Episode.17 Guidance of the shadows abandoned marionettes.

 数日後、ユキとKは中年男の居る屋敷の一室に招かれていた。二人がのんびり止まっていると、高級そうな服装でその弛んだ身体を包んでいる男がやって来た。その手にはスーツケースが握られている。

 きつい香水の匂いが鼻を掠め、ユキが小さく顔を顰めて手を口元へと持っていった。

 その様子を見て、Kは少しはにかみながら男へ進言する。

「すみません、今日は一段と香水の匂いがしませんか?」

「あぁ、すまないな。先程まで夜伽をしていたものでね。匂い消しの意味を込めてやったのだが...、少々やり過ぎてしまったみたいだね」

 中年男は快活に笑うと、二人の目の前の机にスーツケースを置き、大きな身体をその後ろのソファへと預けた。

「それが報酬だよ」

 一切動かないユキにKは小さく溜息を吐いて、スーツケースに手を掛けた、中には札束が数個と、今回の依頼で消費した以上の弾薬のパックが入っていた。

「ふむふむ」

 Kは数に不足がないか丁寧に見ていく。

「いやぁ、本当に。私の所有物を取り返してくれた事、感謝する」

「いぃえぇ。お役に立てたなら何よりです。...あの子ってどうされるんですか?」

 ユキはまだ鼻を押さえながら、男へ訊ねる。

「そうですねぇ。...とりあえず今は酷く抱く事にしてますね。面白くなくなった時点で見せしめとして、適当に泣かせていたぶって殺しますよ。あいつは、人間ではないですからねぇ。何を勘違いして人間だと思ったのか」

 男はゆるりと足を組んで、そう言った。ユキはクスクスと微笑んだ。そしてツンとKの服の袖を引っ張った。

 Kは頷いて、スーツケースを触っていた手を離し、服の袖へ隠し持っていた小型拳銃の先を男の方へ向けた。

 男の目は大きく見開かれる。

「ど、どういうつもりだっ!」

「動かないで」

 そのユキの声とKの撃った弾丸が男の足元を掠めたのは、ほぼ同時である。男は喉の奥から悲鳴を出して、ソファから立てなくなってしまった。

「こっちとしても、説明しておきたいんだよね。どうしてこういう状況を生み出しているのか...ね」

 ユキは微笑む。その顔は女王の貫禄ある顔をしていた。しかしその顔はすぐに崩れ、思い出したような顔へと変化する。

「あ、ちなみに、少しでも動いたら撃ってもらうからね。質問は認めるけど」

 そう前置きして、彼女はすっと息を吸った。


「改めて自己紹介を。私達は〈黄昏の夢〉。政府直属の"Knight Killers"殺しの"Knight Killers"。それが私達」


 ユキの言葉に中年男は顔を真っ青に染めていった。

「元々最初から狙いは貴方だった。横領の件、ナツくん―いやナツ王から頼まれて私達が秘密に調べ、貴方の名前が出て来た。そこで、貴方が私達を頼るように、根回しをさせてもらいました」

「ね、根回し...だと」

「所有物...でしたっけ?彼らが何も手助けなく、貴方の所有されている監禁部屋から脱出出来ると思いますか?まだ年端もいかない、純粋無垢な子ども達が」

 含みのある言い方に、男の瞳がハッと見開かれる。ユキは優越感のあふれる表情をして、ゆるりと足を組んだ。

「お前らが...!」

「正しく言えば僕らの仲間...だけど」

「では、次に。手助けして逃げたのはあの子だけ。彼を追いかけて追っ手を出すのは想定内、そしてどこかの"Knight Killers"を雇うであろうというのもほぼほぼ想定内でした。でも、私達ではなく〈幽冥の蝶〉で、彼があの子を救ってしまうとは思いませんでした。こちらがこっそりあの子を奪って貴方へ渡し、その時に貴方に横領の件を問いただすつもりでした。私達みたいな無法者がこんな屋敷に入るには、それなりの確実な理由が必要ですから」

 シノがユイを助け出した事により、ユキとKの作戦は頓挫してしまった。そこで二人はユイをシノとマキの二人を殺して、彼らの手から奪い取る事を企てた。〈幽冥の蝶〉を殺す事は"Knight Killers"殺しである〈黄昏の夢〉の仕事の一環という事で、言い訳らしい言い訳をする事も可能である。

 が、それをする事はしなかった。

「ですが、幸いな事に貴方は私達に依頼を持ちかけてきました。それに乗っかり依頼報酬を得る時、こうして話すことにしたわけです」

 ユキは一通り話し終えた事に満足したのか、ふっと息を吐いてソファから立ち上がった。

 そして男の額にナイフの切っ先を突き付けた。

「それじゃ、貴方の命を奪う訳なんですが...」

「ひっ」

 ユキはたおやかに微笑んで、小首を傾げてみせた。


「その単純さに免じて、一瞬で奪って差し上げますよ」








「ねぇ、ユキ」

 煙の吹く拳銃の銃口へ息を吹きかけて、ユキの方を見る。ユキは血の付いたナイフを、目の前にある脱力した中年男の死体の服で拭っている。

「何?」

「一つ、僕質問してもいいかな?」

「そうだねぇ。今回はKくんに大分我が儘聞いてもらったし、うん、答えられる事なら」

 Kは拳銃を腰へしまい、ユキへ数歩近付く。

「どうして、ユイを彼へ渡したすぐ後に報酬受け取らなかったの?その方が早く片付いたでしょ」

「んー、そうだねぇ...。簡単に言うと、罪滅ぼし...みたいなものかな」

「罪滅ぼし?」

 ユキは「うん」と小さく呟いてそれ以上は何も言わず、暗闇の外の方へ目を向けた。

「帰ろっか。三人が待ってるし」

「うーん。腑に落ちた感じがしないなぁ」

 二人は死体をそのままに、その部屋から出て行った。

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