第43話 沙都の人気は…事務所の誰もが驚くほどだった。

 〇二階堂紅美


 沙都の人気は…事務所の誰もが驚くほどだった。


 高原さんまでもが。


「あいつにこんな才能があったなんてな。見抜けなかった俺もまだまだだな。」


 目を白黒させて言ったほどだ。



 一ヶ月のツアーを成功させた沙都は…早くもネット上で噂の人になっている。

 各SNSも充実してて…その辺はグレイスの戦略勝ち。

 書いてるのは曽根さんらしいけど…


 その曽根さんから…時々写メが来る。

 歌ってる沙都や、バンドメンバーと笑ってる沙都。

 そして…考え事をしてる沙都。


 …沙都。

 何考えてるの?


 沙都本人からの連絡はなくて…

 それがあたしを悲しくさせた。

 あたしは…三日に一度ぐらいのペースで、メールを送ってる。

 毎日でも、毎時間でもしたいぐらいだけど、沙都の負担になりたくない。


 あたし自身…返信を期待してしまってる所もあるし…

 メールの書き方には気を付けた。

 期待を匂わせたくない。


 …って。


 あたし、無理してる時点で…アウトだよね…。



 何となくだけど…あたしはこの頃から気付き始めてた。

 プロポーズを撤回した時点で…沙都はあたしと別れるつもりだったんじゃないかって。

 きっと、沙都は忙しくて…歌の事以外考える余裕なんてない。

 それに…今はそれが楽しいんだと思う。

 あたしの入る隙間は…ないと思う。


 いくら曽根さんが、いつからどこでライヴがあるとか…近況を知らせてくれても。

 それは…一ファンが待ち望んでる情報ならともかく…

 恋人としてのあたしが知りたい物ではなかった。


 沙都は…

 あたしに会いたいって言ってる?

 窓の外を見て、あたしを想ったりしてる?

 あたしの名前を、つぶやいたりしてる?



 三月に入って、ノンくんと沙也伽を誘って、慎太郎の所に行った。

 相変わらず痩せてたけど、起き上って一緒に食事出来るぐらいの元気はあった。

 港で、みんなの前でアコースティックライヴもやって。

 慎太郎は『思いがけずいい物が見れた』と喜んだ。

 付き合ってくれた二人には…本当に感謝だ。



 あたし達と食事を楽しんだ慎太郎は、三月末の少し暖かい日。

 仲間たちに看取られてこの世を去った。

 訃報を受けたあたしは、ナナちゃんとノンくんと共に、慎太郎の元へ向かった。

 少し遅れて、沙也伽も希世と一緒に来てくれた。


 そして…後から…



「紅美。」


「…海くん…?」


 思いがけず、海くんが来てくれた。


 そこには…父さんも母さんもいて。

 それから…二階堂の人達もいた。



 慎太郎は…二階堂に居た者が起こした殺人事件で、亡くなった方の遺族。

 …それだけじゃなくて…

 あたしを…関口亮太の実の娘だと知りながら、救ってくれた。


 環兄が、慎太郎の棺に白い花を手向けながら、感謝の言葉を述べた時…

 海くんが一筋…涙をこぼした。




「…慎太郎と、連絡取り合ってたの?」


 港を歩きながら、海くんに問いかけると。


「ああ…って言っても、紅美達が帰国した後ぐらいからだな。」


「そっか…」


「…急に電話して来てさ。『久世だ。覚えてるか』って。忘れないって。」


「…連絡先、どうして知ってたのかな。」


「…なんでだろうな。」


 海くんは、小さく笑いながら。


「俺の名前を羨ましいって言ってた。」


 って、髪の毛をかきあげた。


「海?」


「ああ。漁師になれば良かったのにって言われたよ。」


「ふふっ…」


 慎太郎…

 海くんとも連絡取ってたなんて…



「ここは…いい所だな。」


 景色を見渡しながら、海くんがつぶやいた。


「…うん。」


「久世くん、余命を告げられてから…だいぶ生きられたのも、この景色と仲間たちのおかげだって言ってた。」


「……」



 慎太郎と海くんは…あたしの知らない繋がり方をしてたのかもしれない。

 男同士ならではの、気持ちも…伝え合っていたのかな。



「最近は、おまえの事が心配だ、って。そればっかり言ってた。」


「…え?」


「沙都がアメリカに行って…紅美が紅美じゃなくなってるって。」


「……」


 …いくら終わってるからって…

 海くんに、こんな事を言わせる自分が嫌になった。

 あたし、どこまでみんなに心配かければ気が済むんだろ…



「沙都とは連絡が取れなかったから、トシに電話してさ。」


「え?うん…」


「一緒に住もうって話したんだ。」


「え…?」


「あそこなら事務所ともそんなに遠くないし。沙都もトシも気兼ねはないかなと思って。」


「海くん…」


「おまえも、待ってるんじゃなくて…動いたらどうだ?」


「……」


「プロポーズは男から、なんて決まってないぜ?」


 そう言った海くんは笑顔で…

 そっか。

 海くんも…何か動こうとしてるのかな…って思えた。


 あたしがあれこれグチャグチャ考えて…自分で自分の首を絞めてるうちに。

 周りはどんどん変わって来てる。


 さあ。

 どうする?あたし。


 そうだよ。

 待ってるだけなんて…あたしらしくない。


 本能で動け。

 …以前、言われたっけ。

 …ノンくんに。



 あたしの本能は…どう動く?

