第39話 明日渡米する僕は…

 〇朝霧沙都


 明日渡米する僕は…

 勘当されたとは言え、荷物をまとめなくちゃ…と、家に戻った。


 ここ数日は、曽根さんちにお世話になったり…

 それから、事務所に行って、色んな人に挨拶して…

 中には、嫌味を言う人もいたし、頑張れって…たぶん口だけで言ってくる人もいた。


 針のむしろって、こういう事を言うんだなあ…なんて、ちょっと笑った。

 僕は、自分の夢を見付けただけなのに…

 何だかな…


 でも、この方法が正しいとも言えないし、仕方ないんだよね。

 今まで一緒に頑張って来た仲間を裏切って。

 僕は…グレイスが見付けてくれた夢に乗っかるわけだし。


 みんなにも、ちゃんと相談するべきだったのに、しなかった。

 反対される。

 そう思ったら、言えなかった。

 …もし、自分がそうされたら…って思うと、反省しかないんだけど…



 曽根さんちにお邪魔した翌日、高原さんに会いに行った。

 グレイスから聞いた。

 僕をソロデビューさせていいかって、まず高原さんに連絡したら。

 自信があるなら任せる。って言われた…って。


 高原さん、僕の歌も聴いてないのに、グレイスに一任しちゃうって…どこまでグレイスの事信用してるんだろって思ったし…

 DANGERの事は…いいの?って思った。

 だけど高原さんはあっさり『ビジネスってそういうもんだからなー』って。

 だけど…って渋る僕に。


『そんなにDANGERが気になるなら、どうしてソロの話を受けた?中途半端な気持ちなら辞めろ。』


 って、ピシャリ。


 …うん。

 そうだよね…

 中途半端な気持ちで動いちゃ…

 誰に対しても失礼だよ。



「沙都。」


 荷物をまとめてると、開けたままにしてるドアをノックしながら…父さんが入って来た。


「……」


 バツが悪くて無言のままでいると。


「…殴って悪かったな。」


 意外にも…父さんは、僕の肩を抱き寄せて言った。


「…勝手に決めた僕が悪いから…」


 僕が小さくそう言うと。


「…おまえは…俺の自慢の息子だ。」


 父さんは…僕をギュッと抱きしめて。


「頭は悪いけど、素直で純粋で…誰からも愛されて…本当に、自慢の息子なんだ。」


 そう言ってくれた。


 父さんの声を聞いてると…涙が出て来て。

 ああ…僕、なんか……

 やっちゃったなあ…って思ってしまった。



「ごめん…父さん…」


 父さんの肩に頭を乗せて、泣いてしまった。

 恥ずかしいな。

 もう大人なのに…


「…ソロデビュー、成功するといいな。」


「…ほんとに…?」


「ああ。朝霧家にはバンドマンしかいないから、ちょっと色々戸惑ったが…おまえがやりたいと思って行くんだ。応援する。」


「父さん…」


「今夜、みんなの前で歌ってくれないか?おまえの歌を知らないまま送り出すのは悔やまれる。」


「う…うん…うん…ありがと…」



 涙が止まらなかった。

 僕は、みんなを裏切ったのに…



 絶対…成功してみせる。



 僕の中で、その気持ちが強くなった。



 * * *


 今夜歌ってくれ。と父さんに言われて。

 我が家のリビングで…だと思ってたら。


『うちのメンバーも聴きたい言うてたし、どうせなら事務所のスタジオでやろうで。』


 じいちゃんから、そう電話があって。


「じゃあ、みんなで行こうか。」


 そう父さんが言うと、母さんとおばあちゃんも車に乗り込んだ。


 沙也伽ちゃんと希世ちゃんは…朝から出掛けてたみたいで。

 母さんが連絡したとは言ってたけど、来るかどうかは…分からない。



 父さん達と車で事務所について。


「じいさんがギター貸してやるってさ。」


 じいちゃんから電話を受けた父さんがそう言って。

 僕は、じいちゃんが居るという8階のスタジオに向かった。

 するとそこに…


「よお。」


「…ノンくん…」


 ノンくんは、じいちゃんのギターを持ってて。

