第18話 たのしいギター体験会、です

「よーし! 楽器の説明はこんなところだな!」


 部長先輩の声が部屋の中心から響いてきます。本当に楽しそうな声。

 見れば、ギターに関する説明を一通り終えたらしい先輩は、早くみんなにもこの楽器の楽しさを肌で感じてほしいとでも言わんばかりにギラギラした目つきで一年生を見回しています。


「そんじゃあ……最初にやってみたい人!」


 ばっ! と勢いよく手を挙げた先輩に、意外、誰も続きません。みんなおどおどと苦笑いしながら、遠慮がちな空気を漂わせています。


「どしたー? ビビってんのか! 大丈夫大丈夫、怖くないって!」


 こういう場面、奈緒ちゃんが真っ先に手を挙げそうなものですが。と、きょろきょろ目を走らせていると、ちょっと離れた場所で自分のギターを取り出す奈緒ちゃんの姿が目に留まりました。


「あれ、奈緒ちゃん……?」

「……ああ、あいつは経験者だから。さっきレグさんと相談して、教える側に回ると言っていたぞ。人手もあまり足りてないしな」

「す、すごい……」


 まだ一年生なのに、もう教える側に立っちゃうなんて、すごすぎます。

 わ、私も……奈緒ちゃんになら、教わってみたい、かも?


「なんだよーみんなシャイだな! じゃあ俺が順番に指名してっちゃうか! まずは……そこのキミ! カモン!」

「ぼ、僕ですかっ」


 後ろの方でもじもじしながら立っていた男の子に、部長先輩のオーダーがかかります。


「うお、近くで見るとデケーな。何cm?」

「一八〇センチっす」

「スポーツとかやってねえの? まあでもギターも似合うと思うぞ! まずはこのストラップを肩にかけて……」


 初対面のはずが、あれよあれよと距離を縮めていく先輩の姿に、だんだんとみんなの緊張もほぐれていくのがわかります。

 やっぱり、すごい人なんだなぁ……チャラいけど。


「おー、いいね! 似合ってる! キミ名前は?」

笛塚ふえつかです。笛塚あゆむ

「よし、アユム! まずは簡単なコードの押さえ方から教えていくぜ! みんなももっと近くに来て、よく見て覚えていってくれ!」


 どの指がどの場所で……という指示なのでしょう、専門用語のようなものをつらつらと並べながら先輩が笛塚君の指をひとつひとつ丁寧にギターの糸の上に置いていきます。


「これで、鳴らしてみ」

「えと……」


 ぎゃらーーーーん、と、「ギターっぽい感じの音」が鳴りました。おおっ、と沸く見学者たち。笛塚君も、言われるがままとはいえ自分の手でギターっぽい音が出せたことが嬉しいみたいで、ちょっと興奮気味に笑っています。


「はっはっはー、楽しいだろ? よし、じゃあ次は、その楽しさをみんなに伝えて、分けてあげよーか!」


 楽しさを……分ける?


「レグさんなりの表現だ。天音部の信念は、星の美しさと音楽の楽しさを、隣の仲間と分かち合うこと。だから本人が満足するだけじゃなく、一緒にいる人たちも楽しませることが大事なんだとわかってもらうために、ああいう表現をする」


 やってることは感想発表会なんだけどな、とレイ先輩は呆れ気味に微笑みます。

 でもその微笑みには、誇らしげな雰囲気が漂っていて。

 レイ先輩も、部長のことを「隣の仲間」として信頼している様子が、私からでもよくわかりました。


「よーし、サンキューアユム! それじゃ次の子いってみよう!」


 拍手を浴びながら照れくさそうに見物人側へ戻っていく笛塚君。すごいなぁ……私だったら、あの人数に注目されたら恥ずかしさで気絶しちゃいそう。

 そんな気持ちで眺めていると、次に指名されたのは。


「……私?」


 スピカちゃんでした。


「よっ、待ってましたスピカ姫!」

「皆の衆、心して聞けい!」

「ちょっとやめてよ、みんな……!」


 流石の大人気です。スピカちゃんは恥ずかしそうに髪の毛をくるくるといじりながら、部長先輩からギターを受け取って肩に提げます。


「スピカ姫っていうの?」

「先輩まで、やめてください……」


 顔を赤らめて、スピカちゃんはそっぽを向きます。

 ……いえ、違いました。

 彼女の視線の先には、他の子にのんびりとギターを教えている奈緒ちゃんの姿。


「……んん?」


 それに気づいたのか、奈緒ちゃんもにこにこと笑顔で手を振ります。

 ふう、と一息ついて。

 スピカちゃんの指が、先輩の指示も待たずにギターの上に置かれました。


「お……経験者?」

「そこそこ、ですけど」


 奈緒ちゃんに言ったのと同じ言葉を返して、スピカちゃんは真剣な表情で目を閉じます。気がつけば、奈緒ちゃんたちのグループや、ラン先輩とドラムを体験していた子たちもみんな、音を止めてスピカちゃんを見つめていました。

 目を奪われるような立ち姿が、呼吸ひとつで躍動します。


 ぎゃらーーーーん、

 ぎゃりいーーーーーーん、

 ぎゅうううるるりんりんとれりとれりとれり、たれりろりろたれりろりろ。


「……っ!?」


 って……な、なに、これ!?

