第24話 天野川理子

 少しだけ私の話をしよう。私の名前は天野川理子。この世界では苗字は珍しいので基本的に『天野川』の家名は名乗らず、リコで通している。もっとも社会的地位が確立された現在では名乗っても問題ないが……

 ちなみに生まれは地球で父親はマフィアのボスという厨二そのものの経歴を持つ。地球ではサーカスで曲芸師のバイトをしながら、そこそこの大学に通っていて現在は19歳。そして、ある日気付いたら異世界にいた。言うならば異世界転移というやつだ。最初は異世界と言ったら中世ヨーロッパだろとツッコミたくなったが、お菓子の世界というのも悪くない。実を言うと異世界に来てから、まだ三ヶ月でそこまで時間が経っていないのだが。

 そして色々とあって騎士団という地球で言う警察みたいな場所の部長をしている。隊長なんて聞こえは良いが、あれはただの責任者で部を仕切る部長だ。

 もっともマフィアの娘なんていう悪そのものを警察に該当する仕事に就けてしまっても良いのか疑問だが……


「リコ先輩。そちらはどうですか?」


 そして現在、電話してる相手。それはクロエだ。彼女は第三部隊の副隊長でありい、私を慕ってくれている。そして面倒な手続きを全て代わりにやってもらっている。私が無事に仕事が出来てるのは彼女のお陰と言っても過言ではないだろう。


「良い国よ。少し物価が高い気もしなくもないけど、大した問題じゃないわ」

「しかし三週間くらい前に王都からチョコレートの国に引っ越すと聞いた時はビビりましたよ……」

「王都まで電車で片道30分。仕事に支障はないわ。でも出勤は面倒なのも事実。王都から拠点をここに移そうかしら?」

「やめてください」

「冗談よ」


 しかし最初は例の殺人事件の調査で来たが、住んでみると悪くない。特に国最大級の映画館があるのが良い。さすが映画の街と言われるだけのことはある。この街で見る映画は格が違う。それを体験したら、この街から離れるというのも難しい話になってくる。


「それよりリコ先輩。ララはどうですか?」

「意外と大人しいわよ。でも目は完全に狂ってるわね」

「そうですか……ほんとに気を付けてくださいね。彼女はあれでもスックラ団長と同じ能力持ちです。なんでも剣を生み出す能力とか……」

「そうね……でも弾丸より遅いなら避けれるわね。もっとも寝首を搔かれたら、そこまでだけどね」

「えぇ……ほんとに大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないでしょ……でも、そんなことに怯えてたら彼女は救えないわ」

「ホントに身の危険を感じたら逃げてくださいね! それよりもう一人の同居人ですが……」

「心配いらないわ」

「その言葉信じますね。それでは」


 そうして電話が切れる。電話が切れたのを再度確認。そしてララちゃんが寝てるのも確認。そしたら防音のシアター室に移動。そこで私は思いっきり叫ぶ。


「ぶっちゃけ問題しかないよね!! そもそも人を殺してもなんとも思わない悪魔と同棲とか心臓吐きそうになるほど怖いわ!! ていうか絶対にララちゃんは人を殺すの楽しいと思ってるタイプよ!! 正直言って今すぐ辞表出して仕事辞めて闇に紛れてひっそり暮らしたい……」


 まぁ言うだけだが。もしも私が逃げ出したら、誰がララちゃんを助ける?

 恐らく誰も助けない。それでララちゃんは自身の欲望に身を任せて、もっと罪を重ねるだろう。だから私がララちゃんを助ける。

 バッドエンドは大嫌いだ。どんな悪人だろうが、私の手が届く範囲なら絶対にその人の人生をバッドエンドにしない。そうすると決めたのだ。最後はみんなハッピーエンドで終わるべきだ。


「逃げちゃダメよ。私」


 私は利己主義だ。だから自分の思う正義、ハッピーエンドを押し付ける。だから自分のことを正義だと思ったことは一度もない。私は悪役だ。たとえ悪になろうと周りが笑えてるならそれでいい。


「……ララちゃんのこと。心のどこかで怖いって思っちゃう時点で私って弱いな。どうしたらもっと強くなれるかな?」


 答えなんて出てこない。これは人生を費やして、やっと答えが見つかる問題だから。本当の強さっていうのは喧嘩が強いとかそういうものではない。もしも強さが喧嘩の強さなら体を鍛えれば、強くなれるから簡単だ。でも本当の強さは本質すら分からない。どんな鍛え方をすれば強くなれるのかすら分からない。

 だから強くなるというのは凄く難しい。でも、強くないと誰も救えない。


「……とりあえず体鍛えますか」


 いつもの日課通りに地下のトレーニングルームに移動する。そこで体に自分の体重の半分の重りを付ける。そしてスピーカーを押して、音楽を鳴らす。もっとも鳴るのは音階で聞いていて、楽しいものではないが。

 そして音楽が流れ始める。私はそれと同時に走る。地球で言うところのシャトルラン。距離は約20m。もっとも少し普通のシャトルランとは異なるが……


 4mくらい走ると、自分の首くらいの位置に棒が現れる。私はそれを飛び越える。正直言うと体重の半分の重りを付けた状態で飛び越えるのはかなりキツイ。そして飛び越えて着地すると次は膝の高さの棒。今度は体を反って、背中を地面に付けないようにして、棒の下を潜る。

 そして潜り終えると次は赤い線。この線を踏む前に私は飛んで、少し先にある青い線を超える。赤い線から青い線まで約6m。走り幅跳びには丁度良い。

 首の高さの高跳び、膝の高さのリンボーダンス、6mの幅飛び。これを音階が鳴り終える前に体重の半分の重りを背負って行い、壁に触る。音階が鳴り終わる前に走り終えると、足元に落ちてるボールで音楽が鳴り終わるまでリフティング。音階が鳴り終えるとボールを蹴り上げて、スタート地点に戻す。そして再び音楽が鳴り始める。

 ボールが地面に落ちる前に幅跳び、リンボーダンス、高跳びを済ませて、壁にタッチ。それからボールを足で受け止めて音階が鳴り終えるまでリフティング。音階が鳴り終えたら、再び最初から。これを体力が切れるまでいたすら行うのが私のトレーニング方法だ。


 この動作を53往復。そのタイミングでボールを取り損ねて、終わる。

 終わった時にはびっしょりと汗をかいていた。何度もやってるが、やはりキツイものがある。特に重りがキツイ。


「……記録も伸びてきたわね。でも、100は難しいかしら? まぁ100になったら重りの重さを体重の2/3にするかしら」


 しかし、また筋肉が少しついてきた。そろそろ筋肉を落とさないとダメだな。筋肉は邪魔だ。重くて動きにくくなるし、なにより可愛くない。地球で武術を教えてくれた師匠も言っていた。筋肉があるのは素人だと。本当の強者は見えない筋肉を纏うとか。もちろん私もそれは出来る。


「気化」


 とりあえず軽く筋肉を分解しておく。気化術で筋肉を分解して、分解した筋肉を全身に回す。そうすることで筋肉の重さを感じず、力だけが残る。つまり見えない筋肉を纏うことが出来る。気化術の習得には苦労したが、覚えておくと便利だ。


「さて、運動もしました。そろそろ寝ましょう」


 気付いたら夜中の三時。この世界は常に昼間だからホントに時間感覚が無くなる。そしてトレーニングルームを後にして寝室に行こうとした時だった、そこに長い黒髪の女の子がいた。


「帰ってたのね。リリアン」


 彼女は私の同居人。そしてララちゃんを虐めていた主犯だ。


「ただいまです。リコ」







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