Episode.11 They won't let go of the prizes he aimed for.

 シノとマキは家々の屋根を伝って歩きながら、目的地である二階建ての煉瓦造りの建物へと距離を詰めていっていた。

 二人はある程度の距離を詰めて、一旦停止する。

「それじゃ先輩、行きますね」

 マキはマスクの下で小さく微笑んで、ゴーグルの位置を少しずらしてきちんとした位置へ直す。それから彼女一人が屋根の上をどんどん進んで行った。

 シノは上から降りても怪我のしなさそうな所を探し、丁度良さそうなごみ袋置き場を発見する。そこへ勢いよくダイブした。

「よ...っと」

 少し汚れた服をはたいて、再び身を隠した。シノの目線の先に居るのは数人の男達。どの人間も武装した恰好をしており、ものものしい雰囲気を醸し出している。

「さて、と。早く終わらせて帰ろ」

 シノはふっと口元を緩ませてから、一気に顔を引き締めた。そして、地面を駆ける。

 相手が気付く数瞬早く、シノは手に持っていたナイフで首元を突き刺した。

 血飛沫が飛び散ると同時に周りの男達が異変に気付く。銃口を向ける音、その前にシノが距離を詰めより、銃口を蹴り落して男の頬へ拳を叩き込む。バランスを崩した男には目を向けず、背後から迫っていた剣を持つ男の顔面へ、思い切り蹴りを入れる。それから先程蹴り落した拳銃を拾い上げて、倒れた剣使いへ左右の胸と腹部へ一発ずつ撃ち込んだ。

 完全に沈黙したのを簡単に確認してから、バランスを崩して倒れた男の足をナイフで傷つけ、残りの弾丸全てを撃った。撃つ度にビクンビクンと身体を震わせ、彼は最期の言葉を吐く事もなく、死んでしまった。

 シノは動いて僅かにずれたマスクを正し、ナイフをグッと握って走り始める。

 先程の銃声の音を聞きつけて、人間が沢山こちらへと集まってきている足音が聞こえてくる。一人一人の足音は小さいのかもしれないが、複数人気は知れば音が聞こえてくるのもしょうがない。

 シノは身体を隠し、次なる敵への戦い方を簡単に考え込んでいた。


「あらよっと」

 マキは屋根からベランダへと躊躇う事なく飛び降り、綺麗に着地する。それから窓ガラスを割って鍵を開け、中へとあっさり侵入する。人が来る気配はない。

 シノが引き付けてくれているだろう。あるいは、ここの宿主を守る気が希薄であるという可能性も僅かにある。

 マキは部屋の中を見回して、一番背の高いタンスの上へ身軽に上り、天井を外して天井裏へと侵入した。

 出来る限り見つからずに目標を殺す。それが今回のマキに課せられている仕事だ。腹這いになってほふく前進で、ずるずると天井裏を進んで行く。埃や蜘蛛の糸といった汚れが身に付くが、ゴーグルやマスクである程度は気にしなくて済む。

「少し下の様子を、見るか...」

 マキは腰を浮かせてナイフを取り出し、手近の天井に音を立てないようにナイフを突き立てて穴を開ける。目が僅かに出るくらいの小さな穴だ。

 木屑を少し払い除けて、マキはゴーグルを外して下の様子を見る。


 下は廊下のようだった。高級そうな赤色のカーペットの上を、警備員らしい男達が忙しなく動いていた。恐らくシノを対処する為に動いているのだろう。

「こんな昼間に侵入者とかっ!!ふざけんなよっ」

「夜中じゃないのか、泥棒ってのは!」

 彼らは玄関の方へと走って行ってしまった。そのバタバタという足音が、マキの動作音をかき消してくれる。

 マキは辺りを少し見回してから、誰も見当たらないのを確認して、穴を開けた天井を蹴って更に穴を開け、そこへ身体を通して下へと降り立つ。

「向こう」

 マキはゴーグルをして、兵士とは逆の方向へと走って行った。

 目的の部屋の近くまで全力で走り、そこから柱に上って天井裏へと再び入って行く。正面突破も可能かもしれないが、中に敵が何人いるかも分からない。安全策を敷いておいた方が良いだろう。

 怪我をして帰ってほしくない、と言ってもいたし。

 マキは口元を少し緩ませて、下の様子を確認する為、耳をぴたりと付けた。

 聞こえてくるのは焦った男の声。誰かに話しているような口調であるが、他の人の話し声は聞こえない。無線機か何かを使って話しているのかもしれない。ならば、誰も居ない、標的だけがその部屋に居るのだろう。

 護衛役を全てシノの方へ送っているのかもしれない。

「馬鹿だなぁ。ま、でも当然だよね。先輩、強いもんね」

 ふふと得意げに思う。シノの腕がやはり常人の域を達している人間なのだ、と誇りにも思う。

「さぁてとっ」

 腰のポーチから小指程の小さな塊を取り出して、それを出来る限り遠くへと投げる。カチンと音が鳴ったと共に、爆ぜる音が轟いた。ガシャンと派手な音を立てて何かが割れる。それは恐らく照明器具か何かであろう。

