第2話 「うっわ…何これ。」

 〇宇野沙也伽


「うっわ…何これ。」


 あたしは、莫大な数あるCDを前に、大きく口を開けた。


「すげーだろ。」


「うん…朝霧くん、これ全部聴いた?」


「まさか。親父が酔っ払って買って来たアイドルのとかは聴いてない。」


「あはは。そういうのも全部並べてあるんだ。」


 ここって、絶対あたしの部屋より広い。

 ちょっとしたレンタルショップみたいだよ。

 Aから順に、ズラリと並ぶCD…

 奥の方には、レコードやビデオもあった。



「とりあえず…俺のおススメでもいい?」


「うん。」


「じゃ、まずはDeep Redな。」


 朝霧くんはCDを用意して、それを高価そうなステレオにセットした。


「ヘッドフォンで聴いて。」


 そう言って、朝霧くんはあたしに一つ…そして自分にも一つ、ヘッドフォンを出した。


「……」


 あ、好きかも。

 一曲目のイントロで…そう思った。

 そして、歌が始まって…


「うわ…」


 つい、声が出た。

 大音量で聴いてるし、あたしの声なんて聞こえなかったはずなのに。

 朝霧くんは少し笑った。


 …すごい!!

 これが世界のDeep Red!?

 バンドも上手いけど、ボーカルすごい!!

 こんなバンドが、うちでライヴしてくれてたなんて…!!


 …て言うか…

 この曲、聴いた事ある。

 うちのハコに出てるバンドが、よくやってるやつじゃん!!


 みんなコピーしてるんだー!!

 でも全然違うけど…。



「これ、貸して!!」


 あたしが大声で言ってしまうと。


「あ…ああ…」


 朝霧くんは圧倒されたみたいな顔で頷いた。



 そして、次は…SHE'S-HE'S…


 一日に二つも気に入るバンドに出会えるもんかなあ?

 なんて思ったけど…


「あ…っ、ダメだ…来た…」


 つい、これも…声が出た。

 なんて言うか…


「スネアの音が好み…たまらない…」


 朝霧くんも大音量で聴いてるし、いいかと思って独り言大連発。

 このドラムが、朝霧くんのお父さんだよね!?


 めっちゃカッコいい!!

 なんだこれ!!

 ほんっと、このお腹に響く感じ…

 たまらなーい!!


 で、全然予想してなかったんだけど…

 女性ボーカル!!

 なんだ!?このハイトーン!!

 ヤバいー!!気持ち良過ぎる!!


 あたしがノリノリになって来たからか…


「次、これも聴く?爺さんが暇人になってから誘われて入ったバンド。」


「聴く聴く!!」


 朝霧くんが次に出したのは、F'sってバンドだった。


「はっ…」


 今までの二つとは違った感じ…って言うのは…

 男性ボーカルのアクが強いって言うの?

 超インパクトのある声…!!

 そいでもって、全体的に重低音!!


