「うわぁ...、凄い雨...........」

 今朝からザァーザァーと激しい音を立てて、雨が降っていた。元々休日なうえに外に出る予定もなかったので、朝は遅めに起きてのんびりと朝食兼昼食を食べる。


 それからのんびりと本を読み始める。本と言うか絵画集、だけど。絵は元々好きだから、時々本屋の店頭に並んでいるとつい買ってしまう。

 今回はお気に入りの画家さんの、アンジュさんの絵の新しい収集画集だ。独特な雰囲気のある絵で、風景画が多い。学生の頃から描かれてたらしい絵筆の運びは、流石と言わざるを得ない。

「生きてたら、会ってみたかったな...」

 アンジュさんは少し前に亡くなってしまった人で、その為亡くなった遺品をかき集めたような画集が頻繁に出始めるようになり、まとめ直されているというわけだ。

 それにしても...。


「凄い、雨だ......」


 窓を激しく叩きつける音。

 気付けば夕暮れ時で、でも外は雨雲のせいで夜のように暗い。俺の頭の中ではよくあるホラームービーのような映像が流れていた。

 豪雨により帰る手段が消え、閉ざされてしまった島。

 たまたまそこにバカンスに来ていた主人公一行。

 そこで起きる様々な出来事。...黒幕がヒロインで、みたいな。


 そろそろ夕ご飯の準備しないとなぁ。ゆっくりと立ち上がった時、ピンポンと軽い音が鳴る。チャイム音、か。誰だろう。

 玄関に向かう途中で、ふと頭の中の手帳に、配達予定なしの項目があるのを見つけた。律には合い鍵を渡しているし、そもそも来る前には連絡をくれる。とすると、誰になるんだろう。


 そう思うと、先程の妄想も相まって嫌な予感がしてきた。また、チャイム音が鳴る。

 俺は置いている傘に手を置いて、ゆっくりとチェーンを外して鍵を開けた。


「へ」

 意外な訪問客は、律だった。

 俺の恋人である―高槻律が、俺の目の前でずぶぬれで立っていた。しかも眼鏡姿で。

「ちょ、律!早く入って」

 急いで中に入れ玄関の鍵を閉めて振り返ると、ぎゅっと抱きつかれてしまった。

 唐突な事に、俺は目を丸くしてそのまま身体を固めてしまう。

 冷たい雨の温度と律のあったかい温度。二つが混ざり合ったものが、俺の方へ流れ込んでくる。...まだ風呂入る前でよかったな。

「り...、つ......?」

 いつもの彼との違いに目を瞬かせて、俺は縋るような彼をそのままにしておけなかった。

「風邪、引いちゃうよ...?」

「......ん」

 そう言っても彼の拘束は解けずに、ぐりぐりと頭を首筋に押し当てられる。

 いよいよ訳が分からなくなってきた。

「......ごめん」

 そんな俺の事に感づいたのか、律は謝って来た。いつもと違う弱弱しい声に、俺は思わず息を呑んでしまう。

「どう、かしたの......?」

「.........死ぬ夢を、見た。お前が、俺を庇って、車に轢かれる夢を......」

 今にも消えそうな声だ。本当に怖かったのだろう。

「夢だ、って思ったけど...、怖くて、しょうが、なくて......、だから、来ちゃって......」

 もう一度ごめん、と彼は言った。


 いつもは強い彼だけど、本当は弱いんだ。支えがないと、壊れてしまいそうになる程。

「大丈夫だよ、律。俺は死んでないからね、ちゃんとここにいるでしょ?」

 彼に存在が分かるように、俺もぎゅっと彼の背中に手を回して力強く抱き締める。

「うん、いる......」

 少し硬い髪の毛がすれてくすぐったい。俺は小さく笑って手を元に戻して、律の頬に手を置いた。

 黒縁眼鏡の奥の、微かに濡れた彼の睫毛が目に入って来た。涙なのか、雨なのか。

「お風呂、俺も濡れちゃったし、一緒に入ろっか。それから、ご飯食べよ」

 それを聞くと、律は不思議そうに目を丸くした。

「...ご飯食べてない、って何で分かんの?」

「んふふ、何ででしょう?」

 少し悪戯っ子のように笑って見せる。いっっつも俺の方が振り回されるから、今回は俺が君を少しだけ掻き乱してあげる。


「...せっかく心配してやったのに...」


 どこか不貞腐れたように、彼は頬を膨らませた。

 でも、その表情はどこか嬉しそうにも見えて。


「あ、言っとくけど、一緒に風呂は入るけど、やらないからね?」

「...........」

「沈黙しないで!?理性で耐えてよ!」

「..............あぁ」

 若干信用ならない言葉の節に嫌な予感を感じながらも、俺は風呂を入れに部屋の奥へと歩いて行った。

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