第22話 セックスが気持ちいい物だと知ってしまって。

 セックスが気持ちいい物だと知ってしまって。

 あたしは…海くんとも、ちゃんとしたいと思った。

 だけど、それには…

 お互いの精神的な物を…ストレスを…取り除かなくちゃならない。



「海くん…入っていい?」


 書斎のドアの前で声をかけたけど…返事がない。

 ゆっくりとドアを開けると…海くんは、机に突っ伏して眠っていた。


「……」


 疲れてるよね…

 昨日、遠くの現場から帰って来てすぐ、また違う現場に行って…

 今も、こうして目の前にはたくさん書類みたいな物があるし…



 …あたし…

 本当に自分勝手だな…

 海くんがこうやって働いてるのに…どうして、あたしと出来ないの?って…そればかり。

 海くんを責めて、他の男と寝て…それを悪い事とも思わないなんて…



 …海くんは優しい人だ。

 もしかしたら、今も紅美ちゃんを想ってるかもしれない。

 だけど、それはきっと誰にも言わないし悟られないようにすると思う。


 あたしのために…。

 あたしと、進むために…。



「…海くん。」


 肩に手を掛けて、海くんを起こす。


「…あ…ああ…寝てたか…」


 ゆっくりと起き上がった海くんは、眠そうに髪の毛をかきあげて。


「どうした?…眠れない?」


 時計を見て、言った。


「……一緒に…寝てくれる?」


「……」


「何もしなくていいの。ただ…一緒に眠りたいの。」


「…いいよ。」


 これ以上…海くんの負担になりたくない。

 そう…思った。



 一緒にベッドに入って、海くんはあたしをゆっくり抱きしめて。


「…おやすみ。」


 額にキスしてくれた。


「…おやすみなさい。」


 本当は…こうしてるだけで、身体が疼いた。

 抱かれたい…

 海くんに、抱かれたい…



 だけど、本当に…もう、自分に呆れた。

 このままじゃ、海くんは壊れてしまう。

 本当に…壊れてしまう。

 あたしが…壊してしまう。



「海くん…」


「ん?」


「あたし…」


「うん。」


「…海くんが留守の間に…男の人と寝た。」


「……」


「……」


「……」


「……どうして、何も言わないの?」


「…俺に、怒る資格はあるんだろうかと思って。」


「それを取り払った気持ちだと、どうなの?」


「怒ってる。」


「……」


「…でも、朝子がそうしたくなる気持ちも……」


 そう言って…海くんはあたしから離れると、背中を向けた。


「…あたしがそうしたくなる気持ちも…何?」


「……ちょっと、頭冷やして来る。」


 海くんはそう言って、ベッドから出て行ってしまった。


 …あたし、なんて残酷なんだろう。

 海くんは…きっと自分を責める。

 分かってるのに…

 疲れてる所に追い打ちをかけるように、そんな酷い事を言って…


 途端に、罪悪感が湧き始めた。

 初めてかもしれない。



 あたしは寝室を出て、窓から外を見る。

 海くんは…ベンチに座って…

 …泣いてた。

 声を押し殺して…下を向いて…



 あたし…


 本当に、最低だ…。




「…ごめんなさい…」


 海くんが戻ってきてすぐ…あたしは謝った。


「……」


 海くんは小さく溜息をついて。


「…ごめんな…」


 小さくつぶやきながら、ベッドに入った。


「傷付けて…苦しめて…ごめんな。」


「…海くん…」


 これ以上…

 こんな海くんを見たくない。


 あたしは…


「…海くん…お願いがあるの。」


「…何…」


「…婚約…解消させて…?」


「……」


 海くんはゆっくりとあたしを見て。


「…どうして。」


 低い声で言った。


「もう…耐えられないの…」


「……」


「女として見られてないって…毎日地獄みたいな気持ちになるの。」


「……」