 どう…


 動きたい?



 〇朝霧沙也伽


「え?」


 4月に入ってすぐ。

 あたし達は、三人揃って丸い目をした。

 特に、紅美の目は一番大きかったかもしれない。


「カプリから直々にご指名があったそうだ。」


 神さんが、あたし達を前に言った。

 DANGERに、二週間毎晩…ライヴしてもらえないか、と。


 カプリよ。

 あの、あたし達が初めてライヴしたカプリ。

 …沙都の歌を、グレイスが認めたカプリ…

 沙都の……


 カニの美味しいカプリ!!



「よし。沙也伽、希世に話し付けて来い。」


 ノンくんがそう言って。


「あっ、うっうん。」


 あたしはDEEBEEのプライベートルームに走る。

 希世は…例の風俗の一件以来、あたしのする事に反対はしない。

 だけど、そろそろ二人目が欲しい…なんて言って来てる。


 うーん…

 二人目かあ…

 そうだよねえ…

 でも、あたしとしては…

 紅美の恋に決着がついてから…なんて思ってたりして。


 だって、身重になると、何かと動けなくなる。

 紅美の恋は、ワールドワイド。って言ったら大袈裟だけどさ。

 相手の沙都は、アメリカに行ったけど、今はテレビ収録でイギリスにいるとか言ってたし。

 捕まらない男になってる。



 まあね…

 我が家の子作り事情を、他人の恋愛事情に合わせるってどうよって言われるかもしんないけどさ…

 あたし、紅美の事はどーしても…どーしても、幸せになるのを見届けたいんだよね。


 だってさ…

 何回も言うけど…

 あたしは希世だけ。

 それは、これからも変わらない。

 どんなにいい男が現れても、あたしには希世だけ。

 希世は風俗に行って腰を振ったけど、あたしは希世だけ。

 …あ、ちょっと腹立つ。



 ま、とにかく…

 そんなあたしに、紅美は間近でドラマさながらの大恋愛を展開してるわけで…

 親友の恋を面白がってるわけじゃないんだけど…

 …いや、でもちょっと面白がってる所もある。

 紅美が楽しそうな時はね。


 でもなー…今の紅美はダメだよ。

 沙都、あんた酷いよ。

 もう、あたしならチャッチャとノンくんに鞍替えしてるけどなー。


 …でも、慎太郎さんの葬儀の後…

 紅美と先生、いい雰囲気だったなあ…

 あたしから見ると、紅美と先生ってカップルが、一番『男と女』って感じなんだよね。


 紅美と沙都は…うーん…どうしても昔から知ってるからか、『姉弟』に思えちゃう。

 紅美とノンくんは…


「……」


 つい立ち止まった。

 立ち止まって、天井を見て考える。

 あの二人って…どう見えるかな。


 バンド仲間…うーん…

 オンとオフがハッキリし過ぎてるんだよね。

 スタジオでは、バンドメンバーって思えるけど。

 事務所出ると…なんだろなあ…


「…似た者同士。」


 口に出してしまった。


 うん。それだよ。

 似てない所もたくさんあるけど、根本的な所が似てるのかなー。

 似た者同士は上手く行かないって言うんだっけ?

 ううん、似た者同士が上手く行くんだっけ?


 うーん…


 みんなはどう思う!?



