第19話 「なあ、華音。何か歌ってくれよ。」

 〇二階堂 海


「なあ、華音かのん。何か歌ってくれよ。」


 早乙女さおとめさんがそう言ったのは、みんなでビールを飲んで。

 そろそろ誰か順番にシャワーを…なんて話をしている時だった。



「は?」


 一人だけフルーツを食べていたハナオトは、フォークに突き刺したパイナップルを口元に持って行きかけて…やめた。


「歌?何で急に?」


「んー…何だろうな。親父がここで暮らしてたって思うと、色々…不思議な縁みたいな物を感じてさ。」


 …俺の祖父にもあたる浅井あさい しんさんは。

 14年前に、災害で行方不明になったまま。


「何か…生で歌が聴きたい気分になった。」


 その辺が…音楽をしている人の感覚なのか。

 俺は、CDで聴いても生で聴いても変わらないと思ってしまいそうだ。



「……」


 ハナオトは少し考えていたようだが。


「…じゃ、大サービスで。」


 立ち上がって、部屋からギターを持って来て。


「Deep Redの名曲『Thank you for loving me』でも。」


 みんなの前に立った。



 俺は…知らない歌だったが、早乙女さんと沙都さとは指でリズムをとりながら、時々小さく口ずさんだ。

 曽根くんは…まるで恋でもしているかのような目で、ハナオトを見ている。



 DANGERのアメリカデビューは、紅美とハナオトのツインボーカルだった。

 だから、その上手さは知っていたつもりだが…こうして目の前で聴かされると、曽根くんじゃないが、惹かれた。


 しかも、ラブソングだ。

 まるで…ハナオトに告白でもされている気分になる。



 曲が終わって、ハナオトがギターを下ろそうとすると。


「アンコール。」


 早乙女さんがそう言って。


「え。」


「アンコール。アンコール。」


 自然と…みんなで手拍子をした。


「…もう一曲だけっすよ。」


 ハナオトは早乙女さんにそう釘をさして。

 コホン。と咳払いをして…


「If It's love」


 タイトルを言った途端…


「あ…」


 タイトルだけなのに、なぜか…曽根くんが泣きそうな顔をした。

 早乙女さんは目を伏せて、膝を抱えて座ってた沙都の背筋は伸びた。


 確か…Live aliveの映像で聴いた曲のタイトルだ…。




 朝起きたらさ、おまえが隣に居る

 おかしいな…これはリアルなのか?って

 毎朝そんな気持ちになるなんて…夢みたいな幸せって事だよな


 もしおまえに悲しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる

 おまえを悲しませない

 俺が苦しむとしても


 それは愛なのか?って、誰もが言うんだ

 俺は笑顔で、全力で言うさ

 愛だ

 いや

 愛以上だ

 愛以上なんだ



 もしおまえに苦しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる

 おまえを苦しませない

 俺に罰が与えられるとしても


 それは愛なのか?って、誰もが言うんだ

 俺は笑顔で、全力で言うさ

 愛だ

 いや

 愛以上だ

 愛以上なんだ




 自分が泣くなんて思わなかった。

 歌い終わったハナオトが、俺の顔を見て目を丸くしたのを見て…気が付いた。

 だけど、泣いてたのは俺だけじゃなくて。


「あー…おまえ…さすがの遺伝子だな…泣かされた…」


 早乙女さんが、そう言ってティッシュケースを手にした。


 この歌は…確かに、映像で聴いた。

 泣いた。

 あの映像のあの歌には、愛が溢れていて。

 苦しくなるほど、愛が羨ましくなった。


 誰かを愛したい。

 紅美を…もっと愛したかった。

 そんな気持ちになった。



 だが…ハナオトの歌には…魂を感じさせられた。

 愛は溢れさせるものじゃないと言わんばかりに。

 溢れさせるんじゃなくて、静かに…愛をそこに留めさせていればいい、と。

 その鬼気迫る魂の歌に…俺の中で少し変化があったように思う。



「さ、俺はシャワーしてくる。」


 ハナオトがそう言って、ギターを部屋に持って上がろうとしたその時。


「ただいまー。」


 明るい声と共に…


「ばーちゃん…まだこっちいたのかよ。」


 さくらさんが帰って来た。



「まっ。冷たいわね。」


「いい加減帰れよ。みんな心配してるぜ?」


「大丈夫大丈夫。明後日帰るから。」


 さくらさんはリビングに来て。


「あら、千寿せんじゅさん。いらっしゃい。」


「お邪魔してます。」


「あっ、華音のお友達の…えーと…曽根さん!!」


「当たり。お邪魔してます。」


「わー、楽しい♡やっぱり、もっと居ようかなあ。」


 さくらさんはそう言って笑ったけど。


「ばーちゃん。」


 ハナオトに低い声で言われて。


「…分かったわよぅ…」


 唇を尖らせて、首をすくめた。


 …ふっ…