 海くんは伏し目がちに…肩を落とした。


「もう…傷の事はいいの…」


「でも」


「いいの。」


「……」


「近い内に…日本に帰るわ。」


「…どうしても、ダメなのか?」


「もう、無理。気が狂いそう。」


「……」


 あたしの即答に、海くんは目を閉じて溜息をついた。


「日本に帰るとしても…もう少し、ちゃんと考えて欲しい。」


「…海くんがいない三日間、すごく…気分が楽だった。」


「……」


「それだけで…答えが出てる気がするでしょ…?」


 あたしは…

 次々と、酷い言葉を吐き出した。

 そのたびに、海くんは目を閉じたり溜息をついたり…

 自分を責めるような事も言ってたけど…

 あたしは…思った。


 早く…解放してあげなきゃ。って…



 あたしは…海くんみたいに優しくないから…傷付けずに、別れるなんてできない。

 こんな事を言われても、あたしを守ろうとする海くん。

 いい加減…気付いてよ。

 あたし達は、一緒にいちゃダメだ、って。



「…俺も…二週間ぐらい帰れるように、調整してみる。」


「一緒に帰ったって、何も変わらないわ。」


「…朝子、そんなに簡単な問題じゃないんだぞ?」


「どうして?続けるか、別れるか、だけでしょ?」


「……」


「もう、無理なの。」


 あたしはベッドを降りて、自分の寝室に入る。



 …酷い言葉を並べて…

 海くんを解放してあげたい。

 そう思ってたはずなのに。

 あたしは…

 自分が解放された気分になっていた。



 …いつから…

 いつから、あたし…

 海くんに対して…愛より、憎しみの方が大きくなってたんだろう…。




 一緒に帰国しようとしてくれた海くん。

 だけどあたしは、我儘を言って先に一人で帰国した。


 二階堂に帰ってすぐ…あたしは両親に婚約を解消したいと言った。


「な…」


 当然だけど、両親は途方に暮れた。


「朝子…どうして…」


「やっぱり…あたしには向いてないって分かったの…」


「向いてないって…何が?」


「二階堂で働く人と、結婚するって事が。」


「……」


「彼は…トップに立つ人だし…仕方ないとは思うけど…擦れ違いばかりで、一人でいると気が狂いそうになるの。」


「朝子…でも…」


「…顔に泥を塗るような事して…本当にごめんなさい…」


「…坊ちゃんが帰られてから、ちゃんと話し合おう。」


「…あたしの気持ちは…変わらない…」



 それから…あたしは両親と一緒に、海くんのご両親を前に…三つ指を立ててお詫びした。


「ちょ…ちょっと、みんな、顔を上げて。」


「いえ…坊ちゃんのサポートをするどころか…迷惑ばかりをかけてしまって…」


「本当に、すみません。」


「沙耶くん、舞、頼むから、顔を上げて。」


「どうお詫びをしたらいいか…」


「そんな事言わないで。元はと言えば、海が勝手に渡米を決めて先延ばしにしたせいだから…」


 色んな声が飛んで。

 だけどあたしは…顔を上げないまま…一言も発しなかった。


 …今になって…

 海くんは、何も悪くない。

 そう…思った。



 あたし、本当に世間知らずだった。

 許嫁という約束だけを信じて、海くん以外の男性には目もくれず…純粋に…あの人のお嫁さんになるんだ…と。


 昔から、優しい人だった。

 大好きだった。

 その、大好きだった人を…あたしは…


 憎んだ。



「…朝子。」


 それまで、ずっと無言だった…頭の環さんが。

 あたしを…呼んだ。


「……はい。」


 ゆっくり、顔を上げる。


「きっと…ここでは言えないような事もあるんだろう。単純な理由だけじゃないと思う。でも、一つだけ…聞かせてくれ。」


「……」


「海を、助けた事を…後悔してるか?」


 その言葉に…

 あたしは、ひどく体が震えた。


 …後悔?

 助けた事を?

