第15話 ありがとう、です

「そうっ、スピカちゃんとも約束したんだ。今度、スピカのこと……おとめ座の星のほうのこと、教えるって」

「アタシは憶えてるよ。春の大三角でしょ? ちゃーんと教えてもらったもんね」

「わぁ……えへへっ、嬉しい」


 初めての夜に、奈緒ちゃんに話した星の見つけ方。

 夢中になって早口で教えちゃったのに、奈緒ちゃんはきちんと憶えててくれたみたいです。


「スピカといえば……スゴかったねー、あの子の歌」


 奈緒ちゃんが溜め息交じりに呟きます。


「次元が違うってゆーか。アタシも歌には自信ある方だったけど、打ちのめされちった。バンド組むにしても、ボーカルはスピカで決まりだよねぇ」

「わ、私は奈緒ちゃんの歌も好きだよ」


 奈緒ちゃんが歌った曲名は、忘れないようにちゃんとメモしてあります。


「このぉ、ういやつーっ! うりうり~」

「うりうりしないでぇ~」


 またしてもうりうりされちゃってます。


「……でも、ワクワクもしてるんだぁ。アタシ、ギターはずっと一人でやってきたから。あーゆーガチな子と一緒に思う存分やれるかもと思うと、すっごく楽しみ」


 想像します。星明かりに照らされた、ステージの上。

 奈緒ちゃんがギターを弾いて、その隣でスピカちゃんが歌って。

 二人の奏でる音楽に、星たちの喝采が降り注ぐ光景。


「うん。私も楽しみ。はやく見たいな」

「って言っても、天文台ライブに出れるのはまだまだ先になりそうだけどねっ」


 そう、なんでしょうか? 音楽のことはよくわからないけど、スピカちゃんはあんなに歌が上手だし、奈緒ちゃんも一年もギターをやってきたんですから、経験値としては十分なのでは?って思います。


「スピカとバンド組むなら、残りのメンバーも集めないとだからねー。できれば一年だけで組みたいけど、ベースやドラムも経験者がいるとは限らないし。そうなると、基本から練習してかなきゃならないから、どうしても足並みが揃うまでに時間が必要っしょ?」

「あ、そっか……」

「ま、時間はたっぷりあるし! 焦らずにやってきますよ、奈緒さんは~」


 ジュースを持った手を前に伸ばして、ぐぐーっとネコさんみたいに伸びをします。


「……でも、欲を言えば。そっちも一緒が良かったかなぁ」

「……? どういうこと?」

「なーんでもないっ。さ、そろそろ戻んないと。みんな心配してるかもだしっ。さーて、もうひと歌いするぞーっ」


 そう言うと、奈緒ちゃんは一足先に部屋の方へ駆け足で戻っていきました。



「ありがとうございやしたー」


 お会計を済ませて、建物の外に出ます。


「はーっ、久々に歌ったなーっ!」

「そうね。充実した時間だったわ」


 私の育った町では遅くまで営業していたカラオケ屋さんが夜七時に閉店って、ちょっと珍しいかもって思ったけど。

 その理由は、一歩外に出たらすぐにわかりました。


「わぁ……!」

「キレイなノーっ!」


 頭上に広がる、満天の星々。

 こんな街中でも、明かりが少ないおかげで鮮明に見えます。


「やっぱり、早見島に来て良かったなぁ……」


 溜め息と一緒に自然と口から出ちゃうほどに、しみじみとそう思います。


「にふふっ。中二のときくらいまではザ・ドイナカー!って思ってたけど、地元がそういう風に思ってもらえるの嬉しいなー」

「ポーラもハヤミ島だいすきなノ!」


 ポーラちゃんが元気に挙手します。……元気、ありあまり過ぎです。


「それに、シエラタンは、ホントに星が大好きなノ! ナオタンやスピカタンの歌が好きっていう気持ちと同じくらい、ビンビン伝わってくるノ」

「えへへ……ありがとう、ポーラちゃん」


 好きな気持ちが、誰かに伝わると、嬉しいですよね。


「しえらが好きって言ってた星って、どこにあるの?」

「あ……ハマルはね、秋の星なんだ。この季節はちょっと見えないかも」

「そっかあ。それじゃ、秋になったら一緒に見よっ」

「うんっ」


「じゃあじゃあ! ポーラはどこなノ?」

「ああ、北極星はね……」

「今のでわかったの⁉」

「ふふ、英語でポーラ・スターっていうの。こぐま座のポラリス。見つけ方は簡単だよ、あのね……」


 夜空を指差すと、奈緒ちゃんやポーラちゃんの目が一緒に追いかけてくれます。

 誰かと一緒に星を見るって、こんなに楽しいことなんだ。


「あなたたち、バス来るわよ。いつまでもお店の前で立ってないの」


 少し呆れたスピカちゃんの呼び声がかかるまで、私は夢中で星をなぞっていました。


「だめなノ! Polar Starは動かないノ! ぴしーっ、なノ!」


 空の真ん中で動かないポラリスみたいに、ポーラちゃんがびしっと気をつけします。


「本当はちょっとずつ動いてるんだよ」

「えーっ、ヤなノ! 動きたくないノ! まだ星を見てたいノ!」

「大丈夫、逃げないよ。明日も、明後日も、星はそこにあるよ」


 当たり前のこと。

 でも、私にとっては、とっても大切で、大きな幸せ。

 溜め息をこぼしちゃっても、逃げたりしない幸せ。


「シエラタンはポエマーなノ」

「ぽッ……⁉ そ、そんなことないよッ⁉」


 顔が真っ赤になるのを感じながら、慌てて否定します。


「しえら、ポーラ! あなたたちは慣れてないかもしれないけど、この島はバス逃したら次のが来るまで一時間かかるんだから!」

「わわ、ご、ごめんスピカちゃんっ」

「大変なノ! はやく行くノ!」


 駆け出すポーラちゃんの後を追いながら、後ろを振り返ります。


「あ、奈緒ちゃんっ……」

「アタシはチャリだから、ここでバイバイだねー」


 ひらひらと手を振る奈緒ちゃんの笑顔に、私は声を振り絞りました。


「今日っ、すごく楽しかった! ありがとうっ! また、明日ね!」

「……にへっ。うん。また明日!」


 明日が来ること。夜が明けること。星が眠ること。

 今までは、ずっと辛かったことが。

 奈緒ちゃんと出会えたことで、待ち遠しいと思えるようになりました。


 ありがとう。

 その言葉では伝えきれない気持ちを、それでもいっぱいに込めて。

 私は、笑って手を振りました。

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