 大きく空いた穴からマキは飛び降りる。着地すると共にパリンパリンと割れる音がする。どうやらシャンデリアのような高級照明を破壊したらしい。

 そんな事、マキは一つも気に止めない。

「どうもー、こんにちは」

 四角い無線機を片手に、埃一つ付いていないスーツを身に着けていた。マキの姿を見て、彼はとても驚いているようであった。

「ま、それじゃあさようならって感じで」

 マキはすたすたと近づいて、男の手から無線機を取った。「助けてくれ」や「死神が来た」などとうるさい言葉を早口でうるさく囀っていたからだ。

「離せ、離せっ!!」

「うるさいよ。黙って。ま、黙ってても殺すんだけどね」

 マキは無線機を押さえる手とは逆の方をポーチの方へ伸ばし、折り畳まれている鋭い先の針を男の首を刺した。血液はほぼ出ない。ただ、針の先は男の首を貫いていた。

 すっと引き抜いて、付いた血液をピッと払う。男の首からは僅かな血液が両首から流れるだけで、マキには返り血は一切ついていない。

「あとは、脱出するのみですかね」

 その時、勢いよく扉が開かれた。そこに居る血気盛んな男達と黒光りする道具を見て、マスクの下でほんの少し微笑んだ。

「あはは」


 明らかに来る人間の数が少ない。シノは得意の拳銃を片手に、冷静に周りの状況を観察していた。

 マキが仕事を終えた証なのか、それともただ自分が弱い人間だと思われているのか。どちらだろうか、とシノは考える。

 そこに、マキが失敗してしまうという考えは少しも抱かなかった。それ程彼女を信頼しているのだ。

「っは」

 短く息を吐いて、目の前に迫っていた男の頬を拳銃で殴りつける。

 パリンと、何かが割れる音が耳に入って来た。シノが顔を上げると、窓ガラスを割って、マキが草むらの中に転がり落ちてきた。

「っま」

 マキ、とシノが名を呼ぶよりも早く、マキは地面から起き上がり、小さな爆弾を何個か放り投げる。空中で爆発するものも多少あったが、殆どは中で爆発する音がした。


 マキは小さく息を吐いて腕を擦り、それから複数人の敵を相手にしているシノの方を見て、その方向へ身体を起こしながら走り出す。

「おいっ、もう一人いるぞ!」

 マキの存在に気付き、数人の敵の目がマキの方へと移動する。シノは奥歯を噛み締め、目の前の敵の眉間を撃ち抜く。それからマキを庇うような態勢を取った。

「せんぱ、」

「平気?」

 シノは拳銃を装填し直して、マキの方も見ずにそう言った。

 何が、とは愚問であった。マキはマスクの下で自嘲気味に笑い、腕へ僅かに触れた。

「...やっぱ、完全に塞がりきっていなかったみたいですよー」

「っ他人事みたいにっ!」

「先輩の読み通りですね」

 元々の依頼はマキ一人で行なうものだった。しかし、シノが腕の怪我を心配して、今日だけはついて来ていてくれたのだ。

 マキは「平気」だ「大丈夫」だとシノの手助けを断っていたが、シノからの強い意見によりこのような仕事形態を今回は取っている。

 それが見事、功を奏していた。

「このまま逃げよう。殺したんでしょ?」

「当たり前です。仕事せずにノコノコ帰って来ませんよ」

 はっ、とマキは鼻で笑う。シノはこくりと小さく頷いて、拳銃の残りの弾丸を適当に撃つと、その場から一気に出入口の方へと駆けていく。マキも手に持っていた爆弾を投げつけてから、シノの後を追っていく。

「逃がすなっ!追えっ!!」

 勇ましく響き渡る警備員の声。しかし、それは部下を動かす事はなかった。

 圧倒的。多人数に対して、彼ら二人は警備員達に恐怖を与えるには充分な動きをしてしまった。

 誰も、次なる犠牲者になりたい訳ではなく、動かない。

 迫ってくる敵ならば応戦しても、逃げゆく強敵を追う程、彼らは頭が悪い訳ではなかった。


 二人は後ろを振り返る事なく走り続ける。そして、唐突にシノが足を止めて振り返り、マキの身体を胸で受け止めた。

「はぁ...、はっ......」

 マキは静かに息を整えていき、シノの顔の方を見上げた。

「...帰ってからで、いいです...」

「いや、簡単な手当てだけでもしておくべきだ。この建物の影でしよう」

 シノは腰のポーチから包帯と傷薬を取り出す。その準備の良さを見て、マキは小さく溜息を吐いて、痛む腕の方の袖を捲り上げた。巻かれた包帯にはじんわりと、赤い染みが浮かび上がっていた。

「...痛みはいつから?」

「あの目標の男、あれの動きを制限する為に掴んだ時かな。かなり身体を動かしてて、傷口が開いたんだと思いますね」

 冷静な第三者視点の口調で、マキは淡々と語る。シノは少し眉を寄せて、汚れた包帯を解いていく。そこには開いた傷が生々しくそこにあった。

「大丈夫...?」

 シノは心配そうに訊ねる。マキは特に顔色を変えずに、「大丈夫ですって」と言う。それ以上マキは口を開かなかった。それが我慢している証拠であると、長い付き合いである彼はよく知っていた。

 シノは丁寧に腕へ傷薬を塗り、包帯を巻き直していく。マキはぼうっと熱を持つ傷口を感じながら、シノの手の動きを見ていた。

「.........ね、先輩。どうして分かったんですか。動き、おかしかったですか?」

「何となく、かな。マキと何年一緒に居ると思ってるんだよ」

「えー...、年齢の数と同じかな?」

「マイナス十だろ」

「冗談通じないなぁ」

 クスクスと楽しそうに微笑むマキを見ながら、シノは包帯を巻ききった。それから服の袖を直して、立ち上がった。そしてマキへ手を伸ばす。

「...先輩」

――ねぇ、先輩。貴方は何も決められないけれど。

 マキはその手を握って、ゆっくりと立ち上がった。

――手を引いてくれる。それだけが、私達を救ってくれるんですよ。


「帰りましょっか、ユイの待ってる家に」


「...うん!」

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