 ううん…後悔なんかしてない…

 …でも…


 あの時、あたしが助けなかったら…

 あたしの顔に傷が残らなかったら…

 海くんは、あたしを選ばなかった…

 あたしは、海くんに片想いをしたまま。

 いずれ、もしかすると紅美ちゃんと結ばれるのを知って、打ちひしがれて…泣き崩れて…


 そんな未来があったのかもしれない。



 だけど…


 ここまで…憎む事はなかったかもしれない。



「…後悔…してるかもしれません…」


「朝子…!!」


 隣に居た母さんに、頬を叩かれた。


「舞、やめなさい。」


「でも…っ……すみません…本当に…すみません…」


 母さんは畳に額をこすりつけるようにして…謝り続けてる。



「あたしの顔に傷が残らなければ…海くんは…慌ててあたしと婚約なんかしなかったと思います。」


「……」


「夢を追って向こうに行ったのに…あたしは…彼のお荷物になってしまいました。」


 あたしの言葉に…誰も、何も言わなかった。

 二階堂は、本当に…特別な任務ばかりで。

 だからこそ…プライベートは充実しているか…もしくは、何もない状態が望ましいとされる。

 何もできないあたしが…その大変さを解ろうとしたって…限界がある。


 最初から…あたし達は、釣り合わなかったんだ。




 一人になりたくて…夜の公園に出かけた。

 一応…海くんが帰って来てから、ちゃんと話し合おうって事になったけど…両親は、酷く落ち込んでる。

 現場から帰って来た兄は、話を聞いて呆然としてたけど…


「朝子と坊ちゃんの関係がどうなろうと、私達と二階堂との関係は、これまでと変わりません。」


 相変わらず…凛とした声で両親にそう言って。


「朝子、これからの事を考える余裕が出来たら、少し話そう。」


 あたしの頭を撫でてくれた。



「……」


 夜空を見上げる。

 海くんは…あさって、帰国するらしい。


 …あんなに好きだったのに…今は、顔を合わせるのも辛い。

 出来る事なら…このまま二階堂から出て行きたい…



 涙がこぼれた。


 あたしは、あの中で生まれ育って。

 いわば箱入り娘で。

 そんなあたしが、あそこから出て…一人で生活なんてしていけると思う?


 情けなくなった。

 本当に、何もできない自分に…嫌気がさした。

 研修を辞めた時、海くんに『やめるのか?』って聞かれたっけ。

 …本当は、みんな…何があっても頑張ってるんだよね。

 あたし、甘え過ぎてる…



「…はい。」


「……」


 突然…目の前に現れた人に、タオルを差し出された。


「あ…」


 慌てて、下を向く。


 何…この人…

 あたしが泣いてるの、ずっと見てたの…?


 タオルを受け取る事なく、あたしはうつむいたまま。

 だけど…


「明日、時間あったら来てくれないかな。」


 目の前に…チケットが差し出された。


「…あなたは…?」


 少しだけ顔を上げて、その人を見る。

 …何か、楽器みたいな物を担いでる。


「俺は、アズマ・エイ。」


 …知らない人…だよね?


「…どうして…あたしに…?」


「前にここで会った時も泣いてた。」


「……」


 …前に…ここで会った?

 いつの話だろう…



「ただ、君に元気になって欲しいだけだよ。朝子ちゃん。」


 名前を呼ばれて、あたしは…ちゃんと顔を上げて、その人を見た。


「…どうして…?」


「名前を知ってるか?」


「……」


「ふっ。そうだよな。気持ち悪いよな。」


 その人は小さく笑うと。


「去年の春、あの辺で君が自転車ですっ転んでさ。」


 少し左前方を指差した。


「荷物が散らばって、私物が見えた。」


 …そんな事…あったかどうかも思い出せない…

 去年の春…?


「泣いてた。」


「……」


 …海くんが…渡米するって聞いて。

 毎日泣いてた頃かな…


「あの時からずっと、また会えたら…って思ってた。」


 差し出されたままのチケットを…手にする。

 BEAT-LAND Live alive…

 聞いた事があるような…


「俺、明日それの二番目に出んの。」


「…音楽は、あまり…」


「なら、なおさら。」


「え?」


「一年経っても泣いてるようじゃ、何も変わってないんじゃねーの?」


「……」


「明日、待ってる。」


 その…アズマさんは。

 あたしに手をヒラヒラとさせて…歩いて行った。


 …随分ハッキリ言う人だな…

 何も変わってないんじゃねーの?

