第7話

 さて、そろそろ帰えるかなぁ。

 俺は今日受けるべき講義を全て受け終え、大学の玄関の方へ向かう。そこには不安そうにスマホの画面を見ている由良が立っていた。

「どうしたんだ、由良」

「あー、えっと...、いっつも玲央くんと帰ってるんだけど...」

 ...何それ、羨ましいんだけど。

「で?玲央さん来ないの?」

「うんそう。絵を提出しに雪城先生の所に行ったと思うんだけど...。確認しに行こうにも、すれ違いになったら困るし...」

 うーん、と由良は眉を寄せて顎に手を置いた。

「俺が聞きに行こうか?」

「あー...お願いしてもいいかな?」

 由良は申し訳なさそうに頭を下げた。...俺の回りにいる女どももこういった謙虚さがあればいいのに。

 いっつもいっつも鼻の曲がりそうになる匂いをまき散らして、化粧の濃い顔を近付けて...、最悪なんだよな。


 部活棟の方へ、俺が歩いて行くと、走ってこちらへやってくる光輝の顔が見えた。彼の顔は切迫した顔をしていたが、俺を見ると幾分か柔らかな顔になった。

「クロ!やっと見つけた!咲宮先輩が!」

「っは?」

 光輝の口から洩れた玲央さんの苗字に、俺は眉を寄せる。

 光輝は少し息を整えてから、俺へ早口でこう言った。


 玲央さんが俺の取り巻き集団数人に連れられて、空き教室へ連れて行かれた、と。


 俺の頭の中は一気に真っ白になる。

「ど、どうしよ、クロっ」

「っ俺が助けに行く!光輝、由良をその空き教室に案内してやって!校門近くで待ってるから」

「わ、分かった!この間の子だね」

 光輝はこくりと頷いて、走って行ってくれた。あとでお礼に何か買ってやろう。そう思いながら、光輝の言っていた空き教室へと急ぐ。

 この場所での空き教室なんて大体どこにあるか分かっている。あの女達から逃げるのに、どれだけこの校舎を走ったと思っているんだ。


 パッと階段を駆け上り、空き教室を次々に開けていく。

 この部活棟近くの最後の空き教室から、声が聞こえてきた。

 女達の笑い声、罵声。


 絶対にここだ!


 扉を勢いよく開けて、中に居る数人の女を睨みつける。

 彼女達に取り囲まれるようにして、彼は床に蹲って短い息を苦しそうに吐いている。


「玲央さん!」


 俺の呼びかけに、玲央さんは伏せていた顔を上げ、苦しそうに歪められた顔で、微かに口が動いた。


「く.........ろ........」


 俺の名を確かに呟いて、彼の身体は床に倒れ伏してしまった。

 ぶわっと、腹の底から怒りが湧いてきた。

 玲央さんから視線を外し、顔色を悪くしている女達を睨みつける。

「何してんだ、お前ら...」

「っちが、違うの!私達、貴方の為に!」

「付きまとわれてたでしょ、迷惑そうだったから...その!」

「俺が!いつ!迷惑だって言ったよ!答えろ!」

 俺の怒声に彼女達は身体を縮こめる。

 そんな女の武器使って許されると思ってんじゃねぇ。玲央さんを苦しめたのなら、それ相応の罰を...。



「はーい、そこまでぇ」


 パンっと手を叩く乾いた音。振り返ると、息も絶え絶えな光輝と、すがすがしいほどの笑みを浮かべた由良が立っていた。

 彼女は俺へ近付き、俺の振り上げていた拳をそっと下ろした。


「玲央くんを、お願い。君が、こんな奴らを殴る必要なんて、ないよ」

「...っ分かった」


 俺は玲央さんの元へ行き、彼の身体を姫抱きにする。...酷く、弱弱しくて軽い身体だった。


「お前らぁ...、次に玲央さんに手ぇ出してみろ...ぶっ潰すからな、その薄汚い面をよぉ!」


 俺はそう言って、部屋を後にした。その背中から女たちの悲鳴が聞こえた気がしたが、気にする必要はないので放っておく。


 しかし一向に玲央さんの荒い息が収まらない。どうしてあげたらいいんだ...。

 そう考えていると、ふいに彼の目が開いた。

「っは...、くろ...?なん、で...か、ふ......」

 言葉の端々に空気を吐き出す音が混じる。そのたびに彼の整った顔が歪んでしまう。

「玲央さん!どうしたらそれ止まる!?」

「っう、ふぅ、美術室に......」

 その単語を聞いて、すぐに俺は足を美術室へ向ける。


 玲央さんが、きゅっと俺の服を握った。

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