 だけどそれをベンチに立てかけると…


「沙都。」


「…え?」


 ガツッ


 僕を殴った。


 いきなり殴られて、床に転がった僕に。


「おら、こいよ。」


「……」


 ノンくんは…自分の頬を差し出して言った。


「…殴らないよ…」


「殴れよ。」


「…殴る理由がない。」


「俺、酔っ払った紅美を抱いた。」


「!!!!!」


 殴る理由がない。

 そう思ってたけど…

 それを聞いてからの僕は、すぐさま立ち上がって、ノンくんを殴った。


「なっなななんで…っ!!」


 ガツッ


「いって…」


 僕は転がったノンくんに馬乗りになって。


「なんでだよ!!」


 もう一度殴ろうとしたけど…


「あの時は、おまえのものでもなかったしな。」


「…え…」


「くっそ…おまえ、手加減しなかったな?いてー…」


 僕はノンくんの上から立って…


「…いつ…?」


 小さく問いかけた。


「あ?」


「…紅美ちゃんと…って…」


「周子さんトリビュートのアメリカ録音から帰ってからだよ。ま、紅美はベロベロに酔っ払ってて何も覚えてないけどな。」


「……」


「沙都。」


 ノンくんは立ち上がって僕の肩に手を置くと。


「ソロ、頑張れよ。」


 僕の目を見て…真顔で言った。


「……」


「それと…紅美は連れて行かせない。」


 僕は、口元の血を拭って…ノンくんを見据えた。


「…やっと…ノンくんの本音が出たね。」


「……」


「でも、決めるのは紅美ちゃん。僕は…負けないよ。」


「…望む所だ。」


 ノンくんは立てかけてたギターを僕に渡すと。


「今夜は、おまえのバックに徹する。」


 そう言った。


「…え?」


「安心しろ。ハードロックにはしてねえよ。」


「…え…?」


 僕はノンくんに連れられて…

 スタジオじゃなく…


「え?あ…あの、ノンくん…?」


 3階にある、小ホールに…


「おっそーい。」


 ステージには、紅美ちゃんと沙也伽ちゃんが…


「イントロ、サビのコードで2回繰り返しな。」


 ノンくんはそう言ってベースを担いだ。


「え?え…あ、あの…」


 ステージには幕が張られてて。

 その向こうから…ざわざわと声が聞こえる。


「さ、沙都。みんなに聴かせてやんなよ。あんたの癒しの歌。」


 沙也伽ちゃんが、笑いながらスティックを持った。


「…曲…覚えて…?」


「ノンくんの耳の良さと記憶力を忘れたの?」


「あ…」


 沙也伽ちゃんと紅美ちゃんが笑う。


 そうだよ…

 ノンくんは、一度聴いたら忘れない。

 恐ろしい記憶力と…音を拾えるいい耳を持ってる。


 ステージの真ん中。

 三人が、僕を囲んで。


「沙都の卒業ライヴであり、スタートライヴ。いくよ。」


 紅美ちゃんがそう言った。

 卒業ライヴで…スタートライヴ…


「泣かずに歌えよ。」


 ノンくんに、肩を叩かれる。



 …何だよ…

 泣かないよ。

 泣か…


 泣いちゃいそうだよ…。



 ぶっつけ本番が卒業ライヴで、スタートライヴだなんて。


 まずは、DANGERの曲を歌う事になった。


「何がいい?」


 紅美ちゃんに聞かれて…


「…じゃ…LOVELY DAYSを…」


「おっけー。」


 紅美ちゃんは…笑顔。



「開くぞ。」


 ノンくんが言って、僕はギターを担ぎ直した。

 幕が上がって…


「え…」


 客席には、朝霧家の面々だけじゃない。

 事務所の人達…みんないて。

 曽根さんの顔も見えた。

 ノンくんを振り返ると、顎で『前向け』ってされた。


 いつもは紅美ちゃんとノンくんが歌ってる曲を…

 今夜は、僕と紅美ちゃんで。

 …なんか、不思議な感じだった。

 ベースを弾いてるのが僕じゃなくて。

 歌ってるのがノンくんじゃなくて。

 ギター弾いてるのが僕で。

 歌ってるのが僕で。

 これ、DANGERだよね…?



