【第38話:旅した日々と最期の姿】

 魔獣商『グレイプニルの蹄』を後にしたオレは、一人冒険者ギルドに赴いていた。


 お昼にはまだ遠いが、もう朝の混む時間帯は過ぎているので、人の数はまばらだ。

 リシルと一緒に来るつもりだったからか、久しぶりに一人で来る冒険者ギルドに少し寂しさを感じる事に驚き、自嘲し薄い笑みを浮かべる。


 オレがここに来た目的は、次の目的地をどの街にするのか調べるためだ。


 元々は優秀な従魔であるラプトルを手に入れる為に立ち寄った街だが、ナイトメアを手に入れた今、当初の目的は達成してしまっている。

 ラプトルを手に入れるのに一月ぐらいはこの街で依頼などをこなしつつゆっくり待つつもりだったのだが、その必要が無くなったため、ここに留まる必要がなくなってしまったのだ。


 それにさっき依頼ボードを確認したが、やはりこの街の依頼は護衛依頼がほとんどの為、討伐依頼を中心にしたいオレたちが冒険者として活動するには向いていない。


 そう思い、どこか他の街に行く護衛依頼で何か良いものはないかと依頼ボードを眺めていると、後ろから声をかけられる。


「どうだ? どうせなら俺の護衛依頼を受けてみないか?」


 振り返ったオレに笑みを浮かべているのは、以前、デリーが護衛をしていた『ダルド・フォン・セギオン』。

 隣町の領主の息子で次期当主の男だった。


 ~


 もしかしてデリーも一緒かと思い、その姿を探してみるが見当たらない。

 代わりに、その男『ダルド・フォン・セギオン』の傍らには、淡い朱色のローブを着た魔法使い風の女性が控えていた。


「これはダルド・フォン・セギオン様。ご無沙汰しております。お誘いは大変嬉しいのですが、以前も申しましたように私はC級冒険者でございます。B級冒険者以上を希望されておられるダルド様の依頼にはおこたえする事ができません」


 そして傍らの女性に目を向けて続ける。


「それに、そちらの方は随分高い魔力をお持ちのようで……高名な魔法使いの方なのではございませんか?」


 その女性はギルドに入ってきた時から気付いていた。

 いや、気付いてしまう程の魔力をその身に宿していたのだ。


「まぁ、そうなるよな。しかし、こいつはうちの家で抱えている魔法使いでな。臨時で俺の護衛についているに過ぎないのだよ」


「ご紹介に預かりました、セギオン家にてお世話になっております。赤と青の魔法使い『オリビア』でございます」


 前衛職や弓職などではあまり使わないのだが、魔法使いが自己紹介をする時は、「魔法使い」の前に「○○の」と属性の色を添えて行うのが慣習となっている。

 つまりはこのオリビアという女性は赤属性と青属性の魔法が使える魔法使いという事だ。


 しかし……これは普通あり得ない紹介だった。


「赤と青……ですか?」


 白(教会が光と呼ぶので光属性という方が一般的だが)と黒、緑と黄、そして赤と青は反属性と言われ、その両方を使える魔法使いと言うのは聞いた事が無かった。


「はい。皆さま驚かれますが、私は稀有な存在のようで、赤と青の反する属性の魔法を扱う事ができるのです」


「それは凄いですね。驚きました。反属性の魔法を扱う方には初めてお会いしました」


 実際には、とある国の宮廷魔法使いで、全属性を扱う化け物の爺さんを一人知っているのだが、下手に話すとややこしくなりそうなのでそれは黙っておく。

 まぁその化け物例外を除けば本当に反属性を扱う魔法使いと会うのは初めてなので、驚いたのは事実だ。


「うむ。思ったより冷静だな。面白くない。まぁしかし、そういう事だからどうだ? 我が街に帰るだけなのだが、その道中の護衛依頼を出している。受けてみないか? 依頼ボードを見て悩んでいたという事は、どの街への護衛依頼を受けるか迷っていたのだろ?」


 相変わらず鋭いな……。

 それに、どうやらこのオリビアという女性がいるので、募集条件をC級以上に下げているらしく、非常に断りづらくなってしまった。


 セギオン領の領主が住んでいる街と言うと、そのまま「セギオンの街」だったか。

 確かに討伐依頼は山ほどありそうな街で悪くないのだが……。


「大変魅力的なお話ですね。ですが、今は私一人の為、連れの者と相談してから返事をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 専属の護衛依頼でなければ悪くない話だと結論をだし、リシルに相談後に返事するという事でお願いしてみた。


「そうか。では、もう一人の娘の分と合わせてこの依頼とは別枠で指名依頼をだしておく。その気になったなら受けてくれ。出発は五日後だ」


 期待しているぞとそう言って背を向けると、ダルド様はギルドの窓口に向かい、そのまま別室に案内されていった。


 オレはその後もう少し他の街への護衛依頼をいくつか確認してみるのだが、あまり良さそうなものは見つからず、結局、宿に戻ってリシルと相談する事にしたのだった。


 ~


 宿に戻り、自分の部屋の前につくと、


「入るぞ~?」


 と言って、ノックをしてみるのだが返事がない。

 気配を探ってみるといるのは間違いないようだが、まだ寝ているようだった。

 耳を澄ますと微かに寝息が聞こえてきた。


 オレは鍵を開けて起こさないようにそっと部屋の中に入ると、テーブルの上に帰りに買った果物を置き、椅子に腰かけるとベッドに横たわる少女に目を向ける。


「こうして見ると本当によく似ているな……」


 静かに寝息を立てるその綺麗な横顔に、昔ルルーと旅した日々に思いをはせる。


 そしてオレの記憶に残るルルーの最の姿へ。


 魔王ゾロスと相対した時、本当ならばルルーはきっと死んでいた。

 オレを信じて疑わないその瞳で見つめ、


『あなたなら絶対に勝てます……だからあなたも自分の事を信じて……私が信じたあなたの事を……』


 そう言って息を引き取った。

 そう……あの時確かに息を引き取ったのだ。


『聖魔輪転』


 本来ならオレの命を捧げる事で放つ、白と黒の混合属性攻撃のはずだった。


 いや……実際の所はわからないのか。

 少なくともオレはレダタンアから漠然とそういう力だと教わっていた。感じ取っていた。


 しかし、実際に発動したものは違った。


 オレが捧げた命が白き色に染まり、魔王の闇の力とまじわり、まるで暴走したように力の奔流が視界を塗り潰した。


 一瞬で意識を失ったオレは、気付けばその場に倒れていた。


 そして意識を取り戻して見たものは、地に倒れ、黒い霞と消える魔王の姿と、静かに眠る仲間の姿だった。


 ルルーが息をしているのに気づいたオレが駆け寄り、揺り起こした時……。


『あなたは……誰なのですか?』


 思考の渦に沈んでいたその時、


「ちょっとテッド!? 帰ってきたのなら起こしてよ!?」


 いつの間にか見つめていたリシルから、怒ったような、少し照れたような言葉がかけられた。


 悪いな。ちょっと怖くて起こせなかったんだ。


 心の中でそう謝り、


「悪い! ちょっと考え事をしていたんだ。果物食べるか?」


 そう言って半身を起こしたリシルに背を向けると、果物の皮をナイフで剥いていく。


「なに? どうしたの……?」


 次は……次こそは守ってみせるさ。


 心の中で静かに誓いをたてると、何でもないさとリシルの口にその果物を押し込むのだった。


「きゃっ!? なにこれ!? す、凄い酸っぱいよぉぉ……」


 そう叫ぶリシルに、少しいじわるな笑顔を向けながら。

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