 …変わったわよ…

 悪い方に。


 …それなら…


 少しは、這い上がるために…変化を求めなくちゃ…。





「……」


 あたしは…その場違いな雰囲気に…尻込みした。

 チケットをもらって、コソコソとやって来たライヴ。

 大きなビルのロビーには、華やかなお花がたくさん飾られてて。

 それだけで、今日はここで大イベントが開催されるんだ…って思った。


 受付でチケット番号を確認されて、名前の記入、持ち物検査があって。

 携帯やカメラを持ってる人は預ける事になっているようだった。

 あたしは携帯を持ってないから…特に難なく会場に入れた。


 帰ろうかな…なんて思ったけど…

 変化を求めたいとも思ってたあたしは、意を決して自分の席についた。



 当然だけど、周りに知った人はいなかった。

 小さなテーブルも用意されてて、飲み物も自由に飲めるし…軽い食事も出来るようになっていた。

 …ライヴって、もっと違うイメージだった。


 すごいな…



 しばらくして、会場の明かりが落ちた。

 始まるのかな…?


『BEAT-LAND Live alive…Ten,Nine,ignition sequence start』


 …少し…緊張して来た…

 アズマさんは、二番目だって言ってたよね…


『Six,Five,Four,Three,Two,One,all engine running,Lift off!!』


 その瞬間、幕が落ちて…飛び跳ねた三人…の…真ん中に…


「…紅美ちゃん…」



 思いがけず紅美ちゃんの姿を目にして…あたしは呆然とした。

 そして…釘付けになった。

 なんて…

 なんて、キラキラしてるんだろう…。



 メンバーの中には…見た顔がいた。

 ずっと紅美ちゃんにベッタリだった、沙都くんがいる…

 温泉も、一緒に行った事があったっけ…

 彼もまた、眩しいぐらい…キラキラと輝いていた。



「……」


 あんなに…憎いと思ったのに…今は、羨ましいと思う。

 紅美ちゃんは…もう、海くんの事は忘れたの?

 もう、次に進んでるの?

 夢中になれる物があれば…人生はこんなにも変わるの?


 釘付けになったまま、二曲が終わって。


『次が最後の曲です。Beyond the sea』


 …紅美ちゃん…

 最後の曲を聴いて…確信した。

 紅美ちゃんはまだ…海くんの事…好きだ。

 ハードな曲なのに…あたしには、すごく優しいラヴソングに聴こえた。


 時々目を伏せて歌う紅美ちゃん…

 …何を思い浮かべてるの?

 聞きたくなった。



 紅美ちゃん達のステージが終わって。

 ギターの人が客席で人を殴るというパフォーマンス?があったりして…

 すごく盛り上がったステージの後…アズマさんのバンド、やりにくくないのかな…?なんて思った。



 だけど…

 まずはスクリーンに映し出された、今より少し若い…アズマさんの姿。

 その映像の一曲が終わると…


『Thanks for coming!!』


 ボーカルの人の声と共に…演奏が始まった。


「………うわ…ぁ…」


 つい…小さく声が出てしまった。

 あたし…音楽には…本当、全然詳しくないし…興味もなかったけど…

 そんなあたしが、簡単に引き込まれてしまうぐらい…

 アズマさんは、すごかった。


「うっわ~…映ちゃん、やるなあ。」


 近くから、そんな声が聞こえてきた。

 有名な…人なんだ…


 二曲終わった所でメンバー紹介があった。

 紅美ちゃんのバンドはそれがなかったから、他の二人が分からなかったけど…

 このバンドは、ドラムが『朝霧』さんだった。

 沙都くんのお兄さんかな?

