第7話 約束

「……で、どうして、こうなってるわけ?」

「チビ助は、あれで恐ろしく有能かつ行動派なんだよ。それこそ、今すぐにでも魔導七杖しちじょうに選ばれるくらいにはな」

「あんたの弟子自慢、毎回思うけど鼻につくわね。はい、これ」


 幼馴染の少女が台上に紙を差しだしてきた。

 組合に届いた依頼書だ。その場で、ざっと、目を通す。

 内容は交易都市まで、商品の移送、か。詳細は契約後……って。


「イネ。これ、大丈夫だろうな? 報酬が破格過ぎんぞ? 移送だけで、この金額は……危ない話か?」

「さぁ」

「さぁ、ってお前……」

「大丈夫でしょ。あんたがいれば」

「……信用してるのか、虐めてるのか、どっちなんだよ。ったく」


 再度、確認。

 二階から大声が聞こえてくる。元気な馬鹿弟子の声だ。「わ・た・しはっ! 首府にはいきませんっ!! 興味もありませんっ!!! お師様を否定した、すなわち、私を否定したのと同じですっ!!!!」。昔の話を持ち出すなよー。

 首府より、アーデの勧誘に、わざわざ魔導院のお偉いさんが来ているらしく、組合につくなり連れ込まれたのだ。

 なお、俺も呼ばれたものの「あんたはこっち。依頼書を選んで」とイネに引っ張られ、事なきを得た。流石、俺の幼馴染。分かってるぜ。馬鹿弟子は、龍もかくやと思わせる歯軋りしていたが。

 依頼書に視線を落とす――依頼主は都市ルールでも名の知れた大商人の一人であり、名士でもある老アルフレッド。面識はないものの、悪い噂は皆無。

 丁稚から始めて、真っ当な仕事のみで、ルール有数の商会を一代で育て上げた、立志伝中の人物だ。

 ……つーか、アルフレッド商会なら、お抱えの護衛団がいるだろうに。下手な地方騎士団や、魔法部隊よりも余程強力な。

 しかも――前金で金貨50枚。移送が完了したら、更に50枚。金貨1枚で、節約すれば、大人一人生きていけることを考えたら、破格にも程があらーな。

 う~ん……どうしたもんか。

 幼馴染の淡々とした指摘。


「悩むなら止めれば?」

「そういうわけにもなぁ。そりゃ、一文無しじゃねーが」

「ないが?」

「ここに残っても、成長しないぞ! を見せないと、納得しないだろ、あいつ」

「首府に行かなかったら破門だ! でいいんじゃない?」

「! そ、そうか……そんな手が! イネ、お前、策士だな」

「それほどでもないわよ。あの子がいなくなったら、あの家広いでしょ?」

「ん? ああ~そうだな。あいつを拾った後に越した家だしな」

「私、今、借りてる部屋が狭いの」

「? 狭かったか。むしろ、広」

「狭いの」

「お、おおぅ……」


 これ以上ない程の微笑。周囲で聞き耳をたてている魔法使い達が、自然に後退。

 俺の本能も全力で警報を発してやがる。今のイネに逆らうのは、馬鹿野郎のすることだ。機嫌をそこねたら、大陸の果てまで跳ばされかねねぇ。

 震える身体を叱咤し、目で先を促す。


「だから、あの子が首府へ行ったら、あんたの家に同居させてもらいたいなーって」

『!?!』

「あん? なんだ、そんなことかよ。別にいいぜ。俺の家の方が、組合まで近いしな」

『!!?!』

「ありがと。その代わり、一週間の内、三日間は私が料理してあげる」

『がはっ!!!!(血を吐き、倒れる多数の魔法使い達)』

「……おい、残りは俺かよ」

「馬鹿ね」


 さっきの微笑とは丸っきり異なる、楽しそうな笑み。珍しく、両手で吠え杖をつき、俺を見つめる。

 周囲の観衆達が杖を取り出し、俺へ向け魔法を紡ぎ始める。おい、命知らず共、止めろ。ここに誰がいる思ってやがる。


「残りの四日は、あんたと一緒にすればいいでしょ? あ、家賃は2:8ね」

「あえて聞いてやろう。8は誰だ?」 

「勿論――魔導七杖を『興味ねー』と一言で蹴り飛ばした何処かの誰かさん。当然、食費その他もそっち持ちね★」

「……昔は、天使か妖精、かと思うくらい可愛かったんだがなぁ。何時の間にか、尻に黒い尻尾を生やしちまって」


 思わず目を覆い、涙を拭う。

 人生とは、どうしてこうも残酷なのか。嗚呼、あの頃の純粋無垢な少女は何処!

 右袖を引っ張られた。少しだけ不安そうな声。


「あんたは……リストは、昔の私の方が好き?」

「ん? いんや。昔のイネも、今のイネも、イネはイネだしな。いいんじゃねーの。組合でバリバリ、働いてるお前は楽しそうだし」 

「――そ。なら、いいわ。で、どうするの? 受けるの? それとも、破門計画を発動する?」

「……悩ましいな」

「悩まないでくださいっ! 受けるに決まってるじゃないですかっ!! とうっ!!!」


 二階から怒声。馬鹿弟子がこちらを見つつ、跳躍。あー……。

 ひらり、と降り立った少女は、俺とイネとの間に割り込み、両手を広げ、受け付け内を睨みつけた。


「イネさん! 私がいない場で、お師様を誘惑するのは、協定第三規則違反ですよっ!」

「誘惑なんてしてないもの。ただ」

「ただ?」

「何処かの、色気の欠片もないお子様下着を履いているおチビさんを、首府へ追い――未来を思って、行かせる方法を教えていただけ」

「!? ……お師様」


 ようやく気付いたらしい少女がスカートを押さえる。

 ……遅いっての。

 ぽん、と頭を叩き、肩を竦める。


「気にするなって」

「気にします! いいですか? わ、私の本気のは、あんなんじゃありませんからねっ!!」

「そっちかよ。イネ、話だけは聞いて来るわ」 

「了解。あ、もしも請けるようなら」

「ん? お??」

「あーあーあー!!!」


 ぐいっと、イネに腕を掴まれ、身体を引かれた。

 耳元で囁かれる。


「(何時もと同じで、旅先から手紙を書いてね? あと、いない間は、家使っていい?)」

「(分かった、分かった。お前も、変わらねぇなぁ)」


 ぽんぽん、と頭を叩き、離れる。

 ――はっ! 殺気!! 身体を捻る。

 躱せたのは奇跡に近かった。脇を掠める光速の拳。魔法士のローブが若干焦げ付く、ひぃ。


「……ちっ。逃しましたか」

「おい、馬鹿弟子。い、今のは、洒落にならねぇぞ!?」

「黙ってください、この浮気者っ! 浮気は大罪なんですよっ!! イネさんもですっ!!!」

「「浮気なんてしてない」」

「うぐぐぐっ……こ、これが、幼馴染の力、というやつですか。手強いっっ。ですが、私は負けませんっ!! 私とお師様の真実の愛の前では」

「おーし、行くぞ、馬鹿弟子。それとも、首府へ」 

「行きません! お師様、待ってください!!」

 

 自分の世界に行こうとしたアーデを止め、入口へ向けて歩き出す。すぐさま、左腕を捕獲された。力一杯はやめぃ。

 出る前に、イネと視線が交差。

 軽く手を振ると、ツンとし、視線を逸らした。手を見ると、少しだけ手を振っている。ま、どっちみち、後で報告はしねーとな。

 さてて、どんな依頼なんだか。

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