第17話 BEAT-LAND Live alive 2

 〇朝霧沙都


 ノンくんが曽根さんて人と殴り合いをした。

 本当なら、大騒ぎになってもいいはずなのに…なんで笑いが起きたりしたんだろう?

 ノンくんが笑ってたから?


 後で沙也伽ちゃんに聞いたら、例のゴシップをリークした男らしいよ、って。

 でもさ…そんな人を招待して、殴って、仲良くするって…

 僕は無理だなあ…



「あ、始まるね。」


 僕と紅美ちゃんは、さっさと着替えて席についた。

 だって、次は希世ちゃんのバンド『DEEBEE』だから。


 僕は…このDEEBEEのベーシスト、映ちゃんを目標にしてる。

 本当に、不思議なベースを弾く人なんだ。

 まるでギターだよね?って言いたくなるって言うか。


 曲によって、淡々と単調なベースラインを弾く事もあれば…

 何弾いてんの?って複雑なメロディを弾いてる曲もあって…

 ベーシストは必ず、映ちゃんに魅了されると思う。



 スクリーンに映し出されてたデビュー当時のDEEBEEが消えて。

 希世ちゃんのカウントから…一曲目が始まった。


「うわ…この曲からやるんだ…」


 紅美ちゃんが、予想外だった!!って顔をした。


「あっ、始まっちゃった。」


 沙也伽ちゃんが少し遅れてやってきて。


「うん。たった今。」


「希世、頑張れっ。」


 僕の隣で、指を組んだ。

 そうしてると、口元を冷やしながらノンくんが来て。


「俺、あっちで見てる。」


 殴り合った人の所に行ってしまった。



「うわ~…相変わらず映ちゃんのベースすごいや…」


 身震いした。

 本当…カッコいい…!!



 そして二曲目…


「…あれ?新曲かな。初めて聴くね。」


「ほんとだ。珍しいね…バラードってあまりないよね。」


 きれいなアルペジオ。

 詩生くんが、ゆっくりと歌いだして…


「…これってー…」


 ラブソングだ…

 ここ数年、DEEBEEにはラブソングはないと思ってたけど…


「…華月ちゃんに作ったのかなあ…」


 紅美ちゃんが、優しい顔で言った。



 確か、桐生院家はあの辺にいるよね。って、三人で真ん中辺りのテーブルを見ると…

 華月ちゃんは、両手で口を覆って、泣きそうな顔をしてた。


 …いいなあ…

 こうやって気持ちを伝えるって…

 まあ、詩生くんがカッコいいからサマになるんだけどさ…


 …僕が紅美ちゃんに曲を捧げるとしたら…

 どんな曲になるかな。


 隣にいる紅美ちゃんを見ると。


「ん?」


 紅美ちゃんは、首を傾げて僕を見た。


「…何か飲み物いる?」


「今はいいよ。ありがと。」


 ああ…

 やっぱり、僕…紅美ちゃんが好きだ。



 あれから…桜井久美ちゃんとは…会ってない。

 本当は…少しだけ気になった。

 だって、中等部の時からずっと僕一筋だなんて言われると…まるで自分みたいだって思えて。


 だけど…許せなかった。

 あの事件の事。

 紅美ちゃんみたいに…正々堂々と、よ。って。

 僕は…吹っ切れない。



 沙也伽ちゃんは、ずっとハートマークな目で希世ちゃんを見てる。

 …ははっ。

 これは…二人目が出来る日も近いかな?