 本当に、少女のような人だ…。



 それから、さくらさんが『お土産ー、作ったのー』と言いながら、おはぎをタッパーから取り出して。

 ここんとこ、食べてばっかだー。と言いながら、沙都がペロリと二つも食べた。


 シャワーから出て来たハナオトは、さくらさんが『あーん』なんて箸で口に持って行くのを、『外ではするなっつってんじゃん』とニヤけながらも、食べて。

 仲の良さをアピールしているようだった。



「…華音。」


 一瞬、誰が呼んだ?みたいな空気が流れた。

 俺は座ったまま。


「華音、俺にも一つ。」


 そう…に言った。


 みんな少し笑顔になった気がしたが、華音だけは普通に。


「あんたでもおはぎなんて食うんだな。海。」


 箸を手にして言った。


 …海な…。



「…呼び捨てでいい。」


「は?年上なのに?」


「おまえには、そうされたい。」


「……」


 照れくさい気もしたが…ちゃんと目を見て言うと。


「…ま、ダチに年は関係ねーか。」


 華音はそう言って。


「ほらよ、海。」


 俺の口元に、おはぎを…



 丸ごと詰め込もうとした。




 〇桐生院華音


 何の因果か…本家様助けに加勢してしまっている俺。

 あまりにも、ばーちゃんの策略が見え見えで。

 俺は…


「ばーちゃん、何か企ててるなら、ちゃんと説明しろよ。」


 ばーちゃんから、実は自分は二階堂の人間だった。と告白をされた後。

 そう、問い詰めた。



「…怒らない?」


「なんで。」


「思い切り、海さんのためだけの事だから。」


「……」


 つい、目が細くなった。


「ちなみに…あいつに肩入れするのは、なぜだ?」


 俺の問いかけに、ばーちゃんは首を傾げて。


「…このままじゃ、彼は潰れてしまうなあって思って。」


 ため息交じりに言った。


「潰れる?なんで。」


「彼自身、繊細なのね…真面目だし。オンとオフの切り替えができないから、プライベートもずーっと仕事の延長戦。」


 まあ…

 俺みたいに、趣味が仕事になってる奴とは違って。

 命がかかった仕事なんだろうから…笑いながら出来るようなもんじゃない。

 だが、オフもそうだとなると…息が詰まる。


 俺だって、オフには切り替える。

 じゃなきゃ、趣味が仕事の内はいいが…仕事だけになってしまうと、いつか行き詰まる。

 俺は、どうせなら楽しく仕事がしたい。



「で、二階堂出身で、二階堂を変えたいと思ってるばーちゃんは、まずあいつを変えなきゃダメだ、と。」


「そう!!さすが華音ね!!私の気持ちを読み取ってくれるなんて、華音じゃなきゃ無理だわ♡」


「…おだてんなよ。」


 口ではそう言いながら…見え見えのおだてでも、ばーちゃんに褒められるのは嬉しい。

 なぜなら、ばーちゃんは俺にとって世界一出来る女だからだ。

 その出来る女から褒められるってのは、嘘でも自分のレベルが上がった気がしてしまう。



 ともあれ…

 二階堂の仕組はよく分からないが、ばーちゃんがあいつをどうにかしたいと言うなら。

 まあ…手助けしてやらない事もないが…



「で?何をしたらいいんだ?」


 俺が足を組んで言うと。


「海さんと、友達になってくれる?」


 ばーちゃんは、首を傾げて可愛く言った。


「……」


「ね?♡」


「あのなあ…」


 友達になれと言われて、なれるもんか。

 だいたい、友達と言えば、曽根しかいない。

 そんな、一人しか友達のいない俺に…



「…あいつから、友達になってくれって言葉でも出て来れば考える。」


 俺がそう言うと。


「ぶー。」


 ばーちゃんは、唇を尖らせてブーイング。


「ぶーじゃねえよ。」


「じゃあ、一つだけお願い。」


「何。」


「華音は、いつもの華音でいてね?」


「…は?」


「それだけでいいの。」


「……」


 よく分からなかったけど。

 まあ、俺は本家様のために特別自分を偽る気はない。


「それなら、別にいい。」


 俺がそう答えると。


「きっと海さん、華音と友達になりたくなるだろうな~。」


 ばーちゃんは、俺の顔を覗き込んで、そう言った。



 * * *



「わりーけど、ちょっとだけ留守番してもらってていいか?」


 俺がそう言うと、本家様は。


「ああ、構わない。」


 相変わらず無表情…でもないか。

 ほんの少しだけ笑顔になりかけた感じで答えた。


 急に引っ越したし。

 今日は、沙都と二人で紅美の所へ。


 確か、沙也伽も戻ってるはずだ。

 事務所より、アパートの方がミーティングもしやすい。

 人に聞かれなくて済むし。



「よーう。」


 階段を上がってると、ドアの前に紅美が立ってるのが見えて声をかけると。


「あっ!!もう!!ずっと連絡待ってたのに!!」


 紅美は仁王立ちで俺と沙都を見下ろした。


「貼り紙してただろ?」



 引っ越した日、部屋のドアの前に。


『引っ越す。連絡を待て』


 と、貼り紙を残した。