 うっ…わ~…


「なんだこれ…カッコいいのばっかじゃん…」


 うっとりしながら小さくつぶやくと、本当につぶやきなのに…朝霧くんが笑った。

 …なんで?と思って、朝霧くんのヘッドフォンのジャックを見ると…


 …ステレオに繋がってない。


 あたしはそれを持って。


「聴いてないじゃない!!」


 自分のヘッドフォンを外しながら言うと。


「宇野のつぶやき聞いてた。」


 ちょっと…ドキッとするような笑顔で、そう言った。





 朝霧くんの出現により、二つの事に気付いた。


 あたしは、他人を好きになっても興味を持ちにくい事。

 そして…

 ハコでの音楽に慣れすぎて、耳が肥えてない事。

 アマチュアばっかり聴いてちゃさあ…

 まあ、上手いバンドもいるんだろうけどさあ…


 とりあえず、朝霧くんからその三つのバンドのCDを一枚ずつ借りた。

 一度にたくさん借りても、聴ききれないだろうし。

 まずは、どのバンドもファーストアルバムから。



 なんであたし…今まで音楽聴かなかったんだろ。

 昔から当たり前に、音楽には触れてた。

 それが最高の物だと思ってたわけじゃないけど…それ以上の物に触れる機会がなかったと言うか…その気がなかったと言うか…



 ともあれ、朝霧くんには感謝だ。

 あのままだと、あたしは上手くなり得なかった。



 当然だけど、CDを聴いて、あたしのテンションは随分上がった。

 もう『出来るつもり』になってたドラムを本気で頑張ろうと思えた。

 朝霧くんのお父さん、朝霧光史さんの叩き方が大好きで。

 あたしはMDに落としたSHE'S-HE'Sを、寝る寸前まで聴いた。



「朝霧くん。」


 翌朝、CDを返そうと、朝霧くんの教室に行って名前を呼ぶと…一斉に注目を浴びた。


「……」


 首をすくめてそれを見てると。


「ああ、全部聴いた?」


 朝霧くんが来て、あたしの手元を見て笑った。


「うん。全部MDに落とした。」


「じゃ、次持って来るわ。」


「うん。よろしく。」


「て言うか、今日も帰り来いよ。で、もう少し枚数持って帰れば?」


 朝霧くんはF'sのケースを開けたり閉じたりしながら言った。


「あー…でもあたし、放課後は店手伝わなきゃだから…」


「へえ、そうなんだ。じゃ、俺が持ってってやるよ。」


「え?いいの?」


「暇だし。」


 そんな約束をして…あたしは教室に戻った。

 そして…お昼休み。

 いつものように、紅美と待ち合わせて屋上に行く。


「昨日、紅美のお父さんのCD聴いた。」


「え?沙也伽知ってたっけ?」


「沙都のお兄さんに貸してもらった。」


「あれ?希世と知り合い?」


 …希世。


「うん…て言うか、昨日知り合った。ドラムしてるんだって言われて…」


「そそ。もろにお父さんの影響だよね。」


「朝霧光史さん、すごいね。あたし、憧れのドラマー第一号が出来ちゃった。」


 そんな話で盛り上がって…

 放課後。

 帰ろうとして靴箱を開けると。


 あたしの靴の中に…大量のゴミが詰まってた。



 ショック過ぎた。

 ショック過ぎて…靴箱で立ちすくんでると…


「沙也伽?どしたの?」


 違うクラスの紅美が、あたしの靴箱までやって来て。


「…何コレ。」


 あたしの靴を見て…低い声を出した。

 そして…あたしの靴の中のゴミを、ゴミ箱に捨ててくれて…その中から、何かを拾った。



「…朝霧くんに馴れ馴れしくすんな…だって。」


 何人かが、あたしと紅美を遠巻きに見ながら帰って行く。

 あたしは…とにかくショックで…

 軽く眩暈なんかもしそうで…

 靴箱にもたれかかろうとすると…


 バン!!