 〇東 映


 俺達『DEEBEE』のステージが始まった。

 ボーカルの詩生の調子は…

 うん。

 いい感じだ。


 俺は、詩生のその日の調子でベースの弾き方を変えている。

 メロディラインに邪魔にならないように弾く日もあれば、ギターと絡むような複雑な旋律にするような日も。

 まあ、ただの俺の気分だと思われてるかもしれないけど、俺の考えでは…バンドの花はボーカルだ。

 その花を生かさないのはベーシストとして価値がない。



 …さっき観た『DANGER』に、かなり刺激を受けた。

 希世の弟…沙都。

 タッパはあるが、どこか憎めないキャラクター。

 クォーターの朝霧三兄弟の中で、一人だけハーフのような顔立ち。

 それだけでも十分武器なのに。

 …上手くなった。

 そして、ステージングも良かった。


 ライヴ経験が少ないのに、よくあそこまで仕上げたと思う。

 …かなり練習したんだろうな。



「……」


 チケットを渡した相手…朝子ちゃんは、ちゃんとその席に座ってくれていた。

 まさか会えるとは思ってなかったけど…

 俺は、去年の周年パーティーのチケットも、彼女の分を用意していた。

 もし、偶然会う事ができたら、と。

 その偶然は今年やって来た。

 …奇跡だよな。



 ただ、俺の用意した席だと分かる場所が空席だと、色々うるさい輩がいる。

 だから、今年の席は少し控え目な…目立たない場所。

 俺は時々そこに視線を向ける。



「……」


 最後の曲が終わって。

 全員でステージの前に立って歓声に応えた。

 それが終わると、俺はステージを駆け下りた。


 いや、まだ帰るには早いだろ。



「朝子ちゃん。」


 ロビーに出て声をかけると。

 朝子ちゃんは驚いて振り返った。


「ど…どうして…?」


「分かるよ。自分が用意した席が空いたら。」


「…すごかった。チケット…ありがとう。」


「今からもっとすごいのがあるのに、帰るんだ?」


「……」


「何か用がある?」


 少し距離を詰めて言うと。


「…こんな世界が…あるのね…」


 朝子ちゃんは、俺の足元を見て小さくつぶやいた。


「こんな世界とは?」


「…夢みたいな世界…。」


「三食食って、風呂入って寝る。同じじゃないのか?」


 俺の言葉に朝子ちゃんは。


「大雑把な事言うのね。」


 そう言って、小さく笑った。

 そして。


「…紅美ちゃん、キラキラしてた…」


 思いがけない名前が出て来て、俺は目を丸くする。


「紅美と知り合い?」


「うん…昔から、知ってる。」


「なんだ…世間て狭いんだな。」


「…そうね…」


 口元は少しだけ笑うんだけど…相変わらず視線は俺の足元。


「…俺、まだ出るからさ。」


「ん?」


「居て欲しい。」


「……どうして、あたしに?」


「元気になって欲しいから。」


「音楽で?」


「なるよ。」


「……」


 伏し目がちな朝子ちゃんは、不意に…右側の髪の毛を、耳にかけた。

 ずっと半分隠れたままだったみたいな顔が見えて、そこに傷が見えた。


「…この傷のおかげで、手に入れた物と…この傷のせいで、失くした物があるの。」


「……」


「あたし…醜いわ…苦しくて仕方がない…」


「……」


 俺はそっと朝子ちゃんの傷に触れる。


「え…っ。」


 すると、朝子ちゃんは初めて顔を上げて俺を見た。


「よく分からないけど…」


「……」


「手に入れた物が大事なら、苦しくても諦めんなよ。でも、失くした物の方が大事だと思うなら、手に入れた物を手放す勇気を持ってもいいとは思う。」


「……そんな事…考えるだけで…逃げ出したい…」


 朝子ちゃんの目から、涙がこぼれた。


「じゃ、逃げればいい。」


 俺はそれに、笑顔で答える。


「…え…」


「逃げればいーじゃん。顔の傷なんかより、心の傷の方を気にしろよ。」


「……」


「一人で逃げ出せないなら、俺が連れて逃げてやる。」


「……あたし、あなたの事…知らない…」


「俺は去年からずっと気になってた。」


「……」


「まずは、俺んとこに逃げて来ないか?」


 朝子ちゃんは、信じられない。って顔をして俺を見る。

 俺だって…

 学生証だけで想い続けた女に…よく言うもんだな。って自分で思った。


「とにかく…」


 俺は朝子ちゃんの手を取って。


「最後まで観ようぜ。俺の出番以外は隣にいるから。」


 客席に戻った。



 そして、朝子ちゃんは…最後まで、見届けて。

 泣いてたけど、笑顔だった。




 〇二階堂紅美


 …ヤバい。

 本当に、ヤバい。



 あたしは今日、すごくすごく、たくさんの感動を味わった。

 まずは…自分達のステージ。

 カプリでしか経験のなかったライヴを…

 こんな大きなイベントのトップに出来て。

 もう…体中が震えたけど…


 …楽しかった!!

