第14話 プレゼント

「お帰りなさいませ、旦那様、メイアン様」

 玄関ホールには、アズリナが静かに待っていた。ニアは彼女に着ていたコートを手渡し、それを彼女は文句も言わずに受け取る。

「あ、あの、アズリナさん。俺、ノルチェに贈り物があって...。お部屋に行ってもいいですか?」

「構わないと思いますよ」

 メイアンは勢いよく頭を下げて、それからパタパタと二階へと上がっていった。

「...ここでの生活はもう大分慣れているようですね」

 その後ろ姿を追いながら、アズリナはぽつりと呟いた。

「良い事だろう」

「良い事ですか?彼が記憶を取り戻した時に、これが枷にならなければと思いますよ」

「...........そうか。...今日の夕食は?」

「ノルチェの事を考えて、粥だそうですよ」

「いいチョイスだと、リーフェイに伝えておいてくれ」

 ニアへアズリナは静かに頭を下げ、それから食堂へと歩いて行く。ニアはメイアンの部屋へコンペイトウの小瓶を置きに、二階へと上がっていった。


 メイアンは初めて自分以外の部屋へ入る事にドキドキしながら、廊下を静かに歩いていた。部屋の近くに行くと、何やら言い争うような騒がしい声がし始めた。

 コンコンと扉を叩き中へ入ると、明らかに怒った様子で掴みかかろうとしているノルチェと、それを抑えるスノーブルー。彼女を恐らく揶揄ったのだろう、にやにや笑いを浮かべているベンジャミンの姿があった。

「お、おかえりんさい、メイアン」

 まず気付いたのはベンジャミンで、メイアンはそれに対して「ただいまです」と返した。それでスノーブルーとノルチェがメイアンに気付く。

「......お帰り、メイアン」

 ノルチェは静かに声を発した。

「...ただいま、ノルチェ。え、とその......、これを」

 メイアンは手の中にあった紙袋ごと、ノルチェの目の前へ突き出した。

 彼女は僅かに肩を震わせ、それからゆっくりとそれへ手を伸ばして受け取る。その文字を見て、普段閉じられているような細い瞳が小さく開眼した。

「な、んで、これ......」

「ニアに、好きな物だって聞いたから...」

 照れ臭そうにはにかんで、メイアンは頬を掻いた。

 ノルチェは紙袋から青系統のコンペイトウが入った小瓶を取り出した。最近は慣れない護衛という仕事に忙しくして、あの店に行っていなかったなと、ぼんやりと考える。

 朝顔、と記された紙を綺麗に破いて、ぐっと小瓶の蓋に手を掛ける。しかし、なかなか開かなかった。

「ほぅら、飯ちゃんと食ってねぇから。貸せ」

 ベンジャミンがそれを奪い取り、ぐっと回すと蓋はいとも簡単にぱこっと軽い音を立てて開く。

 爽やかな甘みの匂いが、ふわりと空気中に漂い始める。

「ほい」

 とん、とノルチェの手に瓶と蓋を置き、ノルチェは蓋をシーツの上に置いて空いた手で、一粒摘まんで口の中に放った。

「......相変わらず、美味しい...........」

 ふわ、と幾分か彼女の纏う空気が柔らかくなった気がした。

「やっと、肩の力が下りたようですね...」

 ふぅ、とスノーブルーは肺の中に溜まっていた悪い空気を一気に吐き出した。ベンジャミンも同じような意見なのか、静かに彼も頷いた。

 メイアンの事を命に代えても守るように、ニアに言われていたのだろう。それが責任感の強い彼女にはかなりの重しになっていたらしい。

 周りに花が咲いていくような雰囲気で、メイアンは嬉し気に微笑んでいる。

 ベンジャミンはスノーブルーの服を引っ張って、そうっと部屋の外へと出て行った。

「...美味しい、ノルチェ?」

「ん。...ありがとう、メイアン」

 そんな言葉が交わされているのを聞きながら、ぱたんと扉を閉める。

 一気に二人は息を吐き出し、それから壁にずるずるともたれかかった。それを掃除をしていっていたアズリナが目撃し、またかと呆れた様子で空いている手で頬杖を付く。残りの四本の腕は白い柱の至るところを拭いていく。

 二人はぷるぷると身体を震わせて、顔を両手で覆っている。


 アズリナとリーフェイしか知らないが、この二人、情報を手に入れる為にと入れ替わりという事をするわけだが、性格も割合似ている。

 目に見えている性格は真反対の二人だが、親友のように仲が良いのは全く違うという点ともう一つ、可愛い者好きという趣味があるからだろう。こうして時折子どもやら小物やらなどに悶える姿をアズリナは見る。全く珍しい事ではない。