 LOVELY DAYSを歌い終わって…

 僕は、マイクを前に…


『…今夜、まさかこんなステージが…』


 そう言った途端…涙が、こぼれた。


「沙都。」


 紅美ちゃんが、僕の肩に手を掛けた。


「頑張れ。」


「……ん…」


 涙を拭いて、顔を上げる。


『僕は…明日、日本を離れます…』


 紅美ちゃんには…結局、返事をもらってない。

 だけど、きっと…この後で。

 紅美ちゃんは、返事をくれる。

 そんな気がした。


『まさか…僕なんかの歌が…世界に発信するプロジェクトに選ばれるなんて…思わなくて…』


 客席には、本当に…

 僕が小さい頃から、当たり前にそこにいてくれた面々が…笑顔で見てくれてる。


 紅美ちゃんのお父さん、お母さん…

 紅美ちゃんにくっついてばかりの僕は、まるで『二階堂の次男坊か』って言われるぐらい…二階堂家に入り浸りで。

 学と双子みたいな感覚で、大事にされてたと思う。


 …さくらおばあちゃん。

 ノンくんのおばあちゃんだけど…紅美ちゃんのおばあちゃんでもあって…

 僕のする事を、いつもニコニコしながら見守ってくれてた。


『沙都ちゃんは、本当に純粋で心の優しい子ね』


 って…

 さくらばあちゃんに、そう褒められるのが、僕は大好きだったな…



 そして何より…僕の、大好きな家族。

 有名なじいちゃん、父さん。

 その二人を、ずっと支えてきた、ばあちゃん、母さん。

 頭が悪い僕は、毎年年度末には進級できるのかって心配かけてさ…

 何度心配かけたかな。

 好きな事には集中できるのに、勉強はサッパリで。

 ほんと…希世ちゃんやコノの何倍も、気苦労かけたね。

 ごめん。


 希世ちゃんとは、一つしか違わないけど…

 友達みたいで、だけどちゃんと僕の大事なお兄ちゃんって…思ってたよ。

 僕はのんきで、のんびり屋だから…しっかり者の希世ちゃんに、憧れてたよ。

 だから、まさか…沙也伽ちゃんを妊娠させるなんて思わなかったな。

 ビックリしたけど…

 でも、希世ちゃんと沙也伽ちゃんの結婚式は、本当に幸せに溢れてて…羨ましかったよ。


 …コノ。

 僕以上にのんきで、ちゃらんぽらんな妹って思ってたけど。

 すっかり二児の母だもんな。

 ビックリだよ。

 コノはいつまでも、女子高生気分で遊びたいんじゃないかって思ってたから。


 …みんな、成長してるんだ。

 僕だって、成長しなきゃ。



『…バンドメンバーを裏切る形で…向こうに行く事になって…』


 僕がそう言うと。


『裏切るんじゃねーよ。』


 ノンくんが、コーラスマイクを前に言った。


『おまえは、自分の夢を持ったんだ。胸張って行け。』


『…ノンくん…』


『よく言うよ。怒ってたクセに。』


 沙也伽ちゃんがそう言うと。


『おまえだって大泣きしてたじゃねーか。』


『あれはー…』


『まあまあ。沙都の話、聞こうよ。』


 紅美ちゃんがそう言ってくれて…

 僕は…言葉を続けた。



『一人で…向こうに行くなんて、今までの僕だったら信じられないけど…』


 ほんと…そうだよ。


『だけど、課題でアメリカに一年居て…免疫がついたって言うか…』


『うちの親父が、行かせるんじゃなかったってボヤいてたぜ?見返してやれよ?』


『ははっ…ほんとだね。僕…神さんに謝ってもらえるぐらい頑張るよ。』


 僕がそう言うと、ステージ袖で見てた神さんは、腕組みをしたまま目を細めて笑った。


『…こんなステージを…用意してもらえるなんて…』


 涙が…止まらないよ。


『泣き虫沙都。』


 紅美ちゃんが、コーラスマイクでそう言って…泣き笑いしてる。


『昔、そう言って、よくいじめたなあ。』


『…紅美ちゃん、それ、もう忘れてよ…』


 僕は笑いながら涙を拭うと。


『…本当は…こんなに、応援なんてしてもらっちゃいけない気が…するけどさ…』


 客席からは、『そんな事ないぞ』とか『頑張れ』とか『ずっと応援してるぞ』って声が聞こえて。

 僕は…もう、涙でぐちゃぐちゃな顔…

 だけど、笑顔だった。


『…おい、男前が台無しだぞ?』


 ノンくんがそう言って…僕の隣に来たかと思うと。

 シャツの袖で、乱暴に…僕の顔を拭いた。


『ったく…どこの坊ちゃんだよ…』


 ノンくんがそう言うと。


「うちの坊ちゃんに乱暴にしないでくれ。」


 客席から父さんの声がして、みんなが笑った。


『あ、すいません。さっき殴った』


 ノンくんが僕の頬を指差して言って。


『僕も殴っちゃった。』


 僕も…ノンくんの頬を指差した。

 すると…ノンくんは…なんて言うか…

 すごく。

 すごく…今まで見た事のないような…優しい顔で。

 殴り合った頬を、重ねた。


『……』


 僕が…言葉を失くしてると。


『…ねえ、先に歌わない?』


 紅美ちゃんが笑った。

 ノンくんは僕の肩をギュッと掴んで、ポンポンって背中を叩いて。

 ベースアンプの前に戻った。


『…じゃあ…僕の…夢が出来るキッカケになった歌です…聴いて下さい。All I want』


 それは…

 カプリで一人で歌ったのとは違って。

 ドラムもベースも、コーラスもあって。

 優しい厚みのある…歌になった。


 …笑っていて欲しい。

 みんなに。

 …紅美ちゃんに。

 …大好きな、紅美ちゃんに…。



 歌い終わると、客席からは大きな拍手が沸いて。

 僕は、やっぱり…涙を止められなかった。

 笑顔で応えたけど…やっぱり、泣いちゃうよね…



 それから、会場では僕のためにケーキまで用意されてて。


『沙都は世界で成功するぜ!!』


 ノンくんの言葉と共に…みんながクラッカーを鳴らしてくれて。

 僕は、ケーキに灯されたロウソクの火を吹き消した。



 ああ…

 僕、なんて幸せ者なんだろ…

 こんなに、僕を応援してくれる人達に囲まれて…

 本当なら、恨まれて当然なのに…



「心配すんな。DANGERは三人でやってく。」


 ノンくんに、そう言われた。

 僕の代わりは、いないって言われた。

 だけど、帰って来るのを待つわけじゃないから。って。

 ただ…本当に。

 僕の代わりを見付ける気がないらしい。


 ノンくんがベースを弾いて。

 紅美ちゃんがギターを弾いて。

 …悔しいけど、カッコいいだろうな。



 でも…


 僕だって…

 負けないよ。

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