 紅美から電話もメールもあったが、一度スルーしたらそれもなくなった。

 ばーちゃんから、紅美にはまだ言うなと言われた。

 まあ…そうだよな。

 動揺するだろうしな。


 でも…

 いずれは打ち明けなきゃいけねーけど。



 俺は平気だったが、沙都は紅美からの連絡を無視するなんて。

 きっと、軽い胃潰瘍ぐらいにはなってもおかしくなさそうだった。



「ま、見ての通り変わりない。」


「そうじゃなくて。心配してたのが分かんない?」


「…よしよし。」


 紅美の頭を撫でる。


「だーっ!!もう!!そうじゃなくて!!」


 俺は、唸る紅美の肩を押して、リビングに入る。


「紅美ちゃん、ごめんねー…」


「あんたまで連絡くれないとは…」


「ちょっと、色々あって…」


 後ろで、沙都が謝る声が聞こえた。



「おう、沙也伽。」


 俺がソファーに座ってると、沙也伽が部屋から出て来た。


「あ、久しぶり。」


「時差ボケあるか?」


「ううん。」


「沙都は昨日まで引きずってた。」


「えー、何回来てんのよ…」


「でさ…」


「うん?」


 チラリと紅美を見ると、廊下の電球を換えたかったのか、沙都を椅子に乗せて上を向いている。


「…実は、シェアハウスしてんだ。」


「シェアハウス?誰と。」


「…二階堂本家の、あいつ。」


「……」


 沙也伽は口を開けて俺を見て、紅美を見て、また俺を見て。


「…な…なんで…そんな事に…?」


 声にならない声で言った。




 〇朝霧沙也伽


 久しぶりのまとまったオフを、あたしは日本で過ごした。

 毎日スカイプで話してたけど、実際会うと廉斗れんとは大きくなってたし、希世きよも…すごく優しくて。


 あー、できる事なら、このまま日本にいたいよー!!


 って…

 空港では希世きよにそう言ったけど。


 飛行機に乗って、DANGERを聴き始めたら…もう、スイッチが入った。

 オフが明けたら、あたし達は数日スタジオに缶詰状態。

 デビューライヴのリハーサルだ。


 あー!!楽しみ!!


 で。

 アパートに戻ると…向かいの部屋が、もぬけの殻。


「…どしたの、これ。」


 あたしが呆然として紅美に問いかけると。


「なんか、急に引っ越してた。」


「は?どこへ?」


「それが、部屋のドアに『引っ越す。連絡を待て』って貼り紙がされてて、今朝『今から行く』って連絡があった。」


 紅美は少し拗ねたような口調で言った。


「…そっか…何なんだろうね。ところで…」


 あたしはソファーに座って。


「オフの間、先生と会った?」


 これが一番聞きたかった。


「…うん。会って…終わらせた。」


「…え?」


「終わった。ちゃんと、二人とも笑ってバイバイってしたよ。」


 あたしが思ってた言葉とは違って…少しショックな気がした。

 だって、ドアを開けた時に見た紅美の顔…

 すごく、キラキラして見えたから…

 てっきり、先生と上手くいったのかと…



「そっか…まあ…紅美がそれでいいなら…」


 あたしは口ごもりながら、そんな事を言った。


「ありがと。」


 終わらせたから…終わらせる事が出来たから、キラキラしてたのかな?

 紅美に後悔がないなら…それでいいけど…


「廊下の電球がおかしいなあ。ちょっと交換して来るね。」


「うん。」


 本当は、そんなの管理人に言えば?って思ったけど。

 動いてなきゃ嫌なのかな…とも思って、見過ごす事にした。


 すると、そこへ…ノンくんと沙都が。

 いいカモ見つけた。と言わんばかりに、紅美は沙都を捕まえて、電球を換えさせてる。



 ノンくんは…


「…実は、シェアハウスしてんだ。」


「シェアハウス?誰と。」


「…二階堂本家の、あいつ。」


「……」


 とんでもない事を言った。


「…な…なんで…そんな事に…?」


「…紅美に、何か聞いたか?」


「何かとは?」


「…本家のあいつとの事。」


「…ちゃんと終わった…とは…」


「…そっか。ちょっと…うちのばーさんが絡んでて…紅美にはまだ言うなって言われてるけど、近い内に…」


「…なんで?みんな…もしかして、まだ先生と紅美をどうにかしようって思ってんの?」


「それは本人同士の問題だから、俺には分からない。」


「…いいの?ノンくん。」


「何が。」


 何がって…

 もう!!


「だって…ノンくん、紅美の事…」


「選ぶのは紅美だ。」


「……」


「とにかく、もしかしたら、また会う可能性は高い。その時のフォロー頼む。」



 もう…あんた、バカだよ。

 年上捕まえて、あんたバカだよ。は、ないかもしれないけど。

 ほんと、ノンくんってバカだ。



 あたしは、分かった。とも返事をせず。

 ただ…廊下で電球を換えて、紅美に褒められてる沙都を目を細めて見てた。

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