 〇二階堂紅美


 沙也伽が希世からあっさりと承諾を得て。

 あたし達DANGERは、二週間ライヴをするために、三週間アメリカに滞在する事になった。


 その間…ノンくんは当然…

 そして、あたしと沙也伽も海くんの家にお邪魔する事に。


 沙都と曽根さんは帰って来ないかもしれないけど…それでもいい。



 慎太郎が亡くなった事をメールしても、沙都から返事はなかった。

 それで…それ以来、あたしも沙都に連絡をするのはやめた。

 少しずつ、あたしの中でも変化があった。

 たった二ヶ月そこら離れただけで、どうしてこんなに不安だったのか…

 色々考えた。



「いらっしゃい。」


「おう。世話んなるぜ。」


 海くんが空港まで迎えに来てくれてて。

 あたし達は車に乗り込んで、海くんの家に向かった。


「沙都とトシの荷物があるけど、帰って来ないから納戸に片付けてる。空いた部屋使っていいよ。」


「ははっ。帰ってきたらあいつら二人、納戸で寝ればいいんだ。」


 他にも部屋はあるのに、なぜか二人の荷物は納戸に押し込まれてて。

『先生、さりげなくいじめっこ体質だよね』って沙也伽が笑った。



 その夜は海くんが料理をしてくれて。


「華音に食わすのは勇気がいるなあ。」


 って…


「二人の女子を目の前にして、よくもノンくんを選びましたね。」


 沙也伽に目を細められて。


「ま、沙也伽の腕なんて大した事ねーからな。」


 ノンくんがそう言うと。


「悔しー!!紅美!!この無駄に器用な男を蹴飛ばしてやって!!」


 沙也伽があたしに泣きついて。


「分かった。」


 あたしが笑いながらノンくんの座ってる椅子を蹴飛ばすと。


「うおっ…おま…やりやがったな…」


「あ。うそ。何もしないでよ。」


「先にやったのはおまえだ。」


 プロレスが始まってしまって。


「相変わらずだな。」


 海くんが沙也伽に首をすくめてみせた。



「食べてからにしてー!!」


 あたしが足技決めながら言うと。


「あいてててて!!おまえが技かけてんじゃんかよ!!」


 ノンくんは大げさに痛がった。


「だって、離したらやるでしょ!?」


「ったりめーだ!!」


「じゃ離せないよ!!」


「はっ…あいてててて!!離せ!!」


 あたしとノンくんが騒々しく取っ組み合いをしてると。


「ははっ。相変わらず賑やかだな~。」


 玄関口から、声がした。


「……」


「……」


 その声に。

 あたしとノンくんは固まった。

 固まったままドアを見ると。

 そこに…曽根さんがいた。


「よお!!キリ!!ニカ!!そしてみんな!!会いたかったぜ!!」


 あたしと沙也伽は『みんな』って一括りか!!

 ノンくんは立ち上がって。


「おまえ、何急に帰ってきやがる!!」


 曽根さんを殴った。

 …定番だけど…

 いいがかり…だね。



「いってーな!!おまえこそいつ来たんだよ!!」


 曽根さんが、ノンくんを殴り返す。


「今日だよ!!」


 で、またノンくんが曽根さんに殴りかかる…


「いい加減にしとけよー。」


 なんて言ってる海くんは、全然止める気配がない。

 あたしは…椅子に座って…水を飲んだ。

 曽根さんが帰って来たって事は…


「…ただいま…」


 ドキ。


「…おかえり。」


 海くんは穏やかに言ったけど…


「…てめぇ…」


 ノンくんは、沙都に逃げる隙も与えなかった。


「何で電話の一つもよこさねんだよ!!」


 そう言って…沙都を殴った。

 てっきり…曽根さんにやるみたいに、冗談交じりなのかと思ったけど。

 ノンくんは本気だった。



「うわー!!キリ!!やめてくれー!!顔はダメだよー!!」


 慌てたのは曽根さんだ。

 マネージャーだもんね…


「沙都くん、大丈夫か!?あ…あー…グレイスに叱られる…うわっ!!」


 そんな曽根さんを跳ね避けて。


「おまえ、一日に一回でも飯食ってただろ。その飯食う前に一言『元気だ』って、なんでメールできねんだよ。」


「……」


「シャワーもしてたよな。その前に一言『会えなくて寂しい』って、なんで打たねんだよ。」


「……」


「なんで『愛してる』って一言、安心させてやれる言葉を出せねんだよ。」


「……」


 沙都は…ずっと無言だった。

 ノンくんの顔も見なかった。



「…ノンくん。」


 あたしは座ったまま、顔だけを二人に向けて言う。


「そういうのが出来る人と、出来ない人っているんだよ。」


 すると沙也伽が。


「…いるいる。」


 同意した。


「沙都は夢中になる物があったら、他は目に入らないから…仕方ないんだよ。」


 あたしがあっさりそう言って食事を再開すると。

 拍子抜けしたのか…海くんとノンくんは顔を見合わせて…海くんは食事を始めた。

 ノンくんはまだ何か言いたそうだったけど、沙都の胸から手を離して。

 あたしの隣に座ると、静かに食べ始めた。


「…で…俺達は…晩飯を…どうすれば?」


 曽根さんが遠慮がちに言うと。


「…僕は要らない。」


 沙都はそう言って二階に上がろうとしたけど。


「あ、おまえらの荷物、帰って来ないと思って納戸に入れてる。」


 海くんの言葉に引き返して、納戸に行くと。


「…空いてる部屋使わせてもらいます。」


 誰とも目を合わさず、そう言って二階に上がった。


「……」


 曽根さんは沙都の背中を目で追ってたけど。


「…みんな冷たいな。」


 唇を尖らせて、仁王立ちした。


「冷たいか?」


 ノンくん…あなたの声はとても冷たいです。


「だって、沙都くんすげー頑張ってるんだぜ?」


「じゃ、久しぶりの恋人との再会に、さっさと二階に上がる沙都はどう?」


 沙也伽…あんたの声も冷たいよ…


「いや、まあそうだけどさ…」


 曽根さんの困った声を聞きながら。


「ごちそうさま。」


 あたしは食事を終えて、食器をシンクに運んだ。


「曽根さん、そこで食べて。」


「あ、ああ…ありがと…」


「あたし、ちょっと沙都と話して来るね。」


 あたしがそう言うと、一斉にみんなの顔が上がった。

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