第30話:心変わり

「そっかぁ、しょうに知られちゃったんだぁ」

 あたしはバイト先で笑われちゃったまま、あの後すぐお客さんが入ってきて、あたしは上がる時間になり、話の続きは後日ということになった。

 なんかやりきれない思いを引きずったままだったから、帰ってから詩依しよに電話をかけた。

「詩依はどうしてるの?」

まもるが、俺に任せとけって言うから、任せることにしてるよぉ」

「そうなんだ?どうするか話してたんだね」

 さっきからなんか座りが悪く、電話を持つ手を持ち替えた。

「うん。衛って人の気持ちに敏感みたいなのぉ。あたしがクリスマスを意識しだした頃に衛から話されてねぇ」

 そう、衛は中学の頃も気持ちをかなり的確に見抜いて、求めることを先に提案してくれた記憶がある。

 そんなところに惹かれてたけど、転校についてだけは教えてくれなかった。

 中学二年の時にはわかってたことのはずなのに。


「翔からは話がなかったのぉ?」

「うん、裏で動いてはいたみたいだけど、あたしには話がなかったよ」

 そういえば下見についてはバラしたけど、いつ逢うかは言ってなかったことに気づいた。

「ふふっ、緋乃あけのを驚かせたかったんじゃないかなぁ?ちなみに雪絵ゆきえも、氷空そらくんからまだクリスマスの話は出てないみたいよぉ。それでなんか寂しそうにしてたぁ」

 あたしだけじゃなかったんだ…。

「そうなんだ。雪絵、大丈夫かな?」

「心配だと思うけど、そこにあたしたちが出ていっても、多分喜ばないんじゃないかなぁ?」

「そうよね、二人の問題だから、あれこれ手を回すと二人の立場がなんか無くなっちゃうかも」

 雪絵と氷空くんはうまくいってるらしいけど、それでも悩みは尽きないみたい。

「でも氷空くん本人に、あたしたちがそれとなく話題を振ってみるってのはありかもぉ。以前の雪絵なら言わなくても伝わったけど、もう違うもんねぇ」

「じゃ、今度氷空くんにその話題振ってみよう」

「そだねぇ。時間も遅いし、そろそろ寝ようかぁ」

「うん、おやすみ」

 終話ボタンを押す。


 電話してたらだいぶ遅くなっちゃった。

 あたしはまだいい方だったのかな。

 先輩が言ってたように、少しはあたしからぶつかってみないといけないのかも。

 でもぶつかることで一番怖いのは、拒否されることなんだよね…。

 男の子はみんな、こんな気持ちを乗り越えてきてるのかな…。


 翌日。

 あたしと詩依は学校で話しながら歩いてたら、偶然氷空くんの姿を見かけた。

「こんにちは、氷空くん」

「緋乃ちゃんに詩依ちゃん。こんにちは」

 詩依と目で合図する。

「雪絵とはうまく行ってるのかな?」

「うん、おかげで仲良くさせてもらってるよ」

 やっぱり話していると、どこか掴みどころがない空気を感じる。

「詩依ってば、もう彼とクリスマスの予定が決まってるんだって。氷空くんはやっぱり雪絵と過ごすの?」

 キョトンとする氷空くん。

 まさか…。

「クリスマスって恋人と過ごすものなの?」

 あたしたち二人は、目が点になって腹話術の人形みたいに口がカックンと開いた。

 だらしなく開いた口を手で戻す。

「冬の一大イベントじゃない。もったいなくない?」

「クリスマスはキリストが起源だし、家族と過ごすものでしょ」


 欧米かっ!?


 ついツッコみそうになったけど、ふと出た疑問をがあった。

「ならバレンタインは?」

「男女問わず友達や家族にカードやお菓子を渡し合うんでしょ」


 欧米かっ!!?


「ハロウィーンは?」

「収穫祭でしょ」


 欧米かっ!!!?