 スピカちゃんの指が、目にも止まらないスピードでギターの上を駆け回っています!

 そして、それに従って、ギターも聞いたことがない音を次々に吐き出していきます!

 そんな激しい動きをしているはずなのに、スピカちゃんは息のひとつも切らさず、汗の一滴もかかず、涼しい顔で指を動かし続けていて……。


 わ、私、ギターのことはちっともわからないけど。

 これは間違いなく、「そこそこ」のレベルじゃありません!


 やがて、ぎゃらーーーーん、と最初と同じ音が鳴らされ、その音が止まって数秒経ったところで、

 わっ、と歓声が上がります。


「スゲーーーっ!」

「スピカ姫やっぱ最強説!」

「何でもできちゃうんだ、尊敬~っ」


 誰もがスピカちゃんを褒め称え、持ち上げる空気の中で。


「……っ」


 一人だけ、青ざめた顔をしている子がいるのに、私は気づいてしまいました。


「……奈緒ちゃん?」


 その呼びかけが、聞こえたのかはわかりません。奈緒ちゃんは痛みをこらえるかのような苦しそうな表情で、俯いてしまったのです。


「いやいやいやビックリしたぜ! キミ、すごいな!」

「…………!」


 目を輝かせた部長先輩の嬉しそうな声。反応するように、奈緒ちゃんがブラウスの胸のあたりをぎゅっと握り締めます。


「メタラーみたいな速弾きだったな」


 レイ先輩が感心したように専門用語を呟きます。

 それはつまり、先輩たちから見ても、驚愕を隠せない腕前だったってことです。


 ……スピカちゃんは、どうしてこれだけ弾けるのを「そこそこ」だなんて言ったの?

 奈緒ちゃんをビックリさせるため? それとも、昨日のカラオケの時みたいに……自分の「本気」を示すため?

 でも、それを見た奈緒ちゃんがショックを受けて落ち込んでいるということは、きっと、奈緒ちゃんよりスピカちゃんの方がギターが上手だったってことなんです。


「ギターはどこかで習ってたのか?」

「パ……父に」

「へぇー、親父さんかぁ。バンドやってた人なら、もしかしたら天音部のライブ来てくれたことあるかもな! キミ、苗字の方は何てんだ?」

「……!」


 どきりとした表情で、口を噤むスピカちゃん。


「教えたくないです」

「えー何だよそれ、いいじゃん教えてよー」

「お断りします!」


 チャラく食い下がる部長に、見かねたラン先輩が割って入ります。


「そのへんにしておきなよ、レグ。本人が教えたくないと言っているんだから」

「ちぇー」


 渋々ながらも引き下がって、丸く収まりかけた、その時でした。


「……寂沢」


 ぼそり、とレイ先輩が呟きました。


「……と、名簿には書いて……待て。何だこの空気は。俺、また地雷を踏んだのか」

「爆発してからでも気づけたのは上出来だけど……レイ、後でお説教だ」


 頭に手を当てて大きく溜め息をついたラン先輩の横で、部長先輩が何かを思い出そうとぶつぶつ呟いています。


「……サビザワ……? サビ……っあーーーーーーーーーーーー!!」

「ぴっ」


 ライオンの遠吠えのような大音量に、腰が抜けかけました。


「寂沢って、あの寂沢楽器店の子か!」


 先輩が口にしたのは意外な事実。

 スピカちゃんが……楽器屋さんの子?

 そして今度は、それを聞いたスピカちゃんが真っ青な顔をしています。


「ち……違います」

「いや滅多にいねえって! そうそう確か、サビさんとこに今年高校に入るって言ってた子が……あれ。でも、スピカなんて名前じゃなかったような」

「……黙って」


 かすれ声で制止するスピカちゃんの言葉も耳に入っていないかのように、先輩はぽんと手を打って衝撃の発言をしました。


「そうそう! 澄光きよみつ……寂沢澄光きよみつくんだろ!」


「その名前で呼ぶなァッ!!!」


 そして、スピカちゃんの怒りに満ちた咆哮が、第二音楽室に響き渡りました。

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