 すごくすごく、楽しかった!!



 右を向くと沙都がいて。

 左を向くとノンくんがいて。

 後ろには、沙也伽がいて。

 あたし達、ほんっと、サイコーだった。



 それから…まさかノンくんが。ってビックリしたけど。

 曽根との殴り合い。

 何してんの!?って、目が点になっちゃったよ。

 驚いたけど…まあ…イベント自体、サプライズみたいな物だったからね。


 でも…

 あんな仕打ちを受けたのに…殴り合って許せるなんて。

 …男同士っていいな…

 って言うか、ノンくんと曽根だ…曽根さんだから、なのかもしれない。



 それから…DEEBEEがうずうずするような、かっちょいいステージを見せ付けてくれて。

 ゲストの男性アイドルグループが出て来て。

 中堅バンドさん達が出て…

 懐かしい映像もたくさん流れて。

 伝説の映像と言われてる、アレも流れた。



 そして…


『Deep Redが待ち切れない?まだ聴かせないぜ‼︎』


 ちさ兄の、ドSなシャウト。

 F’sは朝霧真音さんと島沢尚斗さんも所属してたけど、数年前に脱退。

 今は、映ちゃんのお父さん、アズさんがメインのギタリスト。

 ちさ兄がサイドギターを弾きながら歌ってるんだけど…

 これがまた…かっこいい‼︎

 そのF’sで発狂しそうなほど盛り上がった後に…


 …Deep Redの登場。


 もう…これは…

 感動を通り越した。

 涙が止まらなかった。

 高原さんをはじめ…

 Deep Redサイコー!!

 ヘルプ参加してた面々も、みんなサイコーだった!!



 そして…高原さんの…


『今回、俺の後ろで弾けって誘われなかったってへこんだ奴。別におまえらが下手だったわけじゃない。こいつらが上手かっただけだ。』


 …笑ったなあ。

 そりゃあ、高原さんに誘われたら…って、みんな夢は見ちゃうよ。

 だけど、ステージに立った面々には、みんな納得だった。

 だって、本当に…すごく上手かったし、カッコ良かったもん!!



 でもって…

 その興奮の後にやりにくいであろう…SHE'S-HE'Sは…

 圧巻だった。

 もう、ずっと鳥肌がたちっぱなし。

 父さん、まるで別人だ!!って思ったし…

 知花姉なんて…

 普段桐生院で見る、のほほんとした知花姉が…!?って。

 つい、本人かな?って何度も疑っちゃうぐらい…

 きれいだしカッコいいし…



 とにかく…

 ここもまた、サプライズと感動で、涙が出まくった。



 その後。

 まさかの、セッション大会!!

 超…超超豪華で…

 倒れそうなほど興奮した。


 この会場にいた全員が、きっと…眠れない。

 だって、アドレナリン出まくったもん!!



 あたしは、気付いたら、沙都と抱き合って。

 ノンくんとも抱き合って。

 沙也伽とも抱き合って。

 いつの間にかそばにいた、DEEBEEの面々とも抱き合って。

 ついでに、曽根さんとも抱き合ってしまった。



 もう、でっかい花火が打ち上がった感じ。

 …燃え尽きちゃったよ…



 身内と招待客しか入れない、厳戒態勢での大イベントは。

 無事終わった。

 あたしの口からは、多くは言えないんだけど…



 こんな事ってあるんだ。

 そう思った一日だった。





 愛だね。



 愛、以上だね。

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