 どうやら氷空くんは世間のイベントごとに興味がないらしい。

 確かに氷空くんの言うことは最もだし、こうも本来の意味から外れた催しを定着させている文化は日本だけというのもわかってる。

 けど、女の子にとっては、嫌でも期待が高まる楽しみな日であることは間違いない。

 これは予想外だった。

「別にそういうイベントごとにこだわらなくても、僕は僕のペースで雪絵と付き合うことにするよ」

 ニコリと笑う氷空くん。

 ダメだ…。

 これは簡単に落ちない。


 氷空くんを見送り、あたしたちは顔を見合わせる。

「どうしよう…」

「雪絵にどう伝えればいいのかなぁ?」

「前のこともあるし、そのまま伝えようよ」

「そだねぇ」

 氷空くんの意思とはいえ、あたしたちが黙ってたことで雪絵と険悪になったのは強烈に覚えてる。

 もうあんなのはイヤ。


「…というわけ」

 雪絵を呼び出して、さっきのやり取りをそのままを伝えた。

 俯く雪絵。

「その…雪絵…」

「別に悪気があったわけじゃなくてぇ…」

 こんなとき、どうすればいいのかわからない。

「…わかってた。やっぱりそうじゃないかと」

 雪絵は顔を上げて笑いながらそう言った。

「ありがと。これでスッキリした」

 ニコッと笑顔で、くるっと背を向けて行く雪絵を見守った。


「詩依…」

「これ、確実にショックだったよねぇ。あの笑顔、絶対無理してるぅ」

「うん…」

 教室に戻ったあたし達は雪絵のことを話し合ってた。

「どうしたふたりとも。暗い顔して」

「衛ぅ…」

 少し迷ったけど、さっきの氷空くんについて話した。


「なるほどな。俺は氷空の意見に賛成だ」

「えっ?」

 意外な返事があって少し驚いた。

 まさか衛も世間のイベントに冷めた考えを持ってるの?

「けどここは日本だ。独自の文化として根付いたとはいえ、海外に合わせて動く必要もない。たとえば中国では旧正月という文化があって、二月に日本で言う年末年始の連休を決めて年越しするという。日本を含めて中国以外では考えられないけど、中国では当たり前の文化だ。そういう違いも含めて世界は面白い」

 旧正月か…それは聞いたことがある。

 でも雪絵は…。

「それでも人の考えはそれぞれだ。強制するのは違うだろ。肝心なのはどこで折り合いをつけるか。違うか?」

 違わない。

 でも、せっかく雪絵の初めての彼氏と過ごす一年で、楽しみにしてるイベントがこんな形でやり過ごされるのはやっぱり寂しいと思う。


 俺は二人の様子を見て、どうするか迷っていた。

 確かに氷空の言うことは最もだ。

 けどそんなんじゃ片付けられないのが人の心ってもんだ。

 仕方ない。少々お節介かもしれないが…。

「衛?どこいくの?」

「用事ができた」


「よっ、氷空」

 教室にいた氷空に声を掛ける。

加賀屋かがやくんか。珍しいね」

「ちょっといいか?」

 グッと親指を立てた右手で肩越しに後ろを指す。

 人のいないところまで呼び出して、壁にもたれる。


「お前、クリスマスは家族と過ごすんだって?」

「もう聞いたんだ?早いね」

「詩依は俺の彼女だからな」

 一切ぼかさずに直球勝負する。

「ハッキリ言って俺はお前の意見に賛成する」

「そりゃどーも」

 こいつは何を考えてるか全く読めない。どこまでもニュートラルというか、雲を掴むような気分だ。

「俺だってこうも独特な文化を持ってるのは日本くらいだと思ってる。けどな…それとこれとは話が別だ」

「何が言いたいんだい?」

 言葉の中に感情のゆらぎというものが感じられない。

 少しでもゆらぎがあれば、そこを起点に攻められるんだが…。

「人の心というのは当人同士の問題だ。ひとりが我を通そうとするなら、もうひとりが折れなきゃならない」

「それはそうだね」


 まだダメか。なら…。

「お前、自分のペースで雪絵と付き合うって言ってるようだけど、雪絵の気持ちは確かめたのか?」

「雪絵はまだ僕と一緒に居てくれてる。それだけじゃ不足かい?」

「いや、不足じゃないな。、な。」

「何が言いたいんだ?」

 手応えあり。

 さっきと同じ返事だが、わずかな感情のゆらぎを感じ取った。

「お前の言ってることは正しい。これ以上無くな。けどそこに…雪絵の気持ちはどこにあるんだ?」

「わかってるつもりさ」

 強がり…か。

「なら言ってみ。わかってるなら。そうだな、例えばクリスマスの予定について、雪絵がどう思ってるかを聞いてみたいな」

「それが加賀屋くんに何の関係があるんだ?」


 わずかだけど、感情のゆらぎが焦りに変わった。

「雪絵とは友達だからな。友達の気持ちを知りたいと思っただけさ。誰よりも近くにいて、よくわかってる恋人の立場にいる人から直接聞いてみたい」

「その問いに答える必要はないな」

 よし、乗ってきた。

「なぜだ?」

「これは二人の問題だ」


 はぁ。

 わかりやすくため息をついてみた。

「雪絵の気持ちはわかってるつもり。けど確かめたつもりになってる根拠が、今も一緒にいるから。そしてお前は自分の我を通そうとしてる。雪絵がどうしたいのかという気持ちは置き去りか。雪絵がお前の我に折れてるだけってなぜ気づかない?いや、気づきたくないだけか。自分というものを守るために」

