第2話 殺された少女

「ふむ。及第点だ」


 私はホームズ先生に昨日出された宿題のレポートを提出した。それを軽く目を通して適当に評価するホームズ先生。

 ハッキリ言って私は彼が怖い。なにを考えてるか分からないし、なにより人間の目玉を飴のように舐めまわす男だ。怖くないわけがない。しかし何故か私はそんな彼のことを知りたいと思ってしまった。彼の目にこのお菓子の国はどう映っているのか心の底から気になった。


「……ホームズ先生。質問よろしいでしょうか?」

「なにかね? 長い質問を問いかけるのは好きだが、答えるのは嫌いなんだ。長い質問に答えるというのは頭を使うからね。そして頭を使うということは……おっとこれ以上は脱線してしまうね。とりあえず私は長い質問が嫌いだ。だから要点をまとめて三十二文字以内で質問しなさい」


 この男は本当にわけが分からない。しかし裏を返せば三十二文字以内で質問すれば答えてくれると言ってくれている。彼は質問に答える気があるということだ。だから私は一番の疑問を彼に投げかける。


「あの目玉はなんですか?」

「君はなんだと思う?」

「人間の目玉……でも、もしかしたら作り物、あるいは猫などの獣の目玉かなといったところです」


 しかし不思議と私は人間の目玉でもおかしくない気がした。むしろ人間の目玉と考えた方が自然な気すらしていた。ホームズ先生は間違いなく人間を殺したことがある。それも一人や二人ではない。三桁単位だ。何故か私の中にほこのような確信があった。もっとも証拠はないが……


「想像に任せよう」

「つまり答える気はないと」

「ああ。正しくは答えられない代物だからさ。その意味で察してほしいものだ」

「分かりました」

「それはそうとララ君。君は今までに何人の人を殺した?」

「そんなの0人に決まってるじゃないですか」


 人を殺したことがある人間なんて殆どいない。仮に殺したことがあっても人に言ったりしないだろう。だから間違いなく九割近くの人間が誰も殺したことないと答えるだろう。そして一割の人間はホームズ先生みたいな偏屈な人だ。


「ほんとにそうかね? 例えば君には友人がいて、友人と待ち合わせしていたとしよう」

「はぁ……」

「しかし、その友人が待ち合わせ場所に向かう途中で運悪く通り魔に会って殺されたとしよう。そしたら私は君に責任があると思うのだよ。だって君が待ち合わせなんてしなければ、その友達は死ななかった。つまり君に殺されたと言っても過言ではないのだよ」

「そんなこといったら!」

「だから私は思うのだよ。人を殺したことのない人間など一人もいないとね」


 なんか腑に落ちない。しかし返す言葉が見つからないのも事実だ。これは適当に受け流しておこう。恐らくある程度スルーしないと彼とはやっていけない。


「そして一人殺すのも、二人殺すのも大差はない。一人殺した以上は二人目を殺しても変わりはない。そして人は絶対に誰かを既に殺している。その意味が分かるかね?」

「……人を殺すことに罪悪感を覚える必要はないってことですか?」

「そうだとも。ララ君。これだけは覚えておくといい。人殺しというのは悪いことじゃないんだよ」


 たしかに彼の言う通りなのかもしれない。もしかしたら人殺しは悪いことではないのかもしれない。しかし世間一般では人殺しは悪として扱われる。それは何故なのだろうか?


「それにララ君。君は既に殺されたようなものじゃないか」

「……私が殺された?」

「そうだとも。私は知ってるよ。ララ君がクラスメイトに虐められて引きこもりの不登校になったことは」

「だからなんです?」

「この国は知っての通り国が全ての仕事を管理していて、給料は平等で仕事もい公平に与えられる。だから不登校でも困ることはないとララ君は思っているね」

「はい」

「しかし、それは幻想だ。周りの目は冷たい。あいつは学生時代は不登校で遊んでた癖になんで真面目に頑張った俺達と大差がないんだと思う」

「そんなこと!」

「考えてみたまえ。もしもララ君が寝る間も惜しんで勉強という苦労をして、良い仕事に就いたととする。しかしそこに学校にも行かずに適当な女の子を口説いて、セックスしかしないで生きてきた人間が入ってきたとする。しかもそいつと同じ仕事が与えられて、給料も同じ。それはイラっとするだろ?」


 セックスなんてストレートに言うな! はしたない!

 まぁそんなことを言ってもこの男には意味がないのでスルーするが……


「そうですね……イラっとしますね。なんで頑張ってきた私が不真面目な奴と同じなんだ。真面目にやってきた私が馬鹿じゃないかと」

「そうだとも。それに不満を覚えて一般的な人間は虐めという私刑を行う。その結果として、自殺という道を選ぶ。学生時代遊んで暮らした人は周りから妬まれ、言葉の刃で殺されるのさ。つまり不登校の末路は死だよ」


 つまり私は死ぬ? 就職しても虐めは終わらない?

 そんなのって……


「だからハッキリ言おう。ララ君は既に死んでいる。クラスメイトに殺されたんだよ。君は虐められた。だから夢も希望もない人生を歩むしかないのだよ」

「そんな……」


 私の目の前は真っ暗になった。これから先も虐めが続く。その事実が辛かった。昨日の私ならそれは耐えられた。なんといっても自殺を考えていた人間だ。だからどうせこの先も虐められて惨めに終わるのだろうと思った。しかし、私は昨日ホームズ先生に殺されかけて生きたいという本心を知った。

 だからもう少しだけ生きようと思った。しかし、そんな決意をした時に聞かされたのは暗い現実だ。そんなの……あんまりじゃない。

 気付いたら私は泣き出していた。


「君はもう殺されたんだよ――だから私が君を生き返らせてあげよう」

「え?」

「私は家庭教師だ。教え子に将来の道を示すのは義務だからね」


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