第7話 嬉しくない再会


「本当に家入君なの!?」


「そ、ソウデスケド」


「うそうそ、めっちゃイケメンなんですけど!!」


「あ、アリガトウ」


「髪もサラサラで、チョーカッコイイよ♪」


「お、オウ」


 今一時限終わった後の休み時間。

 俺の席はクラスの女子全員に囲まれる形となって、今やマシンガンの如く色々言われまくっている。

 正直言って怖い。

 しかも廊下にも俺を見に来ている女子がいて、その目は輝いていた。

 まさか、ここまで掌返しされるとは、思ってもみなかった……。




 遡る事、ホームルーム前。

 田中とはクラスが違うので、下駄箱で別れた。

 そして一人になって自分の教室の扉前に立った。

 二ヶ月ぶりの教室だ。

 きっと俺をいじめた奴等は、クラスで偉そうな態度で座っているんだろうな。

 一度深呼吸をする。

 俺は生まれ変わった。自信も付いているから、きっと大丈夫。

 両親だっている、田中だっている。少ないけど心強い味方が着いてくれているんだ。


「……よし!」


 俺は気合いを入れて、教室の扉を開けた。

 教室にいたクラスメイトが全員、俺の方を向くとそのまま静止してしまう。

 まるで時間が止まったようだ。

 俺はクラスを見渡す。すると、いじめた奴等がいない。というか、席そのものがないんですけど。

 どうなってるんだ?

 あまりよく状況は掴めないけど、俺は自分の席へと歩いていく。

 俺が動き出したと同時に、クラスメイト達もようやくひそひそ話をし始める。

 常人では聞き取れないだろうが、聴力が犬並みの俺には全て筒抜けだった。


「ねぇ、うちのクラスにあんな男子いたっけ?」


「ううん、いたら私速攻声掛けてるよ」


「転校生か?」


「普通転校生なら、先生と一緒に来るだろうよ」


「でもこのクラスで金髪碧眼って、家入君だけど――」


「いやいや、あのデブがああなる訳ないでしょ」


 残念だが、そのデブなんだよなぁ。

 結構驚いてくれているようで何よりだ。

 俺は自分の席へと歩いていく。

 おおっ、机が綺麗になってる!

 代わりに奴等の席がない。つまりだ、奴等転校したな?

 内心ざまぁみろって気持ちと、俺の姿を見てどういう反応を示すか見たかった残念な気持ちが半々で混ざり合っていて、何とも言えない気持ちになった。

 そんな複雑な心境の中、俺は自分の席に座る。

 その瞬間、大気が震える位に『ええぇぇぇぇぇぇえええぇぇ!?』という叫び声がクラスメイトから発せられて、俺は思わず耳を押さえてしまう。

 聴力がとんでもない俺にとっては、めっちゃ五月蝿くて辛いんですけど。


「……嘘。本当に家入君?」


「痩せるとあんなイケメンだったの?」


「え? マジ? 何かのドッキリじゃねぇよな?」


「あのデブ姿は実は着ぐるみだった……とか?」


 着ぐるみじゃねぇし!

 頑張った成果なんだって。

 まぁ太っていた頃の面影なんてこれっぽっちもないから、驚かれても仕方無いけどさ。

 しかし、めっちゃくちゃ視線を感じる。

 登校最中でも感じたけど、クラスメイト達は遠慮なく俺を凝視してきている。

 ……はっきり言って、値踏みされているようであまりいい気分じゃないな。きっと我慢していれば落ち着くだろうし、どうこう言わなくてもいいか。

 そんな視線を身体中に浴びながら座ってホームルームを待っていると、その時間を告げるチャイムが鳴った。

 同時に担任の先生が入ってきたのだが、あの担任ではなかった。


「はーい、皆静かにしてね! 今からホームルームするわよ!」


 二十代半ば位だろうか、ボブカットで笑顔が可愛い先生だった。

 身長は大体百五十前後と小柄だけど、白のシャツと濃いグレーのスーツをびしっと着こなしているから幼いとは感じない。

 むしろ明瞭な女性っていう印象を受ける。

 あれ、でも前の担任はどうした?

 俺は疑問を抱えながらホームルームをそのまま受けた。

 先生が出席を取っていく。五十音順なので、俺の出番は案外早く来た。


「えっと、確か今日から来ているのよね。家入 玲音君」


「はい」


 俺の返事を聞いて、ざわめきが起こる。

 二ヶ月ぶりだもんな、そりゃ大なり小なり驚くよな。


「はいはい、静かに! 家入君とは初めましてだったわよね。私は三週間前から赴任してきました《谷口 恭子》です。よろしくね」


「よろしくお願いします、先生。で、前の担任は?」


「ああ、彼ね。別の学校へ行ったわよ。遠い遠い所へね」


 ……何処へ行ったんだろうか。

 まぁ間違いなく俺絡みの罰という事でそうなってしまったんだろうけど、お気の毒に。

 本音は助けてくれなかった罰が下ったんだよ! だったりする。


「さっ、授業を始めるわよ! あっ、ちなみに私は日本史を教えていて、ちょうど一時限目は日本史なの。二ヶ月のブランクがあって付いてくるのは大変かもしれないけど、頑張ってね」