 後はひと押ししてやるだけだ。

 ぽんと肩に手を乗せる。

「これは確かに二人の問題だ。だが俺にはお前が雪絵へ負担を押し付けてるだけに見えている。少しでいい。雪絵の気持ちを考えてやってもいいんじゃないか?」

 肩に乗せた手でぽんぽんと叩いた。

「邪魔したな」

 追撃しようとも思ったが、心に風穴がわずかに空いた手応えを得た俺は、あっさり引くことにした。

 守りを強化される前に。


 やれやれ。結構手強い。

 雪絵は緋乃以上に苦労しそうだな。

 俺ができるのここまでか。

 用事は済んだから、自分の席へ戻ることにした。


 残された氷空は、しばらくそこに立ちすくんでいた。


 僕は、周りに流されることなくここまできた。

 自分本位が僕のモットーだ。

 交流合宿の時に見た緋乃ちゃんの姿に一目惚れした。

 あれで心を動かされた。

 どこか陰がありながら、それでも前に進む姿を見ていた。

 夏休みを境に銘苅くんと付き合ったことを知ったけど、それでもよかった。

 付き合ってるからといって、諦める理由にはならない。

 ずっと待ってるつもりだった。

 近づきたくて、学食では近くの席を選んでいた。

 躓いて水をかけてしまったのは本当に単なる事故だったけど、あれで話すきっかけができた。


 四人で一緒に出かけた時、緋乃ちゃんと一緒にいたかったけど、なぜか雪絵をあてがわれた。

 その時は意味がわからなかった。

 でも僕の気持ちは変わらなかった。

 そう。公園で雪絵の笑顔を見るまでは。

 あの笑顔を守りたい。


 気がついたら僕は雪絵に夢中だった。


 周りに流されたんじゃなくて、僕が僕の意思で選んだ。

 そして一緒にいたいという気持ちを伝えた。

 クリスマスも特に誘うことなく、自分のペースを守るつもりでいた。


 けど…。


 周りに流されず、男女交際のセオリーなんて無視して雪絵と付き合ってきたつもりだった。

 でもそれ自体が、確かに雪絵の気持ちを置き去りにしていたのかもしれない。


 加賀屋くん…あいつは引き際も見事過ぎる。

 流されないようかわしてきたけど、わずかなひっかかりをきっかけに大きく揺さぶってきた。


 なんで…こんなに心がざわつくんだ?


 なんで…雪絵が離れてしまうかもしれないと思ってるんだ?


 なんで…世間が流されて騒ぐイベントに、こんなにも気持ちが傾いてるんだ?


 もう一度、雪絵の笑顔を見たい。

 あの透き通った笑顔を…。

 僕はきびすを返し、教室の席に戻る。


「衛、用事済んだの?」

「ああ、後はなるようになるさ」

 ん?

 どういう意味なんだろう?


 放課後になり、あたしは翔と一緒に帰る。

 いつもどおり駅でバイバイして、駅ビルに入った。

 あたしからの、クリスマスプレゼントを買うために。

 イブの約束も無事済ませたし、当日の予定も翔が全部決めてくれた。

 結局予定を決める時、ぶつかることを避けちゃったけど、今のあたしはもう少しだけ甘えることにした。

 プレゼントも準備できたし、これであとは当日を待つだけっ!


 あれからしばらく、雪絵について詩依と相談を繰り返していたけど、特に進展もないうえに、雪絵自身が諦めていたから話題にもしなくなっていた。


 12月23日。

 雪絵は氷空くんから誘われないまま、クリスマスイブを明日に控えている自分と、ずいぶん前から計画している緋乃、詩依とで比べてしまっている。


 放課後。

 雪絵は廊下の掃除当番をする週。

「結局誘ってくれなかったな。けど氷空くんは氷空くん。残念だけど仕方ないよね」

 ホウキがけして、ゴミをちりとりに集める。

「雪絵、ちょっといいか?」

「氷空…?」

 掃除当番がないはずの氷空が雪絵の前に現れた。

「雪絵、明日…予定空いてるかな?」

「えっ?」

「その…一緒に過ごしたくて。といっても急過ぎるよね」

 バツが悪そうに頬を掻く氷空。

 ここ最近、ずっと浮かない気分だった雪絵に、あの透き通った笑顔が戻ってきた。

「ううん、あたしも一緒に過ごしたいっ!」


 ふっ。

 物陰でこのやり取りを聞いている人がいたことは、二人が気づくはずもなかった。

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