【第24話:巻き込まれた記憶】

 漆黒の魔馬『ナイトメア』。


 十数年に一度、その目撃情報が寄せられるという非常に稀少な魔獣で、その姿は漆黒の毛に包まれた精悍な馬で、体躯はグレイプニルをも上回る。


 知力や魔力が異常に高く、魔法を自在に操る数少ない魔獣な上に、肉弾戦も非常に強く、先ほど戦ったワイバーンなど魔法を使わず蹴り殺してしまう程の戦闘力を持つ。


 そんな凄い魔獣の目撃情報だ。

 リシルはその名を聞いて、


「え……? ほら~やっぱり単なる噂話だよ~」


 一瞬呆けた後、やはり噂話じゃないかと断定する。


 テグスの後ろにいるリネシーも、


「ほんとに期待させて、ごめんなさいねぇ。この人、よく昔オレはナイトメアを調教テイムした事があるなんだ! とか寝ぼけた事言うのよ。それでそんなあり得ない噂話に飛びついちゃって……」


 そう言ってテグスの話を否定する。


「寝ぼけてねぇよ! ナイトメアを調教テイムした瞬間の喜びとか感動とか……とにかく色々この胸に残ってるんだよ!! ただちょっと……記憶が曖昧なんだがよ……」


 テグスが本当に悔しそうにほぞを噛む姿を見て、オレは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 だって……それは本当の話なのだから。



 テグスとリネシーに、オレと炎断のボリスボリスが護衛役で同行し、一週間の捜索の末にようやく発見。

 そこからさらに1日がかりで調教テイムに挑戦し続け、苦労の末に調教テイムに成功したのだ。


 しかし……その調教テイムに成功したのは、オレの功績がかなり大きかった。


 ナイトメアのような知能の高い高位の魔獣は、たとえ調教テイムに成功したとしても、それを移譲出来るのは魔獣に認められた者だけだ。


 結局、テグスの周りでナイトメアに認められたのがオレだけだったため、オレが引き取る事になった。


 そんな経緯だったためだろう。

 オレが世界から忘れられた時に、一緒に調教テイム自体も無かった事にされてしまっているのだ。


「……オレは……信じるよ。まぁ、あれだ! いなかったらその時はその時だ。諦めれば良いだけだしな」


 その言葉にリシルは少し驚きながらも何かを感じ取ったのだろう。

 仕方ないわね~と言いながらも賛同してくれた。


「うしっ!! じゃぁ決まりだな! どうする? 今から出るか?」


 テグスが今から出るとか若干暴走気味な発言をしているが、さすがにリネシーに後頭部を叩かれて引き下がった。


「実はオレたちはさっき街に着いたばかりなんだ。準備もあるし三日後以降にしれくれないか?」


「と、当然だよな! 準備とかあるよな! じゃぁ三日後の朝一でここに来てくれ!」


 そしてオレの提示した最短の日時を即答するテグス。ぶれないな……。


 結局オレ達は、三日後の朝一でここにもう一度顔を出すという約束をかわして『グレイプニルの蹄』を後にするのだった。


 ~


 その後、魔獣商を出て昔良く通った飯屋で遅い昼食を取った後、この街にいた頃に世話になった宿屋に向かっていた。


 ちなみに、せっかくこの辺りの特産品であるエンダ豆の美味い料理を食べたのだが、リシルはあまりエンダ豆が好きじゃないようでお気に召さないようだった。


 ルルーが大好物だったので母親と同じように好きだろうと思って連れてきたのだが、何でも子供の頃に嫌と言う程食べたので嫌いになったとう話だった……。


「とりあえず今日は我慢して食べたけど、もうエンダ豆料理は禁止ね!」


 食べ終わって店を出ると、すぐにそう言って約束させられたので、本当に嫌いなのだろう。

 リシルの為にと思って連れてきたのだが、悪い事をしてしまった。


 リシルはハイエルフのハーフのくせに肉料理が大好物らしいので、今度この街一番の炙り肉の店にでも連れて行ってやろう。


 そうしてやってきたのは一軒の少し古びた宿。


 最初この宿を目にしたリシルの視線が「え? ここなの?」と語っていたが、扉を開けて中に入ると意外と小奇麗にされているのに気付いて今は隣でホッとしている。


 何気にリシルは英雄を両親に持つ、名誉貴族の家のお嬢様だ。

 そのため、冒険者にしては宿や食事にかなりのこだわりがある。


 たぶんD級冒険者なら絶対にやっていけない程度には生活水準も高いので、下手な所に連れて行くと不機嫌になるので要注意だ。


「すみません。宿に泊まりたいのですが部屋あいてますか?」


 宿に入ったオレは、見知らぬ若い女性が慌ただしく椅子を並べているのを見つけて話しかける。


「あ!? 気付かなくてすみません! えっと、宿泊ですよね!?」


 そう尋ねながらも、こちらの返事も待たずに女性はあっという間に食堂の奥に消えていく。

 中々せっかちな性格のようだ……。


 この宿屋の名は『夢見る砂の宿』と言い、1階が食事処も兼ねた食堂で、2階が宿泊用の部屋というこの世界では一般的な作りになっている。


 暫く待っていると、その食堂の奥の調理場から今度は見知った顔の若い男が出てきて話しかけてきた。


「待たせたな。今日はお客さんは1組しかいないので二部屋でも一部屋でもどっちでも大丈夫ですよ」


 その姿は6年経って風貌が変わってしまっていたが、面影が残っていた。この宿屋の主人だ。

 と言うことは、先ほどの若い女性は嫁さんと言ったところか?


 そんな事を考えていると、オレが部屋数を迷っているとでも勘違いしたのか、


「もも、もちろん二部屋よ!?」


 リシルが顔を真っ赤にして慌てて答えていた。


 ちょっと面白かったので、


「あぁ、もちろん二部屋で頼む」


 と言ったのだが、背中を思いっきり叩かれてしまった。

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