「はい」


 その辺は、実は問題ないんだよなぁ。

 不登校をしていた二ヶ月間、母さんのツテでよくテレビに出ている分かりやすく教えてくれる先生が、夜中に自分の部下を家庭教師として派遣してくれていたんだ。たまにその人自身が教えに来てくれて、俺はついついサインを求めてしまったんだよね。

 日中はひたすら身体を絞る為のトレーニング、そして夜は勉強。これを毎日やっていた。

 実質遊ぶ時間はないに等しかった。だけど自分で望んだ事だ、自分で生まれ変わりたいから二ヶ月も学業を疎かにしているんだ。正直しんどかったけど俺は我慢した。

 かなりハイペースでやったので、実は一学期分の予習は済んでいたりする。だから付いていけない事はないんだよな。

 おかげで問題なく一時限目は終了。予習はしっかり出来ている事が実証されてちょっと嬉しかった。

 十分間の休み時間だけど、ちょっと田中の所に遊びに行こうとした時、女子達に囲まれてしまい現在に至る訳だ。










 質問責めで休み時間全てを使われてしまい、全く休めていなかった。

 男からは羨望プラス若干殺気が混じっていそうな視線をずっと浴びていたし、精神的にも疲れた。

 だが、放課後まで我慢すればいいだけの話だ。大丈夫、我慢ならいじめの時に慣れている。この程度なら全然平気だね!

 そして何とか放課後まで乗り切ったのだった。


「お疲れ、家入。相当大変だったんだな」


「……おう。質問責めを受けた」


「お前今めっちゃイケメンだからなぁ。羨ましいぜ」


「なら、代わるか?」


「ノーセンキュー」


 放課後は田中の方から一緒に帰ろうと誘われ、俺はそれに応じた。

 クラスの女子達は何か言いたげだったけど、これ以上は付き合っていられなかった。

 今日の出来事を話しつつ、田中と家に向かって歩いていく。

 久々にトレーニングと勉強関係、家族以外の人間と話しているから新鮮で、非常に楽しかった。

 途中で恋バナになったが、どうやら田中に意中の女の子がいるらしく、照れながらその子の良さを話してくれていた。

 おおっ、活発でちょっと声が大きい奴なのに、いつもより声のボリュームが下がっている!

 その事実が大変おかしかったが、本気みたいだから応援しようと密かに決意した。

 ふと、公園で会った彼女を思い出した。

 公園で会った、前世の飼い主だった川原 絵理奈。

 きっと俺より歳上なんだろうけど、清楚だけど笑った顔が可愛かった。

 そして彼女を思い出すと、胸が熱くなる。

 前世で可愛がってくれたから、その親愛から来るものなのだろうか、はたまた。

 この感情に、まだ名前は付けられない。

 それにあの時俺の背中を押してくれた礼も言えてないな。


(また、会いたいな)


「家入、お前も好きな人いるのか?」


「えっ!?」


 絵理奈の事を思い出していると、急に田中に質問されたからビックリしてしまった。


「いや、だってお前、ちょっとぼーってしてたからさ。好きな人の事を思い出しているのかって思ってさ」


「……好きな人、かどうかはわからないけど、うん。会いたい女性はいるな」


「おおっ! 何だよ、いつの間にそういう人出来たんだよ! クラスの女子か?」


「違う。正直一度しか会ってないから、名前しか知らないんだ」


「いいねいいね、青春してるじゃん! 今のお前だったら選びたい放題じゃね?」


「……さぁねぇ」


 選びたい放題なのかなぁ。

 今の所、クラスの女子には怖い以外の印象は抱けないな……。

 

 楽しそうに恋バナをする田中に付き合う俺。

 友人の違う側面が見れて、ちょっと面白かったりする。うん、いいな。こういうのも。

 楽しく会話しながら歩いていると、絵理奈と初めて出会った公園の入り口まで来ていた。

 ここに来なかったら、俺は絵理奈と出会ってなかったんだよなぁ。


(絵理奈、いるかな?)


 歩きながらちらっとベンチを見てみると、絵理奈がいた!

 やったと心が喜んだが、次の瞬間一気に冷静になる。

 四人組の男に手を掴まれている。絵理奈はあからさまに嫌そうな顔をしていた。

 間違いない、タチの悪いナンパだ。

 俺は足を止めて田中を呼んだ。


「悪い、田中。確かちょっと先行った所に交番あっただろ。おまわりさん呼んできてくれ」


「えっ、どうし――――うわっ、綺麗なお姉さんが不良っぽい奴にからまれてるわ」


「とりあえず俺が時間を稼ぐ。頼む、呼んできてくれ」


「って、お前、あれに飛び込んでくのか!? やめとけよ、怪我するぞ!!」


「かもな。でも――」


 絵理奈をもう一度見る。

 俺の心は、決まっている。

 そして今、絵理奈に抱いた感情の名前を見つけた。


「たぶん好きだ。ああ、好きな女を守れないで、何が男だ!」


「……あのお姉さんが家入の。わかった、早く戻るからあまり無茶するなよ!」


「さんきゅ、田中」


 田中が動いたと同時に、俺の身体も絵理奈を助けに向かう為に、自然と動いていた。

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