「人の部屋の前でおかしなことをしないでください、お二人共」

 アズリナが声を掛けると、びくっと二人は肩を面白いほどびくつかせ、すぐにいつもの澄ました顔を作る。

「な、なんにもしてないだろ」

「そうですよ、アズリナさん。それでは私は庭の手入れをしに向かいますので、失敬」

「俺も街に戻っから!」

 そそくさと二人は、ノルチェの部屋の前から離れて行った。アズリナは小さく微笑みながら、彼らのいた部屋の近くの掃除をし始める。

 部屋の中からは、楽し気な会話が聞こえてくる。アズリナはそれに複雑な顔をしてしまった。


「ノルチェ、こういったのが好きだったんだね」

「まぁ、それなりに......」

 少し恥ずかしそうな素振りを見せながら、彼女はコンペイトウ小瓶をサイドテーブルの上に置いた。

「...........馬鹿に、してもいい。強くなければいけない立場の私が、こんなものに現を抜かすなんて」

「良いと思うけど。好きなんでしょ?」

 メイアンの純粋無垢な視線に、うっ、とノルチェは口の中で小さく呻く。

 簡単に考えればいいのだろうが、生憎とそこまで単純な考え方に移行出来るほど柔軟ではない。

「好き、なのかな...。父さんが、私によくくれて...。これが部屋にあるのが普通だったから」

「っノルチェ、家族の話してよ!」

 メイアンは妙案を思いついたように、パッと顔を明るくしてノルチェの肩を揺さぶった。

「な、なんで、」

「記憶、家族からなら思い出せるかなって」

 あぁ、と納得する。確かに記憶に家族というものは欠かせないだろう。生きているという事はすなわち、親がいるという事に他ならない。

 家族に関する話を聞いていれば思い出す、と思ったのかもしれない。

「...........面白い話、ないけど...。いいの?」

「うん!」

 きらきらとした視線が、ノルチェには痛い。静かに彼女は息を吐き出して、ゆっくりと口を開けた。

「私は、魔族と魔導士の半血種ハーフ。私達魔族は、一夫多妻制も一妻多夫制が認められていて、私のお母さんは...、妾だった。そして、魔族と魔導士の劣血種の私が産まれた」

 元々、魔族は生殖行動を取らない。互いの持つ魔力同士をぶつけ、その塊にお互いの血を混ぜて子を成す。故にあまり他の部族との婚姻がなかった魔族の中で、それ以外の方法で産まれたのがノルチェである。

 身体への負担がとても大きかったのだろう、母親はノルチェを産んですぐに亡くなった。したがって、父親は母親が与える分の愛情も注いでくれた。

 上の兄二人と姉三人は、青紫色の肌色ではないノルチェを差別する事なく可愛がってくれた。

「でも、子どもの頃はそうもいかなくて...。色が違うから、あんまりいい目で見られなくて」

 族長の娘だというのに魔力はそこそこしかなく、かといって魔導士のように目が昼夜共に効くわけでもない。落ちぶれた、血液。

 それでも、笑いかけてくれる笑顔は本物だと思っている。

「でも、家族皆好きだよ私は。向こうがどう思ってるかは、知らないけど」

「すごく大好きだよ!」

 メイアンは勢いよくそう言った。その勢いに、思わずノルチェが仰け反ってしまうほどに。

「俺は、そう思うよ」

 にっ、と歯を見せて笑う。それにぶわりと感情が湧き上がるのを感じた。

「......ありがとう、メイアン。...もしかしたら私は、」

 メイアンのきょとんとした黒目に、ノルチェはそこで言葉を区切ってはにかんでみせた。

 そこで、コンコンとノック音が鳴った。

「はい」

「...ノルチェ、メイアン様」

 アズリナが小さく頭を下げて、それから夕食ですと告げられた。

「行こ、ノルチェ」

「うん、メイアン」

 二人共部屋から出て、食堂へと向かう。そのノルチェの後ろを、アズリナが静かに引き止めた。

 くん、と後ろに引っ張られ、彼女は不思議そうに後ろを向いた。

「気持ち、落ち着きましたか?」

 逸る気持ちを分かっていたのだろう、見透かしたような言葉にノルチェは僅かに目を見開き、それからアズリナへ深々と頭を下げてからメイアンの元へと走って行った。


「......夕飯。もう少し多く食べて頂けるか、交渉し忘れましたわ」


 アズリナは思い出すように、ポツリと呟いた。

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