 だとしたら、渉さんの…甥っ子さん達。



 こんな世界があるんだな…って。

 改めて思った。

 あたしはずっと、二階堂の中で生きてきて…

 その中でも、落ちこぼれで…何もできなくて…

 普通の女の子としても、落ちこぼれだ。

 今日のこれも、普通の世界じゃないけど…すごく勉強になった気がした。


 夢を持つって…

 追いかける物があるって…

 すごいな。



『ありがとう!!』


 最後の曲が終わって、あたしは席を立つ。

 もう…十分いいものを見せてもらった気がした。

 アズマさんもだけど…

 …思いがけず、観れた…紅美ちゃんの姿。

 あたしも…頑張らなくちゃ…

 そう、思わされた。



「朝子ちゃん。」


 帰ろうとしてロビーに出ると、声をかけられた。

 振り向くと…アズマさん。


「ど…どうして…?」


「分かるよ。自分が用意した席が空いたら。」


 ステージの最中、何度か目が合ったような気がしてたけど…本当にこっちを見てたんだ…?



「…すごかった。チケット…ありがとう。」


「今からもっとすごいのがあるのに、帰るんだ?」


「……」


「何か用がある?」


 アズマさんは、少しあたしに近付いた。


「…こんな世界が…あるのね…」


 あたしは、足元を見ながらつぶやく。


「こんな世界とは?」


「…夢みたいな世界…。」


「三食食って、風呂入って寝る。同じじゃないのか?」


「大雑把な事言うのね。」


 アズマさんて…不思議な感じの人だな…。



「…俺、まだ出るからさ。」


「え?」


「居て欲しい。」


「……どうして、あたしに?」


「元気になって欲しいから。」


「音楽で?」


「なるよ。」


「……」


 あたしは…いつも隠してるつもりの右の頬の傷が見えるように、顔の半分を隠してた髪の毛を…耳にかける。



「…この傷のおかげで、手に入れた物と…この傷のせいで、失くした物があるの。」


「……」


「あたし…醜いわ…苦しくて仕方がない…」


「……」


 引いちゃうよね…こんな話。

 無言になったアズマさんの足元を見たまま、小さく笑おうとすると…


「え…っ。」


 いきなり…アズマさんが、あたしの傷に触れた。


「よく分からないけど…」


「……」


「手に入れた物が大事なら、苦しくても諦めんなよ。でも、失くした物の方が大事だと思うなら、手に入れた物を手放す勇気を持ってもいいとは思う。」


 なんなの…この人…


「……そんな事…考えるだけで…逃げ出したい…」


 何も知らないクセに…って思うのに…


 アズマさんの言葉が痛くて…涙がこぼれた。


「じゃ、逃げればいい。」


「…え…」


「逃げればいーじゃん。顔の傷なんかより、心の傷の方を気にしろよ。」


「……」


「一人で逃げ出せないなら、俺が連れて逃げてやる。」


 この人…何?

 どうしてあたしの事…そんなに…



「……あたし、あなたの事…知らない…」


「俺は去年からずっと気になってた。」


「……」


「まずは、俺んとこに逃げて来ないか?」


 この人…

 おかしいよ…

 まだ、二度会っただけでしょ?

 そんなあたしに…何でそんな事言うの?



「とにかく…」


 アズマさんはあたしの手を取って。


「最後まで観ようぜ。俺の出番以外は隣にいるから。」


「……」



 隣にいるから。

 そう言われて、あたしは客席に戻った。

 アズマさんの『隣にいるから』は。

 自己嫌悪に苛まれて、自分の持ってる小さな世界でさえ迷ってるあたしに、何だか…ホッとする瞬間をくれた。


 …おかしな人。


 あたしの何も知らないはずなのに。

 まるで、何をも知ってるみたいに。



 それから…色んなバンドの説明を隣でしてくれたアズマさん。

 そして、時々『行って来る』ってステージに出て…たくさんの拍手を受けて戻って来て。


「あれ、うちの親父。」


 って、ステージでギターを弾いてる人を指差したり…

 よく分からないのに…

 すごく…楽しかった。

 顔の傷も、隠さなかった。

 アズマさんは、時々あたしにちょっかいを出しては。


「おら、笑え。おらおら。」


 なんて…


 あたし…



 笑えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る