【第47話:訃報】

「父が言うには、まだテッドが勇者となる前、一度命を助けられた事があると聞いている」


 勇者になってからなら何人か思い当たるが、勇者になる前だとすると一人しか心当たりがない。


「そうすると……もしかして当時、ダンって名前を名乗っていなかったですか?」


「そこまではわからぬが、お忍びで街に出る時などは偽名を使っていたと言うから、安易にそのような名を名乗っていたかもしれないな」


 もうずいぶん昔の話なので、正確に何年前だったかまでは覚えていない。

 だが、人通りの少なくなった夜の街角で、何者かに襲われて瀕死の重傷を負った男を助けた記憶がある。


 襲っていたのは明らかにその道のものとわかる動きの5人の暗殺者。

 傷ついた男をかばいながらだったので苦戦したが、襲撃者たちに何とか傷を負わせて追い払い、当時使えた高位回復魔法で治療したことを覚えている。


 男はオレに「ダン」と名乗ると、礼を言って足早にその場を去っていった。


 治療の際、明らかに人の数倍の再生力をみせる肉体に魔人である事は気付いていたが、ので、そのまま何も聞かずに別れたのだ。


 何故ならその魔人は、たまたま戦闘中に通りがかった女性をかばって深手を負っていたのだから。

 そしてその悲鳴に駆け付けたのがオレだったわけだ。


「そうですか。もし会う機会があれば、お話でもさせて頂きたいですね」


 ダルド様は、その言葉に一瞬辛そうな表情を見せ、だがすぐに元の堂々とした姿を取り戻すと、こう告げたのだ。


「悪いがその頼みは聞いてやれそうにない。父は……三日前に亡くなられた」


 ~


 オレもリシルも全く想像していなかった展開に言葉を失っていた。


「あの騎士二人が、昨日の朝に早馬でそれを極秘裏に伝えに来た」


 その後、話をもっと詳しく聞いてみると、ダンテ様は暗殺されたという事だった。

 まだ犯人は見つかってないそうだが、その口ぶりから誰かはわかっている気がする。


 領主が暗殺された一大事に館は大騒ぎになり、すぐさま家長から依頼され、その日のうちにあの騎士二人は街を出たそうだ。

 そして夜通し駆け続け、訃報が届いたのがその二日後の朝。

 つまり昨日の朝という事だった。


 この街の領主に助力を乞うか迷ったそうだが、まだ事態が把握しきれていない状況で、領主が暗殺されるという事実を公表するのは避けたいという結論を出す。

 ちょうど次の日に街を発つ予定だった事もあり、昨日は何事も無かったかのように振る舞い、今朝の出発からの強行軍になったとの事だった。


 まぁ、結局襲撃された訳だが。


「そんな事が……何も知らなかったとはいえ、失礼いたしました。お悔やみ申し上げます」


「話してなかったのだから、何も謝る必要はない。それに謝るのならば、二人を巻き込んだ俺の方だ。そのうえで図々しい事だが、二人の力を貸してくれないか?」


 そう言って頭を下げるダルド様と、それに続くギレイドさんとオリビアさん。

 一瞬迷いはするが、リシルがこちらを向いて頷いてくれたので、受ける方向でもう少し話を聞いてみる事にする。


「わかりました。ただ、私は勇者の時の力の大半を失ってしまっています。出来る範囲でという事になりますが、よろしいですか?」


「そうなのか。それほどの力を持っていて……いや、出来る範囲という事で構わない。まずはこちらの状況を説明しておこう。ギレイド」


「畏まりました。それでは私の方から説明させて頂きましょう」


 こうしてオレ達はダルド様の力になる事を約束し、馬車を出たのだった。


 ~


「テッドはこれで良かったの?」


「そうだな。ただ、『世界の揺らぎ』が関わっているのなら放っておくわけにもいかないだろ? 状況によっては剣を抜く事になると思うから、すまないがそのつもりでいてくれ。最悪オレが剣を抜けば、騎士二人がオレを不審に思って斬りかかってくるかもしれない」


 騎士二人は普通の人間だ。

 オレが聖魔剣レダタンアを抜けば、オレの存在は忘れ去られる。

 このような襲撃が続くだろう状況の中、もしそんな事になれば騎士に確実に問い詰められるだろうし、場合によっては襲われる可能性もあるだろう。


 一応、ギレイドさんが間に入ってくれる事にはなっているが、問答無用で切りかかってくる可能性も多少あるので、リシルにも念のために二人を警戒するように伝えておいた。


 まぁメルメを恐れている様子から、そうそういきなり斬りかかってくるとは考えにくいが。


 作戦としては、魔物を見つけた場合はすぐさま馬車を止め、騎士たちには守りを固めてもらうように命令が出されている。

 その間に、オレとリシル、それにメルメでもって敵を殲滅するという非常に単純なものだ。


 それでも危なければ、正体がバレるのを覚悟のうえでギレイドさんとオリビアさんが対応する運びになっているし、オレも危険と判断すれば剣を抜くつもりだ。


「わかってるわ。でも、あの様子だと剣を抜かなくても斬りかかってきそうよ?」


 リシルの視線の先を追うと、確かに片方の年配の騎士が射殺すような視線をこちらに向けている。


「ふぅ……魔人よりもこういう欲まみれの人間の方が厄介な気がしてきたよ」


 ため息をつきながら、オレはこれから起こるだろう魔人と魔物の襲撃に、憂鬱な気分になるのだった。

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