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 「そうそう、忘れてしまう前に渡しておかなければね」

 食後に差し出した珈琲を口元に運ぶ寸前に老紳士が思い出したように口を開いた。そのまま卓上にカップを置き直すと椅子の背凭れに掛けていた外套を手に取り胸ポケットから厚みのある茶封筒を取り出して食卓の上に置いた。


 「今回も丁寧な仕事ぶりだったそうだね、依頼主は大層ご満悦だったよ」

 口調こそ先程と変わりは無いが一応のけじめなのだろう、それなりに真剣な顔つきで私の様子を窺っている。因みに同居人は食事が終わると早々に書斎に籠って行った。私の仕事については関知させない事に決めているため好都合である。


 「貴方の信用にも関わることです、小さな仕事でも手抜かりの無い様努めますよ」

 茶封筒の中身を確認し事前に聞いていた報酬額と差異が無いことを確かめエプロンのポケットに収めた。


 「小さな仕事、か。それにしては盛大に祝い酒を飲ったらしいじゃないか」

 食卓に肘をつき掌を口元で組んだままこちらを見据えてくる。耳敏い事だ、場末の酒場で管を巻いている酔客の有様についてまで把握しているとは。


 「昨夜は君がそれを受け取りに来るだろうと思って事務所で待っていたんだが中々現れないのでね、若い者に頼んで近場を聞き込んで貰ったんだよ」

 老紳士は叱られた子供を窘め宥める様な穏やかな口調で語りかけてくる。恐らく私は相当決まりの悪い表情をしていたのだろう。昨夜の顛末を一つ一つ思い返していた私の心境は正しくそれだった。


 今回依頼されたのは街の規定に違反してハーブの精製・販売を行っていた集団の掃除だった。組合は自分たちが管轄する領分の外で行われる非合法活動の一切を許容しない。それが一個人であろうと大規模な組織であろうと例外なく、それが街の混乱の種となりうると判断した段階で私のような「掃除屋」に依頼を出す。相手が街の規定を知っているか否かにも関係無く。


 今回の相手は恐らく後者だったのだろう、深夜に乗り込んできた私に対し呆気にとられ無言のまま物言わぬ体へと変貌していった。然したる抵抗も受けずただ粛々と命の抜け殻を積み上げる作業に何とも言えぬ不快感を覚えた私は市中のセーフハウスの一つに身を寄せ汚れた衣類を取り換えると組合の事務所ではなく知人の経営する酒場へと足を向けた。それ以降の記憶は朧気だが拭いきれぬ不快感と引き金を引いた回数はとうとう消える事無く今尚鮮明に脳裏に刻まれていた。

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