第4話 魚釣りに行こう!

 私は猫という獣を殺した。ダンボール越しだったのに手は怖いくらい感覚を覚えていて、すごく気持ち悪い。そのせいで昨夜は一睡も出来なかった。


「ララ君。私の話に集中できてないようだけど、どうした?」

「すみません、まだ昨日のことが……」

「そうか。なら今日の授業はここまで。気分転換に外に出かけるといいよ」

「……え?」

「だって、こんな状態では授業にならないだろ。こういう時はリラックスだよ。お小遣いをあげるから、釣り道具を一式レンタルして近くの湖まで魚釣りをしてくるといい」

「でも……」

「それならこう思いなさい。これも授業の一環だと」

「はい」


 魚釣りか。そういえば今までしたことがなかった。

 近くに馬車で二十分くらいの場所にチョコレートの川があり、そこが釣りの名所で人気があるというのは噂程度には聞いたことがある。


「ララ君。釣りのやり方は分かるね?」

「いいえ」

「……それなら向こうでレンタルする時に聞くといい」

「あ、教えてくれないんですね」

「さすがに面倒だからね。私は常識を教えるのは嫌いだ」

「嘘です。知ってますよ。ちょっとホームズ先生に教えてもらいたくて嘘をついただけです」

「まったく……まぁ君も女の子だ。そのくらいの可愛げがあっても良いのかもしれないな」

「なんですかそれ……」

「ていうか早く行きたまえ」

「はいはい」


 私は追い出されるようにして、外に出る。貰えたのは一日バイトしたら稼げるのと同等の金銭。特段高いとは言えないが、安いとも言えないだろう。

 少なくとも釣りをしてから夕飯を食べて一回くらいダーツを投げる程度のことは出来るだろう。


「そういえば……門限を言われてない」


 ホームズ先生らしからぬミス。しかし一つ言えるには何時に帰ってきてもいいということだろう。そういえば前にホームズ先生がおかしなことを言っていた。夜になっても太陽が昇っていて、昼間と同じくらい明るいのには慣れないと。世界が暗くなるなんて、おとぎ話でしかありえない。

 それなのにホームズ先生はなんであんなことを言ったのだろうか?

 もしかしておとぎ話の存在だったりするのだろうか?


 ――もっともそんなことはどうでもいいが。


 それよりも光が痛い。お菓子の甘い匂いで頭がクラクラしてくる。そもそも考えてみたら外に出るなんて半年ぶり。人とすれ違うたびにビクッとなるし、ヒソヒソ声が全て陰口に聞こえる。

 私は気付いた時には走り出して、路地裏に駆け込んでいた。

 路地裏のちょっとした暗さに心が安らぐ。私は地面に座り込んで、息を整える。


「すぅ……はぁ……」


 今すぐに帰りたい。でもダメだ。ホームズ先生が釣りに行けと言った。これは授業の一環なんだ。辛くて当たり前。乗り越えてこそ人間的に成長出来るというものだ。逆に苦しまずして……


「やっほー。なんか大変そうじゃん。お姉さんが相談に乗ってあげようか?」

「あ……ぁ……」


 そんな時だった。背後から私は目つきの悪い銀髪のお姉さんに話しかけられた。突然のことに頭が真っ白になってパニックになる。

 この人はなに? なんで私に話しかけてくるの? もしかしてカツアゲ?


「お、お金なら……持ってません……」

「そう怯えんいで。私はルナよ。あなたの名前は?」

「……ララ……です」

「そっか。ララちゃんか。それでこんな人気のない路地にどうした?」

「その……」

「うーん。お姉さんが当ててみようか。ララちゃんは引きこもりで勇気を振り絞って外に出たけど、怖くなって我を忘れて走って気付いたら、ここにいたってところかな」

「ええ! どうして分かったんですか!」

「んー勘かな?」

「勘ですか……」

「うん。勘」


 勘でそこまで分かるなんて……この人スゴイ!

