ロンリーサイキックガール

結城藍人

第1話 ロンリーサイキックガール

「おめでとう、君は選ばれし新人類となった」


 そう言われた少女は、それまで自分の体をかけめぐっていた激痛が嘘のように消えていることに気付いた。


「こ、これは?」


 そんな少女に、全身黒ずくめで体にぴったりした服を着た男が続けて声をかける。


「君の体は、我々が作った超微細機械ナノマシンによる人体改造に適応した。君は既に超能力者となったのだ」


「超……能力?」


 オウム返しにつぶやいた少女に、黒ずくめの男は自慢気に言う。


「そうだ。劣等なる旧人類が持たぬ超越的な力を我々は持っているのだ。さあ、行こう。我ら『PSYCHICサイキック STATEステート』は君を歓迎する」


 それを聞いた少女は、ハッとしたように周囲を見回し、床に落ちていた注射器を見つけて拾い上げる。


「これに入っていたのがナノマシン?」


 少女に尋ねられた黒ずくめの男は、うなずいて答える。


「そうだ。このナノマシンを注射することで、自動的に人体の改造が始まる。改造に耐えられない者は死ぬが、改造に耐えて生き残った者は、必ず何らかの超能力を身に付けているのだ」


 それを聞いた少女は、一瞬目を見張ると、キッと男を睨みつけて口を開いた。


「そう……そういうことだったの」


「どうした? 君は選ばれたのだ。さあ、私と一緒に来たまえ」


 そう言った男に、少女は毅然として答えた。


「お断りよ!」


「何だと!?」


 驚く男に、少女は鋭い視線を投げながら男を指さして決めつける。


「あたしの親友を、後藤明日香を殺したのは、あなたたちサイキックステートね!」


「ほう……そういえば、実験体のひとりが確かそんな名前だったな。気の毒だが、彼女には新人類に生まれ変わる適性が無かったのだ。そんな劣等種のことなど忘れて、我々の元へ来たまえ。これからの地球を支配するのは、我々選ばれし新人類なのだからな」


 彼女の感情など歯牙にもかけず、男は平然と勧誘の言葉を並べ立てる。それを聞いた少女は、わき上がった激情をおさえようとギリっと歯をかみしめてから、口を開く。


「明日香が急性の薬物中毒で死んだなんて、あたしには信じられなかった。あの子は、クスリに手を出すような子じゃなかったもの。でも、これでわかった。スピリチュアルなことに興味をもっていたあの子を、あたしにしたのと同じように占いを餌にして誘い出して、この注射を無理矢理打ったのね!」


 それに対して、男は冷然と答える。


「そうだ。スピリチュアルに興味を持つようなタイプは、今の世の中に漠然とした不満を持っている者だからな。超能力を得られれば、我々と共に新世界を築くことに賛同する者が多いのでな」


 それを聞いた少女は激昂して叫んだ。


「ふざけないで! あの子は好きな人に告白する勇気を得るために、ほんの少しだけ神秘の力に頼りたかっただけなのよ。それを、あなたたちは殺した! 絶対に、許せない!!」


 それを聞いた男は冷笑して言った。


「ほう、許せないならどうするね? たった今、超能力に目覚めたばかりの君に何ができるというのだ? 君はまだ己の能力を把握してもいないだろうに」


 それに対して、少女は己の怒りをおさえながら答える。


「それはどうかしらね。あたしはついさっき自分の力に目覚めたときに、自分に何ができるのか理解できたわよ」


「何だと!?」


 驚く男に、少女は挑発するように言い放つ。


「疑うなら、あなたの超能力を使ってみたらどう?」


 それを聞いた男は、再び冷笑する。


「よかろう。ならば私の力でお前を無力化して連行するまでだ。その上で洗脳して我々の忠実なる同志に作り変えてやろう」


 そう言うと同時に、男は自らの超能力、念動力サイコキネシスで少女の動きを封じにかかった。


「くうっ、体が、動かない!」


「どうだ、私の超能力は? サイコキネシスは最も基本的な超能力ではあるが、その分、隙は少なく応用可能な範囲も広い。お前の超能力が何であれ、このまま気管を圧迫して気絶させてしまえばよいのだ」


 勝ち誇る男。それに対して少女は気管を圧迫され、息も絶え絶えの状態に陥っていた。


「くっ……かはっ」


「終わりだ」


 そう男が言った瞬間、少女の瞳が赤く輝いた。


「何っ!?」


 次の瞬間、少女を押さえ込んでいた目に見えない力が、すべて強引に彼女の体から引き剥がされた。


「バカな、私のサイコキネシスが強引に外されただと!?」


 驚愕する男に対して、少女は息を継ぎながら答える。


「ええ、あなたの力、確かに強力なサイコキネシスだったわ。でも、あたしには通じない」


 そう言うと、今度は少女が男に掌を向けて右手を突き出す。その動きに合わせて、男の体が吹き飛ばされて建物の壁にはりつけにされる。


「お、お前の力もサイコキネシスだったというのか!? だが、目覚めたばかりで、訓練もせずにこれだけの力を発揮できるはずがない!!」


 驚愕する男に対して、少女は冷たく言い放つ。


「残念だけど、それがあたしの超能力なの」


「ば、バカな……やめろ、よせ! う、うわあぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴を上げる男を、少女は冷然と見据えたまま、開いていた自分の右手を握りしめた。


 グチャリ。


 壁が血に染まった。


 頭部を失った男の体が、ゆっくりと壁をずり落ちていく。


 その死体に向かって、少女は淡々と語りかけた。


「残念だったわね。あたしが覚醒した超能力は、この身に受けた超能力をすべて学習して、倍の力で使えるようになるってものだったのよ。だから、どんな超能力者であろうと、あたしには絶対かなわない」


 そして、目をつむってうつむくと、ひとことつぶやく。


「明日香、仇は取ったわ」


 少女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それが、失った親友への最後の感傷。そして少女は目を見開くと、さきほど握りしめた自分の右手を見下ろしてつぶやいた。


「これでもう、帰れないわね」


 それは、自分が人の枠の外にはみ出してしまったことを自覚した言葉。


「明日香……あたしはあいつらと戦うわ。あなたみたいな人を、これ以上増やさないために」


 それが、人外の化生になってしまった、自分にできるせめてものことだから……そう心の中だけで続けると、少女は踵を返して、最初の戦いの舞台だった廃ビルを後にする。


 建物から出た少女は、ふと男の最初の言葉を思い出して、建物を振り返ると、かすかに口元に笑みを浮かべて独白した。


「『おめでとう』か……おめでたいのは、どっちかしらね。あなたたちは自分たちの手で最強の敵を作り出してしまったのよ」


 そうして、足元に転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。宙を飛んだ空き缶は、狙いあやまたず建物の横に立っていた古びたブリキのゴミバケツに飛び込むと、甲高い金属音を奏でた。


 それが、ひとりの超能力少女による、悪の秘密結社との長きにわたる孤独な戦いの始まりを告げるゴングの音であった。

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