 大きな音が響き渡った。


 ビクッとして、目が大きく開いた。

 見ると…

 紅美が、手に持ったあたしの靴の裏で、靴箱を叩いた音だったらしい。


「誰がやったのか知らないけど、こんな事する奴の事、希世が好きになったりするわけないよ。」


 紅美が大きな声でそう言った。


「希世、希世ー。きーよー。希世ー。」


 紅美が大声で朝霧くんの名前を何度も呼んでると。


「…何だよおまえ、大きな声で人の名前を…」


 朝霧くんが、だるそうに階段から降りてきた。


「あんたに近付くなってメッセージ付きで、嫌がらせされてるんだけど。」


 紅美は、あたしの靴を高く上げて言った。


「はあ?」


 朝霧くんはポケットに手を入れたまま、呆れた顔でそれを見て。


「バッカじゃねーの…紅美の靴にそんな事する奴とか…」


 鼻で笑って言った。


「あたしのじゃないよ。沙也伽の。」


「ああ?ますます分かんねーな。」


「こんな事する奴なんて、ドブスだよね。」


「ドブスだな。」


「ほんっと、ドブスだよ。」


「間違いなくドブスだな。」


 ……あたしは…

 朝霧くんと紅美の掛け合いを、不思議な気持ちで見てた。

 二人とも…自分の事じゃないのに。


「さ、沙也伽。きれいになったよ。」


 紅美はあたしの靴の中のゴミを掻き出してくれた。


「あ…ありがと…」


「さ、希世。一緒に帰ろうか。」


「おうよ。」


「さ、沙也伽もおいで。」


「えっ?」


 それはまるで…見せ付けるかのように。

 朝霧くんは真ん中で、あたしを左側に。

 紅美を右側に。

 ガッチリと肩を組んで…歩き始めた。


「……」


 肩を組まれるって事が…初めての事で。

 あたしは…ちょっとドキドキしてたりするんだけど。


「ほんっと、信じらんないわ。頭くんなー。」


 紅美は怒り心頭。


「悪いな。俺がモテるばっかりに。」


 朝霧くんが、そう言いながらあたしの頭を撫でた。


「あ…朝霧くん、こんなにモテるとはね…」


 やっとの思いで出した言葉に。

 朝霧くんと紅美は顔を見合わせて。


「希世でいーよ。」


 同時に言った。


「おまえの名前かよ。」


「あたしのじゃないけど、別にいーじゃん。」


 …泣きそうになった。



 あたし…

 もっと、みんなに興味持とう。

 …て言うか、持ちたくなった。



「…ありがと。」


 小さくつぶやくと。


「明日もやられてたら言って。あたし、各教室回るから。」


「ははっ、女ってこえー。」


「うるさい。」


 二人は…全然、何でもないような顔。



 あたしに…

 紅美以外の友達が出来た。


 …希世。

 あたし、あんたを大事にする。



 * * *


 〇朝霧希世


 開いたままのノートには、何も書き込まれないまま。

 俺と彰はテスト勉強と題して彰んちのリビングにいるが、二人とも漫画を読んでたりする。


 バンドが題材の漫画。

 俺はドラム、幼馴染の浅香彰はギターを弾いてるが…

 特にメンバー集めをしてるわけじゃない事もあってか、バンドを組むに至らない。

 弟の沙都は、まだ小6だと言うのに…バンドを組んだ。

 それを聞いて、少し焦っている俺がいる。


 まあ…話を聞くと、まだまだ全然進みそうにはなさそうだが…



「うわ…結構エロいな…この漫画。」


 彰が嬉しそうな声で言った。

 彰も桜花の同学年だけど、クラスが離れてるから学校では全然会う事がない。



「マジ?それ何巻?」


「5巻。バンドやってたら、こんなウマい話ってマジであんのかな。」


「どんなウマい話だよ。」


 彰の読んでるページを、しばし眺める。


「……」


「……」


「…な?」


「うん…これはウマい…」


 健康な13歳。

 しかも俺達は自分で言うけど…早熟だ。

 バンドは組みたいが、目下の興味ナンバーワンは…


 女だ。



「彰、好きな女いる?」


「好きまではいかないけど、教育実習で来てる女子大生、いいなと思ってる。」


「え、そんなのいたっけ。」


「いるよ。胸がデカくてさ、いやらしい顔してんだよこれが。」


「へえ…明日見てみよ。」


「希世は?好きな女いんの。」


 彰の視線は、再び漫画に。

 俺は自分が読んでた3巻をパラパラとめくって。


「紅美。」


 即答。


「え。」


 彰の顔が上がった。