 いったいどうやったらそんなに分かるようになるのか……


「それでなんで外なんかに出たの?」

「実は……色々とあってチョコレート川に魚釣りに行かないとダメなんです」

「魚釣りかぁ……楽しそうでいいね。決めた! 私が付いて行ってあげる!」

「……いいんですか?」

「私が行きたいから行くんだ。良いも悪いもないよ」


 この人は良い人だ。私はなんとなくそう思った。もっとも少し話しただけに人間をすぐに判断するのは危険かもしれないが。


「いやぁそれとララちゃん。この町で良い宿をを知らない?」

「宿ですか?」

「そうそう。仕事でこの町に来たんだけど全然分からんくてね。出来れば超一流のマッサージ師がいるところが良いんだけど……」

「知りませんね」

「そっか~。それなら仕方ないからスマホ頼りに探すよ。色々とありがとね」

「すみません……役に立てなくて」

「気にしないで」


 それから私達は路地裏から抜け出して、馬車に乗る。そこから少しだけ揺られて私達はチョコレート川を目指す。


「うーん。馬車は嫌いだ」

「どうしてですか?」

「遅いし、振動が激しい。絶対に自動車の方がいい」

「ええ! 自動車になんて乗ったら地獄行きですよ!」

「そんなことあるわけないでしょ……」


 自動車。それは少し前に開発された乗り物で一時期流行したらしいのだが、それと同時に空からお菓子が振ってこなくなったのだ。

 もっと簡単に言うなら神を怒らせた。それ以来、自動車は法で所持と製造が禁止されて人々は馬車を愛好するようになったのだ。


「まぁ宗教問題だし、私は深く言わないけど絶対にそんなことありえないと思うんだよね」

「自動車はダメです! 自動車は!」

「はいはい」


 まったく。この人もとんでもないことを言うものだ。

 自動車なんて悪魔の開発に手を出そうだなんて……


「さて、もうそろそろ着くよ」


 そんなこんなで私達はチョコレート川に着いた。マスカットの飴で出来た芝生とココアクッキーの砂利。それに透明のダークブラウン色のチョコレートが流れる川。私は初めて見る景色に感動していた。


「それじゃあ船と釣り具を借りるよ」

「船?」

「そうだよ。浅瀬じゃ小物しかいないからね。だから船で深いところまで行って大物を釣るの。あとここら辺の水深は深いところで二十メートルを超えて、小数だけど死者が出てるらしいから気をつけて」


 それから私達は軽い注意を受けて船と釣り具を借りた。しかし最近はヌシという大型の魚が出てくるから危険らしい。それで今日は騎士団の第三部隊隊長リコが討伐に来てるとか来てないとか。


「釣りの規制はしてなくて良かったね」

「はい」

「まぁ誓約書とか書かされて少し面倒だったけどね」


 そんな会話をしながら船に乗り込み、川の中心を目指す。途中まではモールで漕いで、良い感じの場所に着いたら流れに身を任せる。

 基本的に流れは緩いので船が変なところに流されるのは稀だ。

 そんなことを思いながらイソメを竿に付けて投げる。

 すると近くに船が流れてきて話し声が聞こえる。

 

「……ねぇシオン。私は思うのよ。川釣りなのにイソメを使うのはおかしいって。イソメは海釣りでしょ」

「いや、異世界だから地球の常識は通用しないぞ。リコ。それに地球で川釣りでイソメは使えないこともないぞ」

「まぁそうだけど慣れないのよ。それと川釣りでもイソメ使えるの初耳だわ」

「おう。覚えとけ」


 それから辺りを見回すと、相当な数の船が浮いていた。一番近くにある赤い船なんか近すぎて、話し声まで聞こえる。

 恐らくここら辺にある船は全て魚釣りに来た人達のだろう。すごい人気だ……


「あの赤船に乗ってるの。無情のリコだね。隣の男は部下かな?」

「無情のリコ?」

「言ってたでしょ。ヌシ狩りに騎士団第三部隊隊長が来てるって。その人物が無情のリコ。色々な事件の犯人を淡々と捕まえて、一週間で二百二十三件の事件を解決して第三部隊の隊長を任された女だよ」

「なるほど……」

「それでその時の表情から無情のリコと呼ばれてるね」


 そんな時だった。船が思いっきり揺れた。それと同時に大樹くらいのサイズのある大ウツボが私の目の前に現れた。


「グギャヤヤヤッヤッヤヤヤヤヤヤヤヤy」


 大量の水飛沫が私にかかる。まさかヌシ……? 嘘でしょ?


「ヌシってほんとにいたのね」

「おいリコ、お前ここにヌシ討伐に来たんだろ?」

「そんなわけないでしょ。仕事をサボって釣りに行くために適当な理由付けをしただけよ」

「お前……なんてやつだ」

「まさか本気でヌシがいるなんて思わなかった。誰かの狂言だと思ってたんだけど、まぁ出たからには仕事だし討伐するしかないわね」

「助けは?」

「いらないわ」

「そうか」


 それから銀色の閃光が魚を貫いた。それから再び水飛沫。

 間もなく頭にモリが刺さった大ウツボが浮いてくる。まさかこの一瞬でモリを投げて、的確に脳を貫いて殺したというの?


「チョコレート大ウツボの異常個体ね」

「すげぇな」

「大きくて強そうだけど、このウツボは頭の骨が柔らかいのよね。だから的確に狙って脳を刺せば、少しの力でも簡単に突き刺さるわ。それとそこのお二人さん。怪我はない?」


 それからニッコリとリコさんが笑いかける。彼女の笑顔は無情のリコと呼ばれてると思えないほど可愛らしかった。また、それと同時にリコは肩ラインまで伸ばされた黒髪がとても美しい、絵に描いたような美少女だった。


「……はい」

「それにしても大きいわね。鍋にして、ここら辺にいる人たちと食べるか、それとも刺身にして振る舞うか悩むわね。でも唐揚げも美味しそう……」


 また、そんな美少女の彼女は真剣にウツボをどう調理するかだけを考えていた。

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