと関係を持っている事を知る。


「だけど、だけど俺はちゃんと断ったんだ! その一線だけは超えちゃぁダメだって! でも、世話になっているゾイさんを止める事なんて俺に出来る訳もないじゃないか! そんな事……出来る訳、ないじゃない、か……」


 話しているうちに感情が高ぶったのだろう。

 オレはまだ若い騎士の肩に手を置くと、なるべく明るく声をかける。


「大丈夫だ。その一線を超えていないなら、余裕でやり直せるさ! もう一度前を向いて胸を張れ! こんなただの冒険者に言われても嬉しくないだろうが」


「あ、ありがとう……でも、『こんなただの冒険者』なんてとんでもない! 正直、さっきの剣技に痺れたよ。眩しかったよ! 俺ももう一度そちら側に行きたい……この任務を無事に終えれたら、今度こそ小さかった頃に憧れていた騎士になってみせるよ!」


 そこには、自信なくうな垂れ悲観にくれていた面影はもう無かった。


「そうか。それなら何としてもこの任務を成功させないとだな!」


 そこまで話した所で、まるで見計らっていたかのように馬車の扉が開かれた。


「テッド様。ちょっとよろしいでしょうか?」


 ~


 ギレイドさんに呼ばれたオレは、オットーの肩を軽く叩いてから馬車に乗り込んだ。


「呼び出してすまない。情報を引き出せたので伝えておこうと思ってな」


 部屋の奥を見ると、虚ろな瞳の慟魔の姿が見える。

 昔聞いた事があるが、高位吸血鬼ヴァンパイアの血を持つ者だけが使えると言う『支配の瞳』で聞きだしたのだろう。

 使用するには、格下相手でなければいけないとか、精神が弱っている必要があるとか、色々条件があったはずだが、それでも精神を支配するという恐ろしい力だったはずだ。


 だけど、あの慟魔も拷問されるよりかはマシだろうし、今は深く考えるのはよしておこう。


「それで……何がわかったのでしょうか?」


 オレの言葉に一度目を瞑り、一呼吸おいてからゆっくりと語り始めた。


「……まず一つ目の聞き出した情報は奴らの目的の一つだ。これはわかりきっていた事だが、俺の暗殺だな」


 それはまぁ、そうだろうな……。

 領主の暗殺までしているのだから、この混乱を更に広げる為にもその跡取りを狙うのは当然だろう。


 問題は混乱に陥れたあと何をするつもりなのかと、この先の襲撃の規模だ。


「そして二つ目だが、この先の襲撃は後二つだけのようだ」


「え……?」


 正直、それだけ? と思ってしまった。

 しかも、襲撃規模は今までと変わらないらしいので、あっさりと抜けれそうだ。


「どうやらこちらが動くのが早すぎて仕掛けるのが間に合わなかったようだが、そもそも俺を殺す本命は道中じゃないらしい」


 どういう事だ? 少人数で街道を移動する今襲う方が明らかに成功する可能性が高い。

 街に帰れば騎士団や衛兵もいるし、代々セギオン家に仕える同族の家長やメイドが身辺警護も行っているはずなのでは……とそこまで考えてから疑問を覚えた。


 どうして、その安全なはずのセギオンの街で、領主であるダンテ様は殺されたのだ?


「そしてこれが三つ目のわかった事だが……今頃、奴らの息がかかっている騎士団が中心となって、謀反を起こしているそうだ」


「なっ!? そのための時間稼ぎですか!?」


 やられた……勇者の頃からやはり慟魔が一番戦いづらい。

 何度、こういう搦手からめてで煮え湯を飲まされたことか……。


「つまりは……無事に街に着いた時に戦う相手は、騎士団にんげんかもしれないという事だ……」


 本当に厄介な事になりそうだ……。

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