【第40話:備え】

 普通、冒険者ギルドの横には、馬などの動物向けの厩舎と、従魔向けの厩舎の二つが併設されている。

 だからナイトメアであるメルメも、従魔向けの厩舎に預けておくことは出来るのだが、ちょっとそこで問題が起きてしまっていた。


「困ったね。これじゃぁ厩舎に預けておくことはできないわね……」


 従魔向けの厩舎の中にいた一匹のラプトルが、ナイトメアの上位種であるメルメに驚き、興奮してしまったのだ。


「ちょっとこのまま預けるのは無理そうだし、悪いけどリシルはここで待っててくれるか? オレが代理で指名依頼の手続きが出来るなら受けておくが、無理そうなら交代で依頼を処理しよう」


 仕方がないねと一緒に入るのを諦めて、ギルドの中に入ろうとした時だった。見知った顔が声をかけてきた。


「なんだ? 外が少し騒がしいと思ったらテッドじゃないか。どうしたんだ?」


 ギルドの扉から出てきたのは、先日、共にナイトメアを調教テイムしに出掛けたゲイルだった。

 言われてみれば確かに少し騒がしいか。気付けば冒険者のやじ馬が珍しそうに遠巻きにナイトメアを見ている。


「ゲイルか。あっ、ちょうど良い所に! ちょっと悪いけど頼まれてくれないか?」


「ん? 少しぐらいなら構わないが、僕に出来ることか?」


 そう言ってこちらに向かって歩いてきたゲイルは、そこで厩舎の前でメルメの手綱を握っているリシルに気付く。


「なるほどね。先日の帰り道でも特に僕の事は嫌がってなかったし、少し預かるぐらい構わないよ」


 そう言えばデリーは何故か近寄ると威嚇されていたな……。


「そうか。助かるよ」


「ゲイルさん、ありがとう。それじゃぁメルメのこと暫くお願いね!」


 リシルが手綱をゲイルに預けると、オレ達は二人でギルドの受付に向かい、無事に指名依頼を受ける事が出来たのだった。


 ~


「ゲイル、悪かったな。助かったよ」


「本当ね。代理で受付出来ないみたいだったし、ゲイルさんがいなかったら倍の時間かかってたわ。ありがと」


「これぐらい構わないさ。しかし、その様子だと指名依頼のようだな。普通の依頼ならまた僕も同行して勉強させて貰おうかと思ったのだけど、残念だ」


 さっきギルド職員に聞いた話だと、通常の依頼ならパーティーの代表だけで依頼の受付ができるという事だったので、恐らくそれで指名依頼と判断したのだろう。


「なに!? 指名依頼なのか!? 俺も同じの受けようと思ったのによ」


 ところで、なんか一人増えているな……。


「それで……何でデリーまでいるんだ?」


 いつの間にか当たり前のように話に参加してきたデリーにそう言うと、いちゃ悪いのかよと何だかいじけてしまった。


「そうだ。二人にも一応伝えておくか」


 メルメの頬を掻くように撫でてあげているリシルに視線を向ける。


「そうね。えっと、私たちちょっと予定より早くなったんだけど、この街を出ようと思っているのよ」


元々この街には魔獣を手に入れるために寄っただけだという事は、既に話している。


「む。そうなのか。一月ぐらいは滞在するのかと思っていたのだが……出来ればもう一度ぐらい依頼に同行したかったが仕方ない。それでいつ出るんだ?」


「4日後の朝にこの街を出る予定だ。セギオンの街までの護衛依頼だ」


「あ!? それってダルド様の護衛依頼なんじゃねぇのか!?」


「そうだ。デリーがクビになった護衛依頼の尻ぬぐいだ」


「クビになってねぇよ!? 元々3日間の街の中の護衛依頼だったから、もうとっくに終わってるんだよ」


「でも、護衛の継続依頼は打診されなかったんだろ?」


「ぐっ!? ど、どの道、テッドが出した指名依頼を受けたんだから、ちょうど良かったんだよ!」


「それはそうか。もしデリーが護衛依頼の継続をしていたら、オレの頼んだ指名依頼も受けて貰えなかったんだな。優秀で無かった事に感謝だな」


「そうだ! 俺様に感謝しろよ!」


 遠回しに……でも無いか。思いっきり揶揄ったのに上機嫌になるってどういう事なんだ……?


「相変わらずデリーは面白いな。僕も見習わないとだな」


「おぉ! そうだ。俺様を見習えよ?」


 だから何故得意げになる……やっぱりどこか憎めない馬鹿だな……。


「そうだ。お前たちはこの街の冒険者の中では上位に入るんだよな?」


「まぁそうなるね。この街だとA級冒険者は僕以外には二人しかいないし、B級冒険者の数も他の街より少ないはずだ」


 デリーは何だか自慢話をし始めたが放っておこう。


「それなら一応伝えておく。この街の近くでは確認できていないようだが、最近、各地で魔物の異常発生が起こっているのは知っているか?」


 オレがそれまでのふざけた雰囲気を捨て、真面目に話し始めた事に気付いた二人は、その話なら聞いた事があると頷く。


「その魔物の異常発生なんだが……その裏には魔人が関係している」


 しかし、こっちの情報はまだ掴んでいなかったようで、かなりの驚きの表情を浮かべる。


「この街に来る前にトーマスという村にいたんだが、そこで魔人の操る魔物の群れに襲われたんだ。オレとリシルで何とか企みは防いで事なきを得たが、魔人の暗躍はまだ続いている。さっき指名依頼を受ける際に一応ギルドにも情報は伝えておいたが、まだ具体的な対策は出来ていないようだった。何かあればお前たち高ランクの冒険者が頼りになるだろうから、いつ大きな戦いに巻き込まれても良いように準備だけでもしておいてくれ」


 民衆が混乱してもいけないので、あまり大っぴらにして良い話ではないが、高ランクの冒険者にならしても構わないと了承は貰ったので、2人に伝える事にしたのだ。


「準備っていったってよぉ。何すれば良いんだよ?」


「そうだな。とりあえず水と携帯食は少し多めに持っておくのと、武器の手入れと予備の武器や各種薬の用意、それからいつも以上に情報収集を怠らないことと、一番大事なのは……心構えだな」


 先日の魔人の遺体の提出を期に国が主導で動き始めている。

 ただ、街が襲われた場合の行動計画は、各街の冒険者ギルドと領主に任されており、今はちょうどその内容を詰めている段階らしい。

 そうなると冒険者一人で出来る事などしれている。

 だから、後は何があっても動じず冷静に行動する心構えが大事なんだと、2人に伝えておいた。


「また物騒な世の中にならなきゃいいんだけどなぁ……」


「僕の出来る事などしれているだろうが、この街は気に入っているんだ。もし事が起こった時には出来る限りの事はするつもりだ」


 出会いはかなり最悪だった二人だが、良い奴らだ。


 その後、デリーの発案でテグスとリネシーにも声を掛けて、6人で食事をする事になった。

 何故か途中からサブギルドマスターのドグランが加わって大騒ぎとなったが、久しぶりに味わう大勢の仲間とのどんちゃん騒ぎに、楽しい時間を過ごす事ができた。


 そして4日後、オレ達はこの街を旅立つ朝を迎えたのだった。

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