「何、その反応。」


「いや、俺も紅美いいなと思ってたから。」


「は?何それ。紅美モテモテじゃん。」


「あいつ、いい体してんだよなー。」


「見たのかよ。」


「いや、体操服でも分かんだろ。」


「まあ…確かに…」


 紅美は女子にしては背が高い。

 下手すると、クラスの男子の大半より背が高い。

 そして…

 割と、出るとこが出てる。



 ピンポーン



 チャイムが鳴って、彰がめんどくさそうに玄関に向かった。

 俺は転がって、漫画の続きを読む。



「おー、何だよ。久しぶりだな。」


「学校で会わないね。」


「え?おまえ桜花に来たの?」


「何それ。知らなかったの?」


「おまえがうちの親がバンドしてるの知らなかったのよりは、マシだろ。」


「そ…それ言われると痛い…誰かお客さん?」


 玄関から…

 聴いた事のある声。



 俺は、転がりながら玄関が見える場所まで移動。

 そこには…


「沙也伽。」


「え?…あ…希世…?」


「は?知り合い?」


「まあ…って、何。沙也伽と彰、知り合い?」


 俺の問いかけに、二人は顔を見合わせて。


「イトコ。」


 思いもよらない事を言った。





「信じらんねーだろ、こいつ。」


「あー…笑った…マジ、アホだ。」


 俺は、ひとしきり…腹がよじれるほど笑わせてもらった。

 ライヴハウスを経営してる伯父がいたり。

 その手伝いをしてる親がいたり。

 物心ついたころには音楽が身近にある環境で。

 なのに音楽には詳しくなくて…

 までは、いいとして。



 叔母が、SHE'S-HE'Sのベーシストなのを知らなかった。って…

 どういう事だよ!!

 あのバンドは素性を明かしてないから、知られてないのは当然としても、叔母だろ!?

 しかも、叔母の旦那さんはF'sのドラマーだし!!


 俺からCDを借りて聴きまくった沙也伽は。

 たぶん…五回目ぐらいの貸し出しの時に、F'sのジャケットや歌詞カードに乗ってる名前で気付いて。

 浅香家を訪れたらしい。


 …俺には何も言わなかったけどな。



「だって…知らなかったもんは仕方ないでしょ…」


 沙也伽が唇を尖らせる。



 今日は、お母さんのお使いで浅香家に来たらしい。

 沙也伽が持って来た重箱には、たくさんのおはぎが詰まっていた。



「沙也伽、好きな男いんの。」


 何の前触れもなく、彰が問いかけると。


「は?いないし。て言うか、興味ないし。」


 全く色気のない返答。

 ま…沙也伽はそうかもな。

 まだ全然幼児体型っつーか…

 出るとこも出てないし、締まる所も締まってないし。って感じ。


 って…彰。


 おまえ、イトコだろーが。

 そんな変な目で沙也伽を見んなよ。


 俺が目を細めて彰を見ると。


 イトコだろーが、年頃の女には違いない。


 とでも言いたそうな、彰の目。

 いや、勝手に思っただけだけど。



「あたし、あれから勉強した。」


 ふいに、沙也伽が背筋を伸ばした。


「勉強?なんの。」


「有名人を親に持つ桜花の生徒。」


「……」


 内心、何でそんなアホな事を…って思った。

 でも、それは自分達がそうだからかもしれない。

 まあ…

 沙也伽も、有名人の姪っ子なんだけどな。



「三年に、F'sの東圭司の息子がいるんだってね。」


 俺と彰は、ポリポリと頭をかく。


 …ぶっちゃけ…

 親が同じ事務所に所属してると…子供同士も会う機会がある。

 そんなわけで、俺達はすでに…東圭司の息子、映ちゃんとは顔見知りだ。


「…こういっちゃ何だが…三年にはSHE'S-HE'Sの息子や娘がいるんだぜ?」


 彰がそう言うと。


「え!?そうなの!?」


 沙也伽は大げさに驚いた。

 まあ…分からなくて当然だけど。


「じゃあ、その蛙の子の中から、誰かスカウトしようかなー。」


 沙也伽が宙を見つめて言った。


「…スカウト?」


 俺と彰が問いかけると。


「うん。キーボードかギターか。紅美が歌いながら弾くより、音が厚くなりそうだし。」


 沙也伽は嬉しそうに答えた。


「……」


「……」


 この沙也伽の言葉が、俺と彰に火をつけた。



 その蛙の子。

 沙也伽